20話 長包丁
誤字報告ありがとうございます。
グレンさんの特訓から解放された僕達は、ゲガガドンをアディさんの解体部屋に持って行った。
アディさんは、ゲゴゴドンを持って行った時も興奮していたけど、今回もゲガガドンを見て興奮していた。
「やっぱり珍しい魔物だと解体しがいがあるモノなの?」
「そりゃなぁ。どれだけ解体職の腕を磨いても、王種は一生に一度解体できるかどうかなんだ。黒女神にいれば、王種を沢山解体できるから、解体職冥利に尽きる」
喜んでくれて何よりだ。
ゲゴゴドンだけでも大変だと思うのに、ゲガガドンを持ってきて怒られると思っていたけど、アディさんは目を輝かせながら、ゲガガドンを見て回っていた。
「どこから解体すればいいかなぁ……首かな? どうしようかなぁ……」
まるで子供みたいに楽しそうだ。
「よし、正攻法に背中から割いてみよう」
アディさんがゲガガドンを解体しようとした時に、悲劇は起こった。
パキンっ!!
乾いた音と共に、アディさんの長包丁が真ん中で折れてしまった。しかも、一瞬龍鱗に当てただけで刃がボロボロになっている。
「あぁああああ!!」
アディさんは絶叫を上げた後、折れた包丁を見て呆然としている。
「あ、アディさん?」
よいやみが折れた包丁の刃を拾い上げる。
「寿命っすかね。しかし刃がボロボロっすね」
「龍鱗を切るときは、切り方を考えないといけないのに、浮かれてそのまま切っちまった……」
う、うわぁ……。
アディさん、凄い落ち込んでいるなぁ……。
「あ、アディさん、落ち込まないで……」
「いや、落ち込んではいないんだけど、明日の仕事どうしようかと思ってさ。黒女神の解体だけなら事情が事情だし、いつきの道具袋もあるから遅らせる事も可能なんだけど、流石に他の冒険者からの依頼は送らせるわけにはいかないだろ? どうするかなぁ……」
「僕、いつきさんに包丁を用意してもらってくるよ」
たしか、いつきさんは新しく加入したタチアナさんを魔法具研究部屋に案内しているはずだ。
僕は二階にあるいつきさんの部屋の隣の魔法具研究部屋に駆けつけた。
研究部屋にはいつきさんとタチアナさんが部屋の使い方を話し合っていた。
「いつきさん!!」
「え? みつきさん。慌ててどうしました?」
「あのね……あのね」
僕が言い淀んでいると、後ろからアディさんが現れる。
「いつき、相談があるんだ。みつきもその事を話しに来たんだ」
「どうしました?」
「みつき達が持ってきてくれたゲガガドンを解体しようとしたら、長包丁が折れた。包丁が折れたのは仕方ないけど、明日から仕事ができないのが困る。暫くは今持っている包丁でカバーするが長包丁を新調したいんだ」
「そうですか。長包丁が無ければ大型魔物の解体できないんじゃないんですか?」
「あぁ。三日ほど時間があればソーパーの実家から古い包丁を持ってこれるんだが、そんな暇がないんでな」
「剣で代用できますか?」
「いや、それは無理だ。普通の剣は少し重いんだ。遠いレギーナ帝国の刀という剣なら代用できるかもしれんが……」
「分かりました。最速で注文しましょう。鉱石は何を希望しますか?」
「あぁ。ゲガガドンを解体しようとしたら折れたからな。ミスリルでも折れちまった」
ミスリルの剣ってかなり高いよ。それ以上となるとオリハルコン?
オリハルコンの武具はめちゃくちゃ高い。
ヴァイス魔国の武器屋さんでオリハルコンの剣を一度見た事があるけど、一本三千万ルーツだった。
「オリハルコンですか……。ふむ。今後の事を考えると必要ですね。分かりました。注文しておきましょう」
「すまんな。この埋め合わせは解体でするよ」
「はい」
いつきさんはアディさんから細かい注文を聞いて、メモを取っていた。
この日の夕食はタチアナさんの歓迎会という事で食事も豪華だった。
タチアナさんは黒女神専属で魔法具を作るそうで、今後は転移魔宝玉などの改良に取り込むとの事だ。
「いつきちゃんに勧誘されている時は、正直怪しいと思っていたけど、黒女神に入って待遇を聞いたら、早く加入しときゃ良かったと思ったよ。そうすれば師匠に借金をしなくて済んだのに……」
「それはタチアナさんの落ち度です。どちらにしてもここにいれば借金を気にしなくていいんですよ。間違いなく増える事はありません。いえ……、増やす事など許しません」
「い、いつきちゃん。かなり怖いよ」
タチアナさんはかなり明るい性格の人で、もう僕達に馴染んでいた。
「そうだ。カレン、明日から暫く長包丁を貸してくれないか?」
「え? いいけど、私の長包丁はアディのに比べて短いし軽いよ?」
「うん。折れて他の長包丁を使う事を考えればな……」
「オリハルコンの長包丁を注文するんだよね」
「そうなんすか?」
「あぁ。ゲガガドンを解体しようと思ったら、ミスリルでは限界がある。それならオリハルコンしかなくなってくる」
「そうっすか。いつき、ガストの鍛冶都市に注文するっすか?」
「え? 違いますよ。問屋に探してもらっています」
「もし、鍛冶屋に頼むんであれば、明後日ガストに戻るっすから、親父に話を付けてみるっすか?」
「良いんですか?」
「そうっすね。鍛冶都市にも一度視察に行った方が良いと思ってたっすから、ちょうどいいっす。行くときはみつきも一緒っす」
「なんでだよ……」
しかし、鍛冶都市か……。
ガストには色々な都市があると聞いたけど、そのうちの一つが鉱山の近くにある鍛冶屋さんが沢山いる鍛冶都市があるとよいやみが言っていたね。
「あでー。ほうちょうおれちゃったの?」
「あぁ。ゲガガドンの鱗はそれだけ硬かったんだよ」
「そういえば、特訓中ゲガガドンを斬っていたっすよね」
「それは【ゼロの魔力】を使っていたからだよ」
そもそも僕の剣は聖剣だ。
あれ?
