第084話 コロン嬢の悩み事
「では、最後にコロン様ですよね…」
皆の視線がコロン嬢に注目する。コロン嬢は扇子で口元を隠し、静かに皆の視線を受け止める。
「私は…」
コロン嬢は口元を隠しながら声を発する。
「私は特に皆様にご相談することはございませんわ…」
ある意味、皆が恥である自分の悩み事をさらけ出し、且つコロン嬢を一番最後にしたのはコロン嬢が自分も悩み事を打ち明けやすくした為である。他のみんなも打ち合わせはしていないが、空気を読んで、コロン嬢が一番最後になるようにしてくれたのだ。
それが、肝心のコロン嬢が心を開かず、悩み事を打ち明けないのであれば、元も子もない。
押し黙るコロン嬢に、皆の視線はマルティナに集まり、対処に困ったマルティナは私に視線を向ける。ここに来て役回りを私に押し付けらえれても困るのであるが、誰もやらないのであれば、私がやるしかないだろう。
私は、んんっと喉の調子を整えた後、コロン嬢を正視する。
「コロン様、本当にないのですか?」
私は伏目勝ちなコロン嬢に言葉を投げかける。
「ないわ…」
「本当にですか?」
「本当によ」
「アレン皇子やシスティーナ王女の事もですか?」
そこまで言うとコロン嬢は再び押し黙って、正視する私から顔を逸らす。
「最近のコロン嬢のアレン皇子とシス王女の関係に対する行動は、いつものコロン様らしくないと皆が考えております」
私の言葉に皆が、目や首で頷いて同意を示す。
「わ、私がアレン皇子に注意するのはいつもの事でしょ?」
コロン嬢は私に顔を逸らせながら返答する。
「そのいつもの注意とは異なり、尋常ではない様子ですからこうして皆が心配しているのです」
私の言葉にコロン嬢は逸らせていた顔を戻し、皆の表情を確認していく。
「コロン様が皆の事を友人だと思い、色々と心配して気を使って下さるように、私たちもコロン様の事を友人と思っていますから、コロン様を心配していて、その悩み事を打ち明けて欲しいのです」
皆はコロン嬢を慈愛に満ちた瞳で見つめる。
「ずるいわよ、そんな言い方されてしまったら、話さないといけないじゃないの…私に友情を裏切るなんてできないわ…」
コロン嬢の言葉に皆の顔が明るくなっていく。
「では、話してもらえますね? コロン様、どうしてアレン皇子がシス王女に関わるのだけは、目の色を変えるのかを」
コロン嬢ははぁとため息をついた後、気を取り直し、私たちに向き直る。
「あくまでもこの話はここだけの事にして下さいね… アレン皇子が様々な令嬢に言い寄られても、国内の…そして私と同等かそれ以下の貴族令嬢であれば、私がアレン皇子の正室に収まる限り、この帝国も皇室もなんとか収める事ができる…最悪、非合法な手段を使ってもね…」
コロン嬢はそう言って、鋭く目を細める。その目つきは、今までのコロン嬢の目つきではなく、悪役令嬢然とした恐ろしさを秘めた目つきである。
「でも、システィーナ王女だけはそうはいかない、小国といっても王女であり、何か間違いがあっても揉み消す事はできないし、下手をすれば外交問題になってしまう。」
「コロン様、ちょっと良いですか?」
「なに?マルティナ」
「確かに外交問題に発展するのは良くないですが、最悪、コロン様が正室になってシス王女が側室でもいけるのじゃないでしょうか? それにこんな言い方はどうかと思いますが、シス王女のプラム聖王国は帝国から比べたら、侯爵家程度の力しかありませんから…」
マルティナの話は乱暴に聞こえるが、帝国とプラム聖王国の国力差を考えれば、ある程度は理解できる。例えていってしまえば、個人営業の店のオーナーと全国チェーン店の社長とを同格に扱う事は現実ではあまり考えられない。
「確かに国力差だけで言えば、システィーナ王女には悪いけど、帝国とプラム聖王国は比べるのも烏滸がましい程の国力差があるわ。でも、そうは行かない理由があるの。帝国が位置するローラシ大陸をプラキドゥム海を挟んで反対側にあるプラム聖王国は、メリデュナリス大陸の海岸線沿いの小国連合の一つなの」
ここまでは学園の入試で勉強した地理の範囲である。
「今はその小国連合は、帝国との友好関係を結んでいるけど、もし関係が悪くなって、仮想敵国であるセントシーナ側についたら、帝国はローラシ大陸のプラキドゥム海側全てを軍事防衛を設置しないとダメになるの。それは凄まじい負担になるわ」
帝国のローラシ大陸の大きさを考えると、現代で言えば、南北アメリカの海岸線に防衛網を引くぐらいの事になるのか…たしかにそれは大変な事になる。
「また、アレン皇子についても大変なの…システィーナ王女はプラム聖王国の一人娘で、宗教的、風習的にプラム聖王国は女系王族なの…」
「えっ? それではもしかして、アレン皇子がシス王女とくっついたとしたら…」
「えぇ、マルティナが想像している通り、アレン皇子はプラム聖王国に婿入りという事なるの…」
「えぇっ!?」
帝国の皇族が小国の王女に婿入り!?
