第071話 マルティナの無駄遣い
私はいつも通りにテレジア嬢とその祖父のカイ老人の二人に駅馬車の停留所まで見送られ、学園前まで辿り着く。時刻の方は午後の7時を回っている。こんな時間になるので、お腹がすくが、テレジア嬢達がいる手前、買い食いするわけには行かない。停留所から駅馬車に乗ってしまえば、学園前に辿り着くので、もう寄宿舎の食堂で食べた方が良いという事になる。
とりあえずは、食堂に行く前に、自室に戻って、上着を脱いで楽な恰好になろう。そう思い、自室の前まで辿り着く。この時間はもうエマは帰宅している時間であろうので、私は鍵を取り出し、開錠しようとする。
「あれ?」
開錠しようとするが、手ごたえがない。鍵がかかっていないのか? エマが施錠を忘れるなんて珍しい。いつも指差し確認を行っているので、忘れる事がない。
エマはお気に入りで、よくやってくれているが、施錠を忘れるのはとんでもないミスである。言いたくはないが、明日、言わないとダメだろう。そんな事を考えながら、扉を開くと部屋の中に明りもついていて人影もある。
「えっ?」
応接セットのソファーに三人の人影があり、私が部屋に入ってきたことも気付いていない。よく見ると、人影の正体はマルティナ、シャンティー、エマの三人だ。
近づいてみてみると、三人そろって何かに集中して読みふけっている。
「ちょっと、マルティナ」
私はマルティナに声を掛ける。
「あっ、レイチェル、おかえりなさい」
私に声を掛けられた事でようやく私の存在に気が付く。
「あれ? レイチェル様っ、お早いお帰りですね」
エマが私とマルティナの声に気が付いて頭を上げて立ち上がる。
「おかえりなさいませ、レイチェル様」
シャンティーも本を置いて立ち上がり、一礼する。
「エマ、別に早くはないわよ、もう午後7時半を回っているわよ」
「えっ!? うそ! 外がもうこんなに暗くなってる! あっ時計も7時半を回っている早く帰らないと!!」
エマは私の言葉に窓の外や、時計を見て、現在時刻を認識してあたふたし始める。エマは通常午後6時には上がってもらっている。それを一時間半も超過しているのだ。
「大変、申し訳ございませんっ! レイチェル様っ! お暇させて頂きます!」
「いいわよエマ、遅くなったから気を付けて帰ってね」
私はエマの帰宅を許可する。エマはまだ13歳だ。早く帰らせないと危ない。
「エマちゃん、また明日ね」
マルティナもエマに手を振って見送る。エマは深く一礼するとタトタトと駆けて退室する。
「で、マルティナはどうしてここにいるのよ」
私はソファーに座りながら、テーブルの上を見ると、恐らくこの世界の物であろう、コミックが山積みされている。
「いや、レイチェルも読みたいんじゃないかと思って持ってきたのよ」
「持ってきたのよって、これ凄い量じゃないの…」
そう言って、私はエマが読んでいた本を手に取る。
「このシャンティーが運搬致しました。大変苦労致しました」
マルティナの後ろに立つシャンティーが先程まで、一緒になって読んでいたとは思わせないように真顔で報告する。私は再び本に視線を戻すと、『カードシーフ・チェリー』のタイトルとショートヘアの小学生高学年ぐらいの女の子の絵が見える。
「これって、あれよね…」
「そうそう、なかなかレベルが高いでしょ?」
日本にあったものとは絵柄も、印刷技術の差はあるが、表紙を見る限り十分高いレベルの本である。私は中身も確認したい衝動にかられるが、恐らく開いてしまえば、彼女たち三人と同じ結末になってしまうだろう。
「レイチェル様、お茶をお入れ致しましょうか?」
「いえ、結構よ」
ここでお茶を頼んでしまったら、なおさら後には引き返せない様な気がする。
「それより、マルティナ。夕食は食べたの?」
「いいえ、まだよ」
マルティナは本に目を落としながら答える。
「じゃあ、先に夕食とお風呂に行くわよ。シャンティー、貴方はマルティナの入浴の準備をして、夕食の後、皆で寄宿舎の大浴場に行くわよ」
「ちょっと、待ってよレイチェルっ、あと少し、あと少しだけ…」
マルティナは本を持ったままで私に頼み込んでくる。ちなみに、その時に見えた本のタイトルは『ときめきモーニング』だった。そんな古い作品まであるとは…
「ご飯を食べて、お風呂に入ってからでも読めるでしょ、そんなぐうたらな生活をしちゃダメよ、貴方は貴族令嬢なのよ、しっかりしないと! ねぇ、シャンティー、貴方もそう思うでしょ?」
「………」
何故、沈黙になるのか。それはマルティナが貴族令嬢らしくないという事なのか、それとも、自分も本の続きが読みたいのかどちらなのであろう…
ちなみにシャンティーが読んでいた本は『ドロップ・ドロップ』だった。なにそれ…それ、私も読みたい。前世の玲子時代、まだ本家にいたころ、母が持っていたのを読んでいたが、途中で本家を出る事になったので、途中までしか読めなかった物だ。日本では絶版になっており、プレミアがついていたので古本屋でも売っていなかったのに、まさか異世界で見る事が出来るとは…
私は手を伸ばしたい気分になったが、ぐっと堪えて、マルティナの手を掴む。
「ほら、マルティナ、行くわよ。夕食を食べて、お風呂に入ってからゆっくり読めばいいじゃない」
「わ、わかったわよ…」
マルティナはしぶしぶ本を降ろし、私の後についてくる。
「それで、あれから書店に行って、根こそぎ買って来たの?」
私は廊下を食堂に向けて進みながらマルティナに尋ねる。
「いや、無理だった…」
マルティナは残念そうに項垂れながら答える。
「売り切れだったの?」
「そうじゃなくて、この世界の本は軒並み高いのよ、まだ製紙技術や製本技術が低いのね、一冊、日本円にして2・3万したわ」
「えっ?2・3万もするの!?」
私はマルティナの言葉に驚いて目が点になる。
「だから、今月のお小遣いではあれだけが精一杯だったの…」
「精一杯っていっても、相当あったわよ…」
私の部屋のテーブルの上には100冊近い本が積み上げられていた。しかし、日本円で2・3万もするなら、エマが夢中になっても仕方がない。庶民のエマの様な子供が娯楽として手の出せる金額ではない。だからエマにとっては高嶺の花で、読む事なんて出来るような代物ではなかったのだろう。それをマルティナの厚意のお陰で読み放題という事であれば、夢中になる気持ちもわかる。
「しかし、マルティナ、貴方のお小遣いも凄いわね…100冊として2・300万もつかったの?」
「まぁ、一応、侯爵家の令嬢だし…」
マルティナは無駄遣いと分かっているのか、目を逸らし気味で答える。
「これからは食費を削らないと…」
「やめなさいよ、そんな日本にいる時みたいな事をするのは…」
その後、私とマルティナ、シャンティーの三人で夕食を摂り、入浴を済ませた後は、私もがっつりと三人の仲間入りを果たしたのであった。
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