聖剣って何でできているの?
『聖剣はオリハルコン以上の金属で作られた剣で、アルテミスは魔宝玉で作られています』
「へぇ~。魔宝玉なんだ」
「え? いきなり何すか!?」
「あ、ごめん。アルテミスって何でできているか聞いていたんだよ。魔宝玉って教えてくれたけど珍しいのかな?」
「魔宝玉!? そ、そんな馬鹿な!!」
タチアナさんは急に立って驚く。
そんなに驚く事なの?
「みつきさん。魔宝玉は恐ろしく硬くて、加工は不可能と言われているんですよ。転移魔宝玉などは魔宝玉という名を持っていますが、実際は魔石なので加工が容易なんです」
「魔宝玉の聖剣っすかぁ……。アルテミスって凄かったんすね。もし、魔宝玉で包丁を作ったら、なんでも加工できそうっすよね」
「あはは。それがあれば何でも解体してやるよ」
「それは頼もしいっす」
よいやみとアディさんは冗談を言い合っている。僕達はそれを見て笑っていた。
その日解散前に、ゆーちゃんがいつきさんからメモを見せてもらい「ちゅうもんはちょっとまってて」と言い出した。
まぁ、一日くらいはという事でいつきさんも了承していた。
ゆーちゃん、どうしたんだろう?
次の日の夕方。
僕はこの日の狩りを終えて帰って来た。
今日はアディさんの所に解体に行かずに浄化の灰を使ったので魔石だ。魔石はタチアナさんに渡す事になっている。
タチアナさんに魔石を渡して食堂へと足を運ぶ。
夕食まで時間があるので、ゆーちゃんとお風呂に入ろうと思ったのだが、まだ帰ってきていないようだ。
「よいやみ。ゆーちゃんってまだ?」
「そうっすね。まだ見ていないっす。ゆっきーがこの時間まで帰ってこないのは珍しいっすね」
「うん。大丈夫かな……」
僕が食堂内をウロウロしていると、アディさんが食堂に入ってくる。
「やっぱり自分の包丁以外で解体すると疲れるなぁ。今日はここまでだ」
「アディさん、お疲れ様」
「おぅ。みつき、ウロウロしてどうした?」
「いや、ゆーちゃんがまだ帰ってないなって……」
「そういえば今日は遅いな」
しばらく、アディさん達と話をしていると、ゆーちゃんが帰ってくる。
「ゆーちゃんお帰り」
「みーちゃん。だたいま。あでー。ごはんのあとここにのこって」
「ん? あぁ」
アディさんは、食事の後も解体部屋に戻って仕事の続きをする事が多い。だから、ゆーちゃんが止めたのだろう。
しかし、ゆーちゃんがご飯の後に残れって言うのは珍しい。ゆーちゃんもご飯が終わったら寝に行くから……。
夕食後、ゆーちゃんはアディさんとカレンを正面に座らせる。ちなみにゆーちゃんは僕の膝の上にいる。
「ゆづき。用事って何だい?」
「あでーとかれんにぷれぜんと」
ゆーちゃんは道具袋から大きな包みを二つ取り出す。
アディさんが袋を開けると、長包丁と包丁セットが入っていた。
カレンの方も同じで、カレンの方は長包丁はないけど、料理に使う包丁セットだった。
刀身は半透明で、すりガラスのようだけど綺麗に思えた。
「ゆーちゃん、これって……」
「うん。まほーぎょくのほーちょー」
ゆーちゃんがそういった瞬間、僕達は包丁を見る。
「こ、こんな高価なモノをどうしたの?」
「ひとづませんせーにもらった」
「も、貰ったって……」
いつきさんが【鑑定眼】で見たところ、本物の魔宝玉の包丁だった。
こんなすごいモノを、ゆーちゃんにあげるなんて……。
ゆーちゃんの先生って何者なの?




