25話 クレイザーからの依頼
アーネさんが黒女神に加入して二週間が経った。
魔法職の二人から見て、アーネさんはまだまだ未熟だそうで、いつきさんが魔法の基礎を教えている。
いつきさんが依頼などで不在の時や用事でいない時は店番をしてくれている。
アーネさんの見た目は清楚な感じの美人さんなので、男性冒険者の人気も高い。
最近は、アーネさんと話をするためにお店に来る人も多くなった。
でも、残念。今日の店番は僕だ。
「あれ? アーネちゃんは?」
「今日の店番は僕だけど?」
「そっか……」
男性冒険者は肩を落として店から出ようとする。
だけどそれは許されない。僕は男性冒険者を威圧する。
「え? な、なんだよ……」
「何を帰ろうとしているの? このお店のルールを知らないの?」
「へ? ルール?」
僕は黙ってお店の扉を指差す。
【お店にきたら、必ず何かを買って帰らなきゃいけない】
【五分以上のお店の滞在を禁止する】
大きな文字でハッキリそう書いてある。
いつきさんのお店は他のお店と比べて小さい方だが、冒険者にとっては必要不可欠な物ばかり扱っている為に冒険者のお客さんが多い。
特に売れているのが多様な種類があるポーションで、他にも簡易道具袋も人気の品だ。
でも、商品より人気がある人達がいる。
それがよいやみといつきさんだ。
二人とも、性格はともかく見た目はかなり良い。だから男性冒険者のファンが多い。中には性格を把握していてファンをやっている人もいると聞いた……。
よいやみが店番をするようになってから、用もないの会いたいという理由だけお店に来る迷惑なお客が増えたので、いつきさんがルールを作った。
それが、店の入り口に貼られているルールだ。
普通はこんな事が書いてあったらお客さんの足は遠のくはずだ。でも、いつきさんのお店には今でもお店に入りきらないくらいにお客さんが来ている。
結局、さっきの男性冒険者はポーションを一瓶買って帰った。うん、それが一番安いから無難だね。
このお店は狭く、お客さんは同時に五人くらいしか入れない。一人が買い物を終えて出ていくと、次の一人が入ってくる。
だから、今もお店の前には数人が並んでいる。
待っている人に悪いと思って、いつきさんに広くしないのか聞いてみたら、「無駄に長居する人が出てくるので広くするつもりはありません」と言っていた。
また一人、お客さんが買い物を終えて出て行って、次のお客さんが入ってくる。
……え?
オルテガさん?
どうしてオルテガさんが?
ギルドには商品を卸しているから、直接買いに来なくても問題は無いはずだ。それなのに……なぜ?
「オルテガさん。いらっしゃい」
「よぅ。本当に店番をしているんだな」
「うん。このお店は黒女神にとっても大事な家だからね。手伝って当然だよ」
「いつきにしっかり教育されているなぁ……。まぁ、お前が納得しているなら別にいいんだけどな。それよりも、いつきはいるか?」
「いつきさんなら、ゆーちゃんと魔大陸でアーネさんの特訓をしているよ」
「魔大陸? アーネはまだ新人だぞ。魔大陸は危険じゃないのか?」
「問題ないと思うよ。アーネさん一人なら心配だけど、ゆーちゃんといつきさんがいるから。ゲゴゴドン程度なら敵にすらならないよ?」
「お前等は相変わらず無茶苦茶だな」
オルテガさんは心配性だなぁ……。
「オルテガさんは今日はどうしたの? 買い物? あ、いつきさんに伝言があるなら伝えるよ?」
「そうだな。簡単な言伝ならお前でもできるだろう」
「あ、何か馬鹿にされた気がする。まぁ、いいや」
それにしても、僕にも関係があるって事は指名依頼かな?
でも、わざわざギルドマスターが来るという事は緊急クエスト?
「明日の朝十時に冒険者ギルドに来てくれ。お前等、黒女神に指名依頼が来ている。今回はアロン王国からの依頼じゃなくて、別の国からの依頼だ」
「別の国って?」
「それは明日のお楽しみだ。じゃあ、頼んだぞ」
「うん。わかった」
オルテガさんはそれだけ言って、ポーションを十瓶買って帰っていった。ポーションは疲労回復にも使えるからね。便利だけど飲み過ぎは良くないよ。
オルテガさんは無茶な飲み方をしないと思うけど、冒険者が三瓶を一気のみして吐いたという事例もあるから、ちゃんと気を付けるように言っておく。
オルテガさんもその事を知っていたみたいで、僕の頭を撫でて帰っていった。
なぜ子供扱いするのか……。
忙しかったお店も夕方には客足も少なくなる。
お客さんもいなくなったので、閉める準備を始めると、いつきさん達が魔大陸から帰って来た。
「ただいま戻りました」
「お帰り。アーネさんの特訓は上手くいっている?」
いつきさんは少し困った顔でアーネさんを見ている。何かあったのかな?
