第025話 証拠
今日の夕食は出来れば、昨日知り合った、ジュン、ニース、サナー達と一緒に摂りたい。なので、ディーバ先生の所の用事を手早く済ませて寄宿舎に戻りたいので、私は足早に礼拝堂へと向かう。
礼拝堂まで辿り着くと、門番のような警備兵が直立不動で扉を警護するように立っていて物々しい雰囲気を醸し出している。
『一体、何があったのだろうか? 礼拝堂を警護する事態が起きたのかな?』
私はそんな事を考えながら扉に近づき、警備兵に声を掛ける。
「あの…ディーバ先生に出頭するように言われたのですが、中に入ってもよろしいでしょうか?」
「分かりました。どうぞ、お入りください」
警備兵は紳士的に私の為に扉を開けてくれる。わざわざ警備しているのに何も検査せずに入れてくれるかと思いながら、警備兵に頭を下げて、礼拝堂の中に進む。
礼拝堂の中でも、ディーバ先生の事務室に通じる扉の前に、同じように警備兵が待機している。昨日が警戒が薄かっただけで、今日の状態が本来の体制なのであろうか。
私は祭壇横の扉の前まで進み、礼拝堂の入口での警備兵相手の同じやり取りを繰り返した。
「どうぞ、お進みください」
これだけ、人の警備を受けて行くと、なんだか先生に会いに行くのではなく、王様にでも会いに行く気分である。まぁ、ディーバ先生はしかめっ面をしていることが多いので王様というより、魔王さまの様だが…
礼拝堂からの扉を抜けると、ディーバ先生の事務室に通じる廊下があるのだが、やはりここにも警備兵がいる。しかも、目的地のディーバ先生の事務室の扉の前で、今までの警備兵より、格上の警備兵に見える。こんなに警備されるなんて、ディーバ先生は何をしでかしたのであろうか、そもそも、私は事務室に入室できるのだろうか。
私がディーバ先生の部屋の入口に近づいていくと、銀色の鎧を来た兵士が、チラリとこちらを見る。
「お嬢さん、こんなところに何用だ」
先程の警備兵より少し年配の方だ。私に対して『お嬢さん』と声を掛けているが、その目は気のゆるみの無い、仕事人の目だ。
「あの、ディーバ先生に授業終了後、出頭するように言われてきたのですが、取り込んでいらっしゃるようでしたら、また、後ほどにした方が良いでしょうか?」
「うむ、入室されるがよろしかろう」
そういって、ドアの前から避けて道を開けてくれる。私は扉をノックする。
「ディーバ先生、レイチェルです。精霊の件で出頭致しました。入室してもよろしいでしょうか?」
私が扉の向こうに声を掛けると、少し物音が響いたあと、中から声がする。
「入室を許可する」
部屋の中から許可が下りると私は扉を開き、部屋の中に入る。すると、入って直ぐ隣に、扉の前にいたのと同じ警備兵がいて少し驚く。それから前に向き直ると、前回と同じように扉の直ぐの所に椅子があり、窓際側にディーバ先生の事務机があり、私とディーバ先生の間にはまた応接セットがあって、前回と同じ配置である。
ただ、前回と異なるのは、私の後ろ、扉の横とディーバ先生の事務机の前に警備兵がいる事だ。しかも、礼拝堂前や祭壇横の警備兵と比べると格上の警備兵だ。もう、警備兵というか騎士じゃないかと思う。
「先ずはそこの椅子に着席しなさい」
ディーバ先生も前回と同じく、しかめっ面にモノクルで私に言い放つ。私は先生の指示に素直に従い椅子に腰掛ける。
「さて、今回の要件である、精霊の事だが、ちゃんと連れて来ているね」
「はい、リーフ、出て来てくれる?」
私が呼びかけると、リーフは私の髪の中から、姿を現す。
「なぁに? レイチェル、新しいお友達の紹介?」
私のはリーフの言葉に、声が詰まる。リーフに対してはついついお子様対応してしまうい、先程の言葉にも、『えぇ、お友達よ』と答えそうになるが、周りにいる人物は、しかめっ面のディーバ先生と、ガタイの良い、厳つい騎士である。『お友達』と紹介したら怒られそうである。
「いいえ、貴方の事を知りたいと仰っている方がいるから紹介したいのよ」
「君がレイチェルの友人の精霊か」
割り込む様にディーバ先生が声を挟む。
「うん、そうだよ私、リーフっていうの」
リーフはしかめっ面のディーバ先生に怖気づかず、羽をパタパタさせてにこやかに答える。
「私はこの学園の教師を務めるディーバ・コレ・レグリアスだ。君について調べたいことがあるので、こちらに来てもらえるか?」
「はぁーい」
ディーバ先生の要望に、リーフは陽気に声を上げてパタパタとディーバ先生の所へ飛んでいき、事務机の上に着地してディーバ先生の前に立つ。素直なのもよいが、人見知りしなさすぎでしょ。
「ふむ、君は噂によると樹木に宿る精霊という事だが、間違いないか?」
「うん、そうだよ、元々はレイチェルの家にある樹木に宿っていたんだけど、切り倒されちゃったから、今はレイチェルの部屋にある苗木に宿っているの」
「精霊が宿る樹木を切り倒すとは…なんと罰当たりな…」
リーフの言葉にディーバ先生の眉間に激しい皺が寄る。
