第083話 レイチェルの悩み事
「ほら、貴方の番よ」
考え込んで黙り込む私に、悩み事を話すようにマルティナが促してくる。
「えぇ、ちょっとまって、今、考え込んでいる所だがら」
私には悩み事がないかと言えば、逆にありまくりである。しかし、それを人に話すことが出来るかと言えばそうではない。例えば私に憑りつく存在の事や、自分が転生者であることも、あまり公言する事でもないだろう。また、学園生活に於いて『攻略対象』たちが私に絡んでくることも、その婚約相手である『悪役令嬢』達に折角仲良くなってきたのに言うのも憚られる。
その他、魔力が視認できない事も、ディーバ先生が解析中であるし、マルティナが私の部屋をたまり場にするのも、実のところそんなに困ってもいない。
つまり、話せる悩み事が無いということになる。
「私は…特にありませんね…」
素直にそう答える。
「えぇ~ 本当に無いの? 本当は皆に相談したい事があるんでしょ?」
「いや、本当に無いのよ」
変な絡み方をしてくるマルティナにそう答えるが、マルティナは何か悪だくみしていそうな顔をする。
「本当はとある殿方の射止め方を知りたいのでしょ?」
「えぇ!? レイチェル様、意中の殿方がおられたのですか!?」
マルティナの言葉に大きく驚いたのはコロン嬢であった。
「いや、私にはそんな人いませんよ。それより、何故、コロン様がそんなに驚かれるのですか?」
「いえ、レイチェル様にはその様な殿方の気配を見なかったものですから、私の兄か弟でも紹介しようと思っておりまして…」
侯爵家の随一のロラード家との繋がりなら、悪くないというか良い話だ。コロン嬢の兄弟でもあるし、コロン様が勧めてくるぐらいだから悪い人物ではないだろう。
「えぇ~ 貴方、本当にディーバ先生の事をなんとも思ってないの?」
マルティナが思いがけない人物の名前を挙げてくる。
「えぇ!? ディーバ先生ですの!!」
「これは思いがけない人物だね」
「でも、レイチェル様なら意外とお似合いかも!」
コロン嬢、オードリー、ミーシャがそれぞれの思いを口にする。ちなみにテレジア様は自分の話が終わったのでお茶を飲んでほっこりしている。
「いえいえ、ありえませんからっ!」
私は全力で否定する。
「えぇ~どうしてなのよ?」
マルティナが疑いの目を向けて私に聞いてくる。
「どうしてって、ディーバ先生は私の倍の年齢があって歳が離れすぎているし、恐らく妻帯なさっているのでしょ?」
確かにディーバ先生には色々とお世話になっていて、頼っている所はあるが、色恋沙汰は別問題である。更に付け加えて言うと、私が色恋を持ち出して、先生の家庭に影響がある事になれば、私の頼る先が無くなってしまう。そうなると困るのは私の方である。
しかし、私がそう説明するとコロン嬢が目をキョトンとする。
「あら、レイチェル様はご存じないの? というか大きな勘違いをなさってますね」
「私が大きな勘違い?」
ディーバ先生が子供までいるという事であろうか。
「ディーバ先生はああ見えてもまだ24歳ですのよ」
「えぇぇぇ!!!」
私は大声を上げて驚く。
「私、ディーバ先生の事を30歳は回っていると思ってました」
「そんなに先生は若かったんですね」
私の言葉にミーシャも言葉を合わせる。やっぱり老けていると思っていたのは私だけでは無いようだ。
「二人とも、先生に失礼ですわよ。確かに精神的に成熟なさっていて、実際の年齢よりかは年配に見えますが、先生はまだ24歳の独身ですのよ」
「でも、生徒と教師の関係ですし、子爵と公爵で身分も離れておりますので」
どちらにしろ、ストイックな感じのディーバ先生に色恋沙汰を持ち出したら、今後の相談事が話しづらくなる。それだけは避けたい。
「あら、そんな事を気にしていらしたの? そんな事を気にしなくてもいいですのよ」
「はい?」
コロン嬢が私が意外な事で悩んでいたように仰る。
「ディーバ先生は公爵家の人間といっても、現当主の弟の子供、しかも長子ではないので、現当主が自身の子供に当主を継がせれば、ディーバ先生は公爵家の貴族特権を失いますし、長子ではないので家も継げません」
確かにディーバ先生は、公爵家直系では無い事は名前の爵位号の『コレ』から分かっていたことだが、そこまで危うい立場だとは思わなかった。
「そもそも、学園の教師をなさっている方は、貴族の傍系や、長子ではない方が多いのですよ。だから、男性の教師は生徒の方々が、婿取りで連れ帰る事が多いのですよ」
えぇ… 教師が生徒を捕まえるのではなくて、逆に生徒が教師を連れ帰るのか… 異世界、異文化恐るべし…