「アーネさんは素質はありますよ。ただ、少し臆病なのが気になりますね」
「す、すいません」
アーネさんはいつきさんに頭を下げている。別に頭を下げる事は無いと思うんだけど、やっぱり何かあったんだろうね。
「アーネさん、何かしたの?」
「……そこまで問題では無いんですが……」
アーネさんは王種相手に魔法を失敗してしまい、パニックになってしまったそうだ。
「アーネさんは魔法を使う時に詠唱するのですが、途中で詠唱を間違ってしまうとその時点でパニックを起こしてしまうんです。詠唱なんてモノは、少しくらい間違えたとしても何の問題もなく魔法は発動するのですが、パニックを起こしてしまうので魔法どころではなくなってしまうんです」
それは……。
「なんか、みつきと同じっすね」
え?
ちょうど狩りから帰って来たよいやみが、口を挟んできた。
「よいやみ、おかえり。それより、僕と一緒って何?」
「ただいまっす。そのまんまの意味っすよ。みつきは、ちょっとの事ですぐにパニックになるっす。気持ちに余裕がないところが同じっすね」
「な!? し、失敬な!!」
最近は落ち着いているよ?
失礼な事を言わないで欲しい。
これで外に出ていた皆が帰って来たのでお店を閉める事にする。掃除などはいつきさん達も手伝ってくれる。
「あ、そうだ。いつきさん」
「なんでしょう?」
「お昼前にオルテガさんが来てね、明日の十時に僕といつきさんの二人でギルドに来て欲しいって」
「ん? 指名依頼っすか?」
「うん。黒女神への指名依頼だって。今回は別の国からの依頼だと聞いたよ」
「別の国ですか……。あの噂の事でしょうか?」
「噂って何?」
いつきさんにはなにか心当たりでもあるのかな?
「噂程度の事だから、気にしなくていいですよ。明日ギルドに行けば噂の真相も分かると思います。アーネさん、明日は店番をよろしくお願いしますね」
「は、はい!!」
「ゆーちゃんは?」
「ゆづきちゃんは明日はお勉強の日でしょう?」
「そうだった。あたらしいまほうおぼえる」
お勉強の日というのは、ゆーちゃんが魔法を覚える為に、魔大陸の魔法具屋のおばちゃんのお店の地下で、とある異世界の魔王さんに魔法を教えて貰う事らしい。
いつきさんも何度か参加した事があるらしいのだが、習得難度が異常に高く、いつきさんでも半分も覚えられなかったらしい。いつきさんでも覚えられなかったのにゆーちゃんは全てを覚えているらしい。
うん、ゆーちゃんは可愛くて賢いね。いや、いつきさんも賢いから……ゆーちゃんが規格外?
次の日。
僕といつきさんは約束の時間に冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドの中に入ると、目に優しくない男が立っていた。
「このウザったらしい眩しさは……クレイザー?」
僕がそう言うと、キラキラして目が痛い男がこっちを向く。できればこっちを向かないで欲しい……。
「みつきちゃん、いつきちゃん、久しぶりだね」
「お久しぶりです。クレイザーさん、ソーパーでは活躍しているそうじゃないですか」
「え!? クレイザーが活躍!?」
「そ、そこ驚く所かい!?」
だ、だって……僕の中でクレイザーは、無駄に輝いていて、何か頼りない奴だったし……。
「今回だって、えりかさんに見限られたと……」
「いや、違うよ!! 今回の黒女神への依頼は僕達、ソーパー教会からの依頼なんだ」
「え? ソーパーの教会からの?」
「うん。いつきちゃんはチラッと聞いていないかい?」
「いえ、聞いてはいません。ただ噂は知っているという程度です」
「噂?」
「はい。なんでも魔大陸の近くに不思議な島が現れたと……」
不思議な島が……現れた?
「正確には、島そのものは昔から確認されていたんだ。ただ、魔大陸が近くて近づけなかったんだけど、今回調査対象になった理由は、島に続く橋が新たに発見されてね……」
へ?
橋が発見?
何を言っているの?
「詳しくはオルテガさんを交えて話をしようと思うんだ。ゲイルさん、オルテガさんはいますか?」
「え? あ、はい。少しお待ちくださいね」
今日の勇者専用の受付はゲイルさんか。
ゲイルさんは、最近は裏方の仕事ばかりしているそうで、滅多に出会う事は無かった。
ゲイルさんはギルマスの部屋に一度入った後、僕達に部屋に入るように言ってくる。
ギルマスの部屋に入ると、オルテガさんが一人で仕事をしていた。
あれ?
