ハロウィンパニックⅡ
「それじゃ行こか」
「……本当にその格好で外へ出るつもりですか?」
「ここに来る途中、エサバちゃんだけじゃなくて、仮装している店員も襲われていなかったし。試しにね。……似合っとるやろ?」
「ノーコメントです」
朝陽さんと阿部さんがなんやかんやと言い合いながら、狭い玄関から外へ出る。
「あ。エサバちゃん──……」
玄関を出る前に朝陽さんに頼まれごとをされて、わたしはいったん部屋に戻った。
朝陽さんに頼まれたものを手に取って外に出たが、状況は先ほどとさほど変わっていないようだった。
救急車や救急隊員は襲われていないようで、路上に倒れた人たちが順に運ばれていく。
「朝陽さん」
「ん? どうしたと?」
いや、あなたがどうしたんですか、と問いたい!
振り返った朝陽さんの、スカートの裾がひらりと揺れた。
赤い頭巾のついた、赤と白のワンピースは腰のところが黒いコルセット風になっている。いわゆる、赤ずきんちゃんのコスプレ衣装。
今、朝陽さんが着ている仮装服は、去年のハロウィンの際に大型ディスカウントストアで買ったものだった。
昨年のハロウィンは喫茶店が開いていたので、仮装して接客をしようと思い、購入したものの……一度も使用せず、クローゼットに眠っていたのである。
「あー……いえ、大変お似合いです」
格安ディスカウントストアで買った、ペラペラの安物のはずだけど、朝陽さんが着るとそれなり見えてしまう。
いやまあ、この人、男なんですけどね!!
「知っとうよ」
ヒラヒラと手を振る朝陽さんの横で、阿部さんが寄ってくるミイラ男とゾンビを殴り倒している。
「前々から悪食の変態だとは思っていましたが、そちらの意味でも変態だったとはっ!!」
アパートを出る前にしっかりと鍵をかけ、小走りで駅前に向かう。
「あの。本当に昨日のオカマさんがこの異常事態の関係者なんですか?」
「たぶんね。予想通り、仮装している人間は襲われないようだし。知っていて、エサバちゃんに洋服を渡したんなら、何らかの関係があるっちゃない?」
「なんですと!? それを早く言ってください! 私だけ襲われるなんて理不尽です!!」
一人だけ仮装をしていないせいか、怪物たちに群がられている阿部さんが叫ぶ。
「この人魂とカボチャを見てください! 宙を飛びながら、生気を吸っては逃げを繰り返すから、地味に大変なんですよ!」
ぎゃんぎゃんと吠えまくる阿部さん。
朝陽さんはうるさそうに手を振って、わたしに目配せをした。
「はいはい。ちゃあんと、エサバちゃんに頼んであるから」
「えーと、はい。昔、テーマパークに行ったときに買った、付け耳です」
わたしは、可愛らしいリボンのついた、黒いネコミミのカチューシャを阿部さんへ渡した。
「……これは?」
「耳をつけるだけでも仮装になるんじゃないかって、朝陽さんから言われて持ってきたんです」
「なるほど」
「阿部さんにはちょっと小さいかもですね」
「片手で押さえればなんとか、ってところですね。駅のほうから強い力を感じていたのですが、駅前広場は既に多くの怪物達でひしめいていて、囲まれると生気を吸われて気絶する……数の不利で近づけなかったのですけど、これならいけそうな気がします! このまま駅まで走り抜けましょう」
駅の方向に向かって駆け出した阿部さんだったが、ドラッグストアの前に転がっていたトイレットペーパに躓いて転んだ。
「この耳だけは死守しなくては……!!」
阿部さんは頭部のネコミミをかばいながら、体勢を立て直すと、駅に向かって駆け出す。
きゅっと唇をかみしめ、決死の表情で駆けていく阿部さんは非常に格好いい。
しかし、頭の上に乗っているネコミミが全てを台無しにしていた。
「阿部さんって──」
笑っちゃダメだ。
笑っちゃダメなんだけど、阿部さんがくそ真面目に頑張れば頑張るほど、ビジュアルとのギャップは大きくなっていく。
「レイちゃん、おバカなワンコみたいでしょ。見てて面白いっちゃんねー」
わたしの心を代弁するようなことを言って、朝陽さんもゾンビとゾンビの間を縫うように駆けていった。
「あ。ちょっと! 待ってください!!」
昨日のオカマさんを探す手伝いをしてほしい。
そういって部屋から引きずり出したのは、朝陽さんなのに!
わたしは朝陽さんの後を慌てて追いかけた。