「でもまぁ、ディーバ先生は攻略難易度が非常に高い御方ですからね… 研究一筋で、言い寄る令嬢に見向きもしない方ですから、一時期はその…男色の気があるのではと噂されたほどです」
それは噂ではなく、一部の希望ではないだろうか…
「ちょっと、男色の噂をくわし…」
「マルティナ…」
マルティナがそう言いかけた所で、オードリー嬢が名前を呼んで差し止める。
「ちょっと、ミーシャには刺激が強すぎる話だった様ね…」
そう言って、ミーシャに視線を移すと、顔を真っ赤にして俯いている。
「まぁ、色恋は別として、ディーバ先生は婿養子として見れば申し分の無い方ですね」
「いや、婿が欲しい女性の視点から見れば、そうかもしれませんが、ディーバ先生の視点からすれば、私の家なんてなんのメリットもありませんよ?」
私はコロン嬢の言葉にそう返す。それにただでさえ、家庭内で取り扱いの難しい私が、更に取り扱いの難しそうなディーバ先生を連れて帰ったら、家族が居づらくなってしまいそうだ。
「爵位や財力の事を仰っているのなら、問題ありませんよ。ディーバ先生は貴族の地位に固執するような方でもなく、財力についても自ら稼いでおられますので、嫁ぎ先の財力を当てにするような方でもございません。それでいて、レイチェル様のご実家は帝都に程よい近さの距離。ディーバ先生からすれば、公爵家の煩わしさから抜け出せて、尚且つ、用事がある時には帝都に行きやすい距離、願ったり叶ったりだと思いますわ」
日本で言うと、都心には住みたくないが、都心に行きやすい距離という事か…でも、それは私自身ではなく、私の実家が優良物件という事か…
「そう言えば、帝都に行きやすい距離と言うと、先日、私の家庭教師をなさってくれていた方が、今はレグリアス地方ツール郡のとある領地で当主補佐をなさっているそうなのですが、その方の領地でなんでも転移魔法陣を自力開発されて、私の家の庭園の土地を借りて帝都側の魔法陣を設置されるそうですよ」
父にセクレタさんのお願いを伝えた日の翌日には、上手く行きそうだと父からの連絡があり、つい昨日、契約が成立したと報告があった。
「まぁまぁ! それでしたら、猶更、ディーバ先生からの視点では優良物件ではありませんの! 帝都にも近くて、ディーバ先生の地元のレグリアスにも転移魔法陣ですぐいけるなんて!!」
あぁ、確かにディーバ先生の視点だったら、かなり良い物件なのかもしれない…あくまで私自身でなく、私の実家が…
しかし、この世界に転生して2年が経つが、未だにこの世界の結婚観念に馴染むことができていない。ここにいる皆は15歳にして婚約相手がいるし、どちらかと言うと、恋愛感情より、家同士の政略的な結婚を重視している。ミーシャの場合においても、いくらミーシャの初恋で一目ぼれだとしても、相手のエリシオが公爵家でなければ、親御さんは婚約を許しはしなかったであろう。
逆に子爵位の令嬢で、長子でありながら結婚や婚約の話が全くない私の方が珍しい状況である。この世界は長子相続という風習はあるが、やはり男子の跡取りを決める事が多い。跡取り以外の男性は、地位や収入を得てからの結婚、婚約となるが、女性の場合は早めに結婚、婚約となる場合が多い。
でも、私はまだ自分の結婚や婚約なんて意識できない。前世での常識が私にはまだ早すぎると思わせるのだ。
「とりあえず…」
私は小さな声で零す。
「私自身はディーバ先生の事を恋愛対象とは見ていませんでしたし、私の結婚や婚約の事は父に考えがあるかもしれません。そして、ディーバ先生自身が結婚や婚約についてどの様にお考えなのかわかりませんので、私からはこれ以上何も申し上げる事はございません」
私は皆にそう伝えて、この話はいったん棚上げすることにする。
「とりあえずはそういうことですわね」
「うん、そういうことだね」
「わかりました!そういうことですね」
「うんうん、そういうことね」
「承知いたしました。そういうことですね」
皆が口裏を合わせたかのように、同じことを言う。一体、何なんだろう…
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
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同一世界観の作品
異世界転生100(セクレタさんが出てくる話)
https://book1.adouzi.eu.org/n4431gp/
はらつい・孕ませましたがなにか?(上泉信綱が出てくる話)
https://book1.adouzi.eu.org/n2872gz/
もご愛読頂ければ幸いです。
※はらついの次回は現在プロット作成中です。