今日は秘書のあさねさんがいない。
「おぅ、来たか。クレイザーが一緒という事はもう依頼内容は聞いたか?」
オルテガさんは僕達を座らせてお茶を入れてくれる。
「まだ詳しくは聞いてないよ。依頼内容も気になるけど、今日はあさねさんはいないの?」
「あさねには一週間の休暇を与えた。アイツは一カ月以上休みなく働いているからな。たまには休ませてやらないと、倒れられても困るからな」
愛想が尽かして、逃げられたんじゃなかったのか……。
「みつき、お前、また失礼な事を考えているだろう。お前は顔に出るんだよ。……まぁ、それは良い。それで、クレイザーはどこまで説明したんだ?」
「いえ、まだ島の事を少し話しただけですよ」
「そうか。以前のお前なら先走る事があるから、すべてを話したと思っていたんだけどな」
「ははは。えりかさんにバッチリ教育されてますからね」
クレイザーはえりかさんの教育を思い出したのか、少しだけ青褪めている。
「じゃあ、俺から正式に依頼内容を伝える。黒女神に依頼したいのは、魔大陸とアロン大陸の間にある海に浮かぶ島の調査だ」
ん?
アロン王国と魔大陸の間にあるのなら、どうしてソーパー教会からの依頼になるんだろう?
これについてはクレイザーが教えてくれるみたいだ。
「みつきちゃんは魔大陸出身だから知らないとして、いつきちゃんはボーダーという町の事を知っているかな?」
ボーダー。
僕は聞いた事が無い町だ。
「確か、魔大陸の結界ギリギリの海で漁をしている港町ですよね。あぁ、それでソーパー教会というわけですか」
「え? どういう事?」
「ボーダーの町はアロン王国とソーパー王国が半分ずつ管理しているんです。あの町は二国が合わさった町なんですよ」
「そうだね。それで橋が発見されたのがソーパー側だからソーパー側が調査する事が決まったんだよ」
「ふーん。橋が発見されたとか意味が分からないけど、調査くらいならソーパーの冒険者でもできるんじゃないの? カレンが勇者をやってた時と違って、今はまともな冒険者がいるんでしょ?」
大司教がいた時はギルドも弱体化されていたのだけど、問題が解決した後、オルテガさんが協力してまともなギルドに戻ったと聞いた。
ギルドがまともなら冒険者もまともになっていると思うんだけど……。
だから、島の調査くらいできると思うんだけどな……。
「すでに依頼はしたんだよ……。でも、依頼を受けた冒険者の殆どが失敗して帰って来たんだ」
「え? 強力な魔物でもいるの?」
「いや……あの遺跡の魔物はアンデッド。普通の冒険者には荷が重い……」
アンデッド……。
死霊系の魔物か……。
「みつきちゃん達からすればアンデッドは弱い部類の魔物だと思うけど、僕達、普通の冒険者からすれば死霊系の魔物は倒しにくい魔物なんだ」
「うん。魔物図鑑にも書いてあったから知っているよ」
死霊系の魔物というのは、本物の人骨や死体で作られているわけではないそうだけど、魂が死んでいるというのが前提にあるらしく、物理攻撃では倒しきるのが難しい。
主に炎魔法や神官や僧侶の使う〈浄化〉の魔法があれば簡単に倒す事ができるが、もしこれがないパーティだと倒すのが非常に困難になってしまうのだ。
「それに、アンデッドが関わる仕事は冒険者達に人気がなくてね……。僕が冒険者だったとしても、アンデッドが出ると分かっていたら依頼を受けはしない。本当は関わりたくなかったんだけどね……。ソーパーの教会からこんなモノが出てきたから無視ができなくなったんだ……」
クレイザーは溜息を吐きながら、道具袋から古い本を取り出し、いつきさんに渡す。
「これは?」
「島について書かれている本だよ。いつきちゃん、これに一度目を通してくれれば教会がこの依頼を出した本当の理由が良く分かると思う」
「はぁ……」
いつきさんは本を手に取りパラパラと流すように読む。
「はぁ……。そういう事ですか」
え?
い、今ので読めたの?
ただ、パラパラしただけだよ?
「この本に書かれているのが本当なら、教会が……えりかが危惧するのも理解できます。分かりました、私一人では決められないので一度持ち帰って皆と話し合ってみます。どちらにしても、私とみつきさんで一度ボーダーの町には行ってみましょう」
「よろしく頼むよ……」
僕といつきさんは本を持ってお店に帰った。
なぜか僕が行く事は確定しているけど……アンデッドか……。
よいやみは嫌がるだろうな……。