「申し訳ございませんっ、家の物は精霊の宿る樹木と知らずに切り倒したもので、気付いた私が、苗木を育てているのです」
今まで、リーフの事は誰にも話していなかったので、私はこの国での精霊の扱いを知らなった。しかし、ディーバ先生の反応を見ると、大切に扱われている存在である事が分かる。もしかしたら、精霊の樹木を伐採したことが罪になるかも知れないので、念の為、家の為に擁護しておく。
「そうか、知らずに伐採したのであれば、致し方ないが、今後は伐採する前に確認して注意するように」
「はい…猛省し自省します…」
なんだか、間違った子供の育て方をして、第三者に怒られる親の気分である。
「さて、学園内での精霊の扱いであるが、基本的には規制を設けない。連れまわすのは自由だ」
その言葉に少し、憂いが晴れる。
「だが、精霊を使って他者の生活を覗き見たり、付けまわしたりする事は禁止されている」
あぁ、確かにそんな使い方もできるのか。
「そして、一番警戒しているのが学園ならではの『中間考査』だ。この期間だけは、それぞれの良心に任せるのではなく、学園側として制約を実行している」
ディーバ先生はそう言うと、机の下から、真鍮でできた釣り鐘型の鳥かごを取り出す。
「なので、事前に問題や、他者の答えを盗み見ないように、『中間考査』期間は、共犯者となりうる各々の精霊などを学園側が預かる事になっている。本日、精霊を連れて来てもらったのは、学園の軟禁措置が正常に機能するか事前に調べるためだ」
なるほど、確かにリーフを使えばそんな事が出来る。さきほどの覗き見や今のカンニングの事を思うと学園の措置は当然である。
「では、リーフ、この籠の中に入ってくれるか?」
「うん、いいよっ」
籠の扉が開かれると、リーフは何のためらいもなく籠の中に入っていく。ちょっと、さすがに素直過ぎるのではないかと思う。
「どうだ? 抜け出せるか?」
「んっ、無理」
リーフは鳥籠の格子に少し触れるだけで答える。見た目は真鍮で作られた鳥籠にしか見えないが、何か魔術的な仕組みがなされているのであろうか。だが、抜け出せるかの判定は、リーフの自己申告で良いのであろうかと思う。
「うむ、分かった。実際の『中間考査』は三日間ある。その間、大丈夫そうか?」
「三日間も? 足元が金属で冷たいし、寝る所がないよぉ」
「分かった、実際に使う時までに善処しておこう」
あのディーバ先生に我儘言って強請るなんて、見ているこちらがハラハラする。
そこへ、別の出入口から憲兵らしき人物が現れて、ディーバ先生に耳打ちをする。
「そうか…令状まで手配しておかなかったのは、こちらの不手際だな…だが、一応念の為の措置であるから、気にしなくていい…」
ディーバ先生は小声で憲兵に返し、チラリと私を見る。そして、おもむろに籠の中にリーフが入ったままなのに、扉の閂を掛ける。
「さて…」
ディーバ先生が私に向き直る。その瞬間、部屋の空気が変わったような気がする。
「本来の目的に入ろうか…」
先生はそう言うと、机の引き出しの中から、一本のナイフを取り出し、私に見せる様に机の上に置く。
「このナイフは昨日、とある令嬢が礼拝堂に運び込まれた時に所持していたものだ」
私はその言葉に肩がビクつきそうになるのを必死に抑え込む。しかし、動悸は平穏状態から、一気に限界近くまでその鼓動の速さを速める。
「そして、これが先日、君から交換した表紙を切り裂かれた教科書だ」
ディーバ先生はさらに引き出しから、表紙の切り裂かれた私の教科書を取り出して、手元に置く。
『まだ、大丈夫!バレていない!あのナイフで教科書を引き裂かれたなんて証拠は出ないはず!!』
自分自身にそう言い聞かせるが、鼓動は速くなり、今にも口から心臓が飛び出しそうであり、額にじりじりと脂汗が滲むのを感じる。
「このナイフは一見するとなんの変哲の無いナイフであるが、良く見ると使い方が悪かったのか、鋭利な刃先が欠けている」
ディーバ先生は私に見せる様にナイフを掲げる。こちらからは細かすぎて見えない。しかし、先生は今から何を言おうとしているのであろうか。私はゴクリと固唾を呑んで見守る。
「そして、君の切り裂かれた教科書。その切り裂かれた表紙を良く見ると…」
先生が、教科書の切り裂かれた表紙を爪でほじると、キラリと光るものが零れ落ちる。
先生はその零れ落ちたものを、ピンセットで摘まみ上げる。
「これは非常に小さいが、何かの金属片だ。そして…」
先生は片手に金属片を持ったピンセット、もう片手にはナイフ。その両者を徐々に近づけていく。
私は息をするのを忘れて、その光景に注目し、目が皿の様に開く。
カチリ…
その両者は私の目の前で、完全に合わさって一致した…
「では、先日、何があったのか話してもらおうか… レイチェル君…」
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