ハロウィンパニックⅢ
全身包帯でぐるぐる巻きのミイラ男と、ぼろをまとった腐りかけのゾンビ。
極端に洋服の布面積が少ない、ほぼ裸の美女たちにはコウモリのような羽と黒く尖ったしっぽが生えている。
駅前の広場には異形の存在があふれかえっていた。
常ならば、サラリーマンやOLさん、観光客で賑わっているこの場所に、人間の影はほとんど見当たらない。
「うわー。あそこに入っていくんですか?」
「まあ、レイちゃんはステージへ向かって一直線に進んどるしねえ」
屋上庭園もある11階建ての駅には西側と東側、二つの大きな出入口がある。
広場のある西側の入口は、壁全面がガラス張りになっており、イベントごとなどでイルミネーションが施されると大変見栄えするんだけど……。
「イルミネーションどころか、駅全体が真っ赤に輝いているような」
宙に浮かぶオレンジと赤の光をよくよく見ると、人魂とカボチャで構成されているようだった。
駅前広場のステージの上では、ド派手な赤いドレスを着た人物が踊っている。
「今夜は踊り狂うわよぉ!」
周りの怪物たちもどこかで聞いたことのあるハロウィンをモチーフにした音楽に合わせて、踊っているように見える。
仮装をした一部の酔狂な人間もまたそれに混ざって踊っていた。
ここ、本当に日本なのかな。
見慣れたはずの場所なのに、駅の周辺だけ、別の世界になったかのような錯覚を覚える。
「あのステージにいる赤いドレスを着た人が、昨日会ったオカマさんですけど……この人数で襲われるとまずいんじゃないですか?」
いくら襲ってこないとはいえ、この人込みならぬ、怪物たちの群れの中を行くのは危険な気がする。
というか、普通に怖い。
「おー。聞いていた通り、強烈な見た目しとるね。確認は済んだし、エサバちゃんは帰ってもよかよ」
「朝陽さんって本当に容赦ないですね」
とっくに日は落ちている。
駅前やその周辺は街灯や無気味なイルミネーションのおかげで明るいが、街灯の少ない小道に入ると真っ暗だろう。
襲ってこないとはいえ、暗い小道で、ゾンビに出くわしたら恐ろしくて心臓が止まるかもしれない。
絶対に襲われないという保証もないし。何かに出くわすかもしれない、とおびえながら帰るよりは、朝陽さんたちと一緒に行動するほうがまだマシに思えた。
「いつもはハロウィンなんてやってないのに、今年はどうなってるんだか!」
わたしはひしめく怪物たちを押しのけて、ステージを目指した。
ひえっ!? 今なんか、ぬるっとしたー!?
生暖かかったから、ゾンビかなにかに触ったんだと思うけど、よく見えなくてよかった!
あー、もう、くっさい!! この世のありとあらゆる生ゴミを集めて、ミキサーにかけたような悪臭がする。
あまりの臭気に目は染みるし、吐きそう……ダメだ、考えるな、息を止めろ! とにかく前に進むの!!
都内のすし詰めラッシュを思い出せして、根性を出せー!!
歯を食いしばって前に進み続け、ステージによじ登る。
朝陽さんと阿部さんは既にオカマさんと対峙していた。
「あらぁ、昨日の可愛らしいお嬢ちゃんじゃなーい! アタシに会いに来てくれたのかしら。その服とゾンビメイクとっても似合ってるわよん」
ゾンビメイクをした覚えはないけど、怪物たちの間を抜けてきたせいで、髪はぼさぼさだし、服も顔も凄いことになっているんだろう。
「うっぷ、自分が臭くて辛い……これはあなたのせいなんですか?」
どうしてこんなことを!!
個人的な怒りものせて睨み付けたが、オカマさんは笑って受け止めた。
「この国の首都でそこのイケメンに追い詰められてね。逃げるためにだいぶ力を使ったから、お腹がすいちゃって。人間の一人や二人じゃ足りないし、効率的に生気を集めるため、ハロウィーンでこの世に戻った死者の霊たちにちょっと細工をさせてもらったの」
「佐江葉さん、こちらへ! そのオカマは危険です! 朝陽はさっさと、あのオカマを食べてください!」
「えー。あんなん食べたらお腹壊すやろ」
阿部さんが朝陽さんをたきつけているが、効果はいまひとつのようだ。
「ホホホ、可愛らしいわあ。イケメン二人を美味しくいただけちゃうだなんて、なんてツイているのかしら!」
「ほら、オカマが大変なことを言っていますよ! 私が気を引くので、早く!!」
阿部さんがオカマさんへ殴りかかる。
しかし、オカマは半身でかわすと、阿部さんの腹部に重たい一撃を叩き込む。
「フヌンッ!! はー! オカマオカマって、やーねえ。この際だから言っちゃうけど、アタシただのオカマじゃないのよ。 淫 魔 で オ カ マ なの!」
フシュウウウ──、と白い煙の昇る拳をかかげ、オカマさんがウインクをする。
阿部さんは口から血反吐を吐きながら、宙を舞い、そのまま怪物たちの海に飲まれてしまった。
「名前はクリスティン。クリスあるいは、ティン子って呼んでね!」
よける間もなく、わたしの背後をとったクリスさんは、そのまま羽交い絞めにして空中に飛び上がった。
突然足場をなくした不安感と、内臓が宙に放り出されたかのような浮遊感に首をすくめ、拳をぐっと握りしめる。
斜め後ろを振り返れば、黒い大きな羽が羽ばたくのが見えた。
あっという間に、わたしは駅の屋上庭園まで連れていかれ、お庭のベンチの上に下ろされた。
「……クリスさん」
「あら、そっちで呼ぶのね」
オカマさんは意外だと言わんばかりの表情で、パチパチと瞬きをした。
「当然です!」
「〇〇子って呼び名は、日本の伝統だって聞いたから折角考えたのに、残念だわあ」
「合っているけど、間違っています! といいますか、なんでわたしをこんなところへ?」
「うふ。ちょっとしたゲームよ。首都では散々意地悪されたから、お返しするの。さ、お嬢ちゃん、こっちを向いて」
「それ、わたしのスマホ!? えっ、何で!?」
いつの間に盗んだのか。
「アタシ、指先もとっても器用なのよん」
オカマさんがわたしのスマホのロックを『顔認証』で解除した様だ。続け様に写真を一枚撮って、何かを入力している。
「ちょっと返してください! 何やっているんですか!?」
「んー。さっきのイケメンたちにメッセージを……あら、連絡先、一つしか登録してないのね。まあ、どちらでもいいわ。送信っと」
焦ってやってくるわよ~! なんて、邪悪な笑顔で笑うオカマさん。
いやいや、その前に!