「で、でも帝国とプラム聖王国との国力差を考えたらって、シス王女は一人娘か…」
どうあがいてもアレン皇子がシス王女を嫁に貰うということはできない。そんな事をすればプラム聖王国は血筋が途絶える事になってしまう。
「このような理由があったから、コロン嬢はアレン皇子がシスティーナ王女と懇意にされることを良く思われていなかったのですね…」
「そうよ、友好国の王族だから友好関係を構築する程度なら、喜べることなのですけど、アレン皇子は国家間の要人の友好関係ではなく、単なる個人の男女の仲として懇意になさっているから問題なのよ…」
そう言ってコロン嬢は唇を噛み締める。アレン皇子当人はほんの男女交際のつもりなのであろうが、こんなに難しい問題を孕んでいたとは…
「アレン皇子はその事をご存じではないのですか?」
「私はシスティーナ王女のいない所で、何度も申し上げているのですけど、私の嫉妬心から嘘をついていると思って、お話をお聞きにならないのよ…」
皇室の皇子でありながら、なんという愚かさ… アレン皇子の周りの者も何も言わないのであろうか? コロン様の言葉は、まるで、母親に勉強しろと言われても聞き流す子供のような感じである。ただの子供であれば困るのは本人だけであるが、アレン皇子の場合には、帝国民全員が困ることになる。
「ちょっと、これは思った以上に難しい問題だね」
オードリー嬢が頭を抱える。
「代わりに私たちがいっても、コロン様の根回しと思われるのが関の山ですわね…」
テレジア嬢が表情を曇らせる。
「私も、カイレルのせいで馬鹿だと思われているから、犬が吠えている程度にしか思われないでしょうね」
マルティナも眉を眉間に寄せる。
「そもそも、私はアレン皇子に声なんて掛けられないです」
ミーシャが膝の上で拳を握り締め、顔を伏せる。
「…同級生である我々がいってもダメなら、大人を使ってはどうでしょうか?」
私たちは、現代人の同世代の子供よりも精神的に成熟しているとはいえ、まだ学生。そして、今回の問題は学生ではどうしようも無い所まできていると思う。ならば、もう保護者達の力を借りるしかないであろう。
「それも考えてはいるのだけど、難しいわね… アレン皇子がここまでの状況になっているのに、まったく改善されないのは、教育係の人間までがアレン皇子の言いなりになっている可能性が高いわ。そうなると、もっとの上の人物に掛け合わないといけなくなるのだけど…その上の人物と言うのが…」
「皇帝陛下と皇后陛下ですか…」
確かに、皇帝陛下まで話があがるのであればよっぽどの事でなければならない。
「婚約者の家と言えども、私の家は侯爵家、皇帝陛下に御目通りを願って、アレン皇子の素行不良や男女交友にだらしない程度では、不興を買ってしまうわ…」
「しかし、不興を買わない程度の理由ができた時には、既に時遅しですね…」
馬鹿が地位を持つとこんなに面倒な事になるのか… この異世界でも前の世界でも面倒な事は一緒なのか…しかし、なんとかする事が出来ないであろうか…
「…ここは教師であり公爵家の人間でもあるディーバ先生に相談してみましょうか?」
「そうね…そうしてもらえるかしら…私からでは、相談しづらいから…」
こうして、コロン嬢の悩み事相談は、私がディーバ先生に事情を話して相談することに落ち着いた。




