第051話 プレイヤーダイレクトアタック
「しかし、大変だったわね」
マルティナがソファーに腰を降ろしながら、口を開く。
「そうね、彼女が気の毒でしょうがなかったわ」
私はかばんを机の上に置いて、エマはお茶の準備をはじめ、シャンティーは先日、食べなかった綿菓子を取り出している。
「ホント、小学生ぐらいにしか見えないミーシャに、よくもあんなにズケズケと言えたもんだわ、良心が痛まないのかしら?」
「そうね、そんな事で痛むような良心を持ち合わせていないのじゃないかしら…ところでマルティナ…」
私はマルティナの前に腰を降ろす。
「なぁに?」
マルティナは深々とソファーの背もたれに背中を預けて、エマの差し出したお茶を楽しんでいる。
「どうして、さも当然の様に私の部屋で寛いでいるのよ…」
私たちは、放課後、先生の所へ報告を終えて戻ってきた所である。マルティナは一度、自室に戻る事無く、私の部屋についてきて、私の部屋でくつろいでいる訳である。しかも自分のメイド、シャンティー付きで…
「えっ?ダメだった?」
「べつにいいけど…」
私もエマからお茶を受け取り、一口含む。
「しかしさ、ミーシャの事、ゲームの中での事は知っていたけど…」
私は頭の中で確認するが、ゲームの中でのミーシャの役割は『悪役令嬢』だ。
「実物の彼女は更に不幸な存在よね…」
ミーシャは『悪役令嬢』でありながら、ゲームの中でも主人公に嫌がらせや悪口を言ってこない。
「レイチェル、貴方、ミーシャの事がゲームプレイヤーの間でなんて呼ばれていたか知っている?」
「えぇ、知っているわよ…彼女は…『プレイヤーダイレクトアタックのミーシャ』と…」
私はあーちゃんとの会話を思い出しながら答える。
「そうそう、『プレイヤーダイレクトアタックのミーシャ』、ホント、そのままだったわよね」
通常の『悪役令嬢』は『攻略対象』のイベント進行や好感度を上げると、それを妨害するように、『悪役令嬢』はゲームの中の主人公に対して、嫌がらせや悪口を言ってくる。
しかし、ミーシャの婚約者のエリシオルートを攻略する場合に於いては、エリシオのイベント進行や、好感度上昇の為の選択肢を選ぶ際に、その正解の選択肢の頭に『ミーシャの婚約者の』とか、『ミーシャが不幸になりますが』など、選択することで、明確にミーシャを不幸にする事をプレイヤーに自覚させる言葉が出てくる。
それに伴い、その選択肢を選ぶと、ミーシャの微笑む立ち絵から、笑みの消えた立ち絵、挙句の果てには精神的に憔悴しきった立ち絵となる。つまりエリシオルートを攻略していくと、プレイヤーは、ミーシャを痛めつける事で、自身の良心を痛めながらプレイすることになる。なのでついたあだ名が『プレイヤーダイレクトアタックのミーシャ』なのだ。
「本当にあのエリシオルートは悪趣味よね… 制作側は何を考えて製作したのかしら…」
あーちゃんに進められて一度は攻略したものの、その一度だけで、もう二度とやりたくないルートであった。
「でも、あのルートは一部のファンには人気なのよ」
「えっ!?そうなの?」
顔を上げマルティナを見ると、綿菓子を毟りながら食べている。
「ええ、そうよ、略奪愛が好きなプレイヤーが好んで遊んでいたみたいね」
「えぇぇぇ…」
「しかも、高身長で大人の色気ムンムンのエリシオに対して、ミーシャは小学生のようなロリロリきゃらだから、お姉さま方が『ミーシャのごっこ遊びのような恋愛ではなく、私が本物の大人の恋愛をエリシオ様に教えてあげるわ!』って、鼻息荒くして楽しんでいたそうよ」
「製作側も製作側で悪趣味だけど、それを嬉々として喜ぶプレイヤーも悪趣味だわ…」
私は知らなければ良かったというか、知ってはいけなかった世界を垣間見たようで、頭が痛くなる思いだ。
「まぁ、私も前世ではゲームだと割り切って遊んでいたけど…」
マルティナは語気を弱める。
「今日、実際に会って、その姿を見て、その声を聞いて、その手のぬくもりを感じて、あの涙を零す姿を見たらね…」
「うん、ゲームの中のキャラではなく、現実の生きた人物なのよね… 不幸にさせたくないわ… 元のマルティナの中の記憶でも彼女と仲良くしていたしね」
マルティナはコクリと頷く。きっとマルティナの記憶の中のミーシャの笑顔を思い返しているのであろう。
「私はね、この世界に来た時に、目標をつくったのよ」
「突然何よ…でも、その目標って?」
マルティナは少し私に顔を突き出しながら尋ねてくる。
「前にも少し話したけど、私の母はね、父の身勝手な振る舞いで、捨てられて…その上、家からも追い出されたの…」
「あぁ、前に話していた事ね…」
私の前世での父の話を思い出して、マルティナは目を伏せる。
「うん、そうよ… 私はそんな身勝手な男の振る舞いで、女性が不幸な人生を送るのは嫌なの… だから、ミーシャの事も、いいえ、ミーシャだけではないわ、ゲームの物語の中で、不幸になる『悪役令嬢』の皆を助けてあげたいの」
「だから、『攻略対象』を毛嫌いして、近づかなかったのね…」
マルティナは瞳をこちらに向ける。
「そう、だから、マルティナにもお願いがあるの、マルティナ、力を貸してもらえる?」
「そんなご丁寧に言わなくても、私も協力するわ、だって、私の事もふくまれているのでしょ?自分が助かる為に力を貸さないなんてありえないわっ」
マルティナはそう言いながら微笑んで、すっと私に手を差し伸べる。
「ありがとう、マルティナ…」
私はその手をとり、握りしめる。
ちょうどその時、部屋の扉がノックされた。
「レイチェルさーん、一緒に夕食に行きましょうか?」
扉が開かれると、ジュン、ニース、サナーの姿があった。
「あれ?お邪魔でした?」
「も、もしかして大貴族のマルティナ様っ!?」
「えぇっと、し、失礼いたしますっ!!」
三人は、マルティナの姿を見つけて、恐縮して慌てて立ち去ろうとする。
「いいの、いいの気を遣わなくて、貴方たちはレイチェルの友達でしょ?なら、私にとっても友達みたいなものよ」
マルティナは三人に気さくに声を掛ける。マルティナも中身は元日本人なのだから、一般人との付き合いの方が楽なのであろう。
「よ、よろしいのですか?」
ニースが目を丸くして尋ねる。
「だって、この学園では生徒に上下はないって話でしょ?」
表向きの話ではそう言われている。
「じゃあ、みんなで夕食に行きましょうか」
私が声を掛けると皆は大きく頷いて答えた。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。