わたし、朝陽さんの連絡先も阿部さんの連絡先も登録してないし!
いったい誰にどうやって送ったんだろう。
「でも、大狼って渋い苗字だわねえ」
「なっ!? それは勤め先の喫茶店のマスターです!」
「はあ!? なんで一件しか入ってない連絡先が、職場なのよ!? 彼氏の連絡先を入れときなさいよ! まあ、いいわ。どうせここまでたどり着けないでしょうし」
これだから日本人は……!仕事よりもプライベートを充実させなさい! なんて、ぷりぷり文句を言うオカマさん。
どんなメッセージを送ったかわからないけど、マスターを心配させちゃったかもしれない。
朝陽さんたちが来てくれるかもわからないし、何とか自力で脱出できないかな。
そんなことを思いながら周囲を観察する。
屋上庭園にもちらほらとミイラ男の姿が見えたが、地上に比べると少ない。
……虚をついて、全力で走ったら逃げられる可能性が……。
「そんな顔しても逃がさないわよ。アタシはスキのないオカマなの。ま、彼らが来るまでおとなしくしてたら、ちゃあんと解放してあげるから」
「来なかったらどうするんですか!?」
「もっと自分を信じなさいよ! 自信も美しさの一つなのよ!!」
こんな状況でなければとても良い言葉だと思う。
しかし、いまのわたしに必要なのは、美しさじゃない!
強さだ!!
しかし、悲しいかな、普通の人間が怪物に勝てるはずもない。
力で敵わないなら、頭を働かせなければ!
綺麗な満月の下、わたしとクリスさんがにらみ合う。
「オカマさんって……あの、淫魔なんですよね」
漫画か何かで出てきたことがあるけど、淫魔ってこんなにムッキムキな肉体派じゃなかったはずだ。
綺麗な容姿で人を惑わして、なんかこう、色々する悪魔的な存在だった気がする。
「そうよ。その気になれば美男にも美女にもなれるけどねえ。力自慢の男たちを見た目で虜にするよりも、拳でねじ伏せてから生気を奪うほうが好きだから、アタシはこの姿が気に入っているの。身も心も逞しい男の心を折って、生理的に受け付けない見た目のアタシを受け入れ、ひれ伏す姿がたまらないのよぉ」
わあ、趣味が悪い。最悪だ。
こんなねじ曲がった性癖の変態を相手にして、勝てる気がしない。──けれど、諦めるわけにもいかない!
「そんな目で見つめないで。アタシ、怒りや嫌悪みたいな強い感情のこもった目が大好きなの。女は趣味じゃなかったんだけど宗旨替えしたくなっちゃう」
「は……?」
「痛くないし、むしろとっても気持ちいいんだけど、抵抗してくれてもいいわよ。そのほうが燃えるわあ」
じりじりと距離を詰めてくるクリス。
ヤバい。変なスイッチ入れちゃった!?
肉感的で分厚い唇を、肉厚の舌がなめずるのを見て、わたしは後ずさった。
「い、いや、あの、わたしは美味しくないですから!」
強気がだめなら、弱気で行こう!
「お嬢ちゃんからは甘い砂糖菓子のにおいがするから、きっと美味しいわ。自信をもって、シュガーガール」
弱気な逃げの姿勢を見せてみたけど、時すでに遅かったようだ。
逃げようとした手をつかまれて、わたしはめちゃくちゃに暴れた。
「離してーッ!!」
つかまれた腕を振りほどこうにも、体格差がありすぎるせいか、びくともしない。
「あら。残念、時間切れのようね」
急に手を離されて、わたしはたたらを踏みながら距離をとる。
時間切れとはどういう意味だろう。
疑問に思いつつも相手の様子を伺うが、クリスの目はもう、わたしを見ていなかった。
悪趣味なオカマの視線の先にいるのは……。
「──おい。てめえ、どこのモンだ」
低く、唸るような声が響き渡る。
怒りをこらえにこらえて、それでも隠し切れない怒気が伝わってくるかのようだった。
鳥肌が立ち、背筋が震える。
「まあ、アタシ好みのいい オ ト コ ! ねじ伏せがいがあるわあ」
底光りするような鋭い視線を受け、異形のオカマはにんまりと笑った。
対する大男は、こぶしをぐっと握りしめ、額に青筋を浮かべる。
「うちのモンに手ぇだすとは、いい度胸じゃねぇか」
満月を背負うようにして、屋上庭園に現れたのは、大狼 久雄だった。
「異形同士だ。祈りの時間はいらねぇな。疾く──死ね」




