12 チキンクリームポットパイ
オープン初日の来客数はまずまずといったところだ。みんなラケルの料理を美味しい美味しいと言って食べてくれて、笑顔で帰っていく。ノアは注文を取って料理を運んでいるだけだけど、みんなの満足そうな顔を見ているとなんだかノアまで嬉しくなった。
閉店の時間を迎え、最後のお客様を笑顔で見送る。そろそろドアの下げ札を『閉店しました』に変えないと。
けれどエントランスに立ったノアが下げ札をひっくり返す前に、新しいお客様がやってきた。
「こんばんは。お店、まだ間に合う?」
「エリヤ姉!」
虚空から現れてエントランスに佇んでいるその女性を見て、ノアは一も二もなく抱きついた。
「エリヤ姉、会いたかったよぉ!」
「心配かけちゃったかな。ごめんね、ノアちゃん」
エリヤはノアに微笑みかけ、優しく頭を撫でてくれる。
「エリヤ姉、お腹すいてるの? 今なら貸し切りだよ、貸し切り。ラケルくんにごはん作ってもらお!」
ノアはエリヤの手を引いて店に入る。下げ札を『閉店しました』に変えるのも忘れない。
テーブルの上の食器を片付けていたラケルが二人に気づいた。
「エリヤ! 無事だったんだな」
「当たり前だろう?」
エリヤは得意げに笑って席に着く。
「素敵な店だね。想像していたよりも可愛らしいけど、ノアちゃんの趣味?」
「うん。ノアがいるとお酒出せないから、可愛いカフェにしてもらったの」
「正しい判断だ。ノアちゃんに粉をかける酔っ払いがいたら、ラケルがみじん切りにしかねないもの」
「みじん切りになんてしねぇよ」
ラケルは呆れたようにため息をつき、エリヤの手元にメニューブックと水がなみなみ入ったグラスを置いた。
「肉片の一つも残さず消す」
「君ならやりかねないのが怖いところだねぇ。そんな君だから、安心してノアちゃんを預けたんだけど」
エリヤはクスクス笑いながら、ぶ厚いメニューブックを開いた。
「うわ、すごい充実ぶり。余計なお世話だけど、店の規模に対して品数が釣り合ってないんじゃない? これ、ちゃんと採算取れるの?」
「問題ねぇよ。廃棄が出ねぇように、保存庫を導入してある」
「え。氷蔵庫じゃなくて? 保存庫がある飲食店なんてなかなかないよ。さすが竜鱗級冒険者、稼いでるねぇ」
「親父のツテで、腕のいい魔具工房と縁があってな。試作品を安く譲ってもらったんだ」
「すごい。後で見せてよ」
二人が話しているのは、キッチンにあるスーパー冷蔵庫のことだろう。中に入れた食べ物はずっと腐らず、常に出来立てのままらしい。
ちなみにノアは冷蔵庫にさえ入れておけば賞味期限が無限に伸びると思っているタイプだから、そのスーパー冷蔵庫がどれくらいすごいのかよくわかっていなかったが。
「俺らもここで晩飯にするか。ノアさんは何が食いたい?」
「じゃあねぇ、この、ポットパイ!」
ノアは今日よく注文されたメニューを告げた。他にも食べたい料理はたくさんあったが、胃袋は一つだけだ。我慢するしかない。
「美味しそうだね。私もそれにしようかな。あ、デザートにプリンもつけちゃおうよ」
「賛成!」
「わかったわかった。サラダも食えよ」
ラケルが厨房に引っ込む。ノアはどきどきしながらエリヤを見た。最後に別れた時と変わりはないように見える。
「エリヤ姉、今までどうしてたの?」
「色々な国を転々としてたんだ。追手の気配がなくなったから、やっとここに来られたよ」
「……ノア、迷惑かけちゃった?」
ずっと気になっていたことを恐る恐る尋ねる。するとエリヤは手を伸ばし、ノアに優しいデコピンを食らわせる。びっくりしたが、痛くはない。
「問題でーす。お姉さんは怒っています。それは何故でしょうか」
「え、えっと、ノアのせいで大変なことになっちゃったから」
「はずれー。正解は、お姉さんにとってノアちゃんが何より大切だってことをノアちゃんにわかってもらえていないからです」
エリヤは両腕を広げた。そのポーズが意味することは、二年の間でノアの身体に染みついている。
ノアは反射的にエリヤに身を預けた。エリヤはノアを抱きしめて、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。
「そんな顔しなくていいの。ノアちゃんを逃がしたのは私が勝手にやったことだし、そもそもノアちゃんが怒られる理由なんてないんだからね」
「うん……」
視界がぼやけてちょっと鼻声になる。エリヤは気づいていないふりをしてくれた。
「この二年間、ノアちゃんは十分頑張ってくれた。ノアちゃんにひどいことを言う奴は、お姉さんが許さないよ。お姉さんだけじゃない。ラケルもシメオン殿下も、バラクだってそうだ」
「うん」
「今までありがとうね、ノアちゃん。今度は私達がノアちゃんを助ける番。ノアちゃんのことは私達が守るから、ノアちゃんにはいつでも笑っててほしいな」
「うんっ!」
元気をもらえたノアが花の咲くような笑みを見せると、エリヤも口角を緩めた。
「おまちどおさん。……エリヤ?」
カートを押して戻ってきたラケルは、ちょっとだけ目の赤いノアに気づいたようだ。ラケルが訝しげにエリヤを見る。泣かせやがったんじゃねぇよな、と。
「なに? ラケルもお姉さんが羨ましい?」
エリヤはそれを無視し、勝ち誇った顔でノアの頭を撫で回す。ノアも満足げにエリヤに身体を預けていた。過剰なスキンシップは強い信頼関係にある同性の特権だ。
「ぐぬぬ……」
ラケルは悔しげに皿を並べている。何も言い返せない。何故なら図星だったので。
「ほら、冷めねぇうちに食えよ!」
「はぁい。いただきまーす」
「ラケルくん、ありがと! いただきまぁす」
ノアはスプーンを手に取った。ラケルの真似をして、ポットパイに突き刺してみる。
さくさくっと小気味のいい音を立ててパイの皮が破れた。チーズとミルクのいい香りが広がる。
ふぅふぅと息で冷まして、さっそく一口目。濃厚なクリームとぷりぷりの鶏もも肉の相性は今さら言うまでもない。
「美味しいねぇ」
はふはふしながらポットパイを口に運ぶノアを、ラケルとエリヤが微笑ましげに見ている。添えられていたバゲットをちぎってクリームにつけてみたらもっと美味しくなった。
「私はまだエリガンテでやらないといけないことがあるから今日は帰るけど、また来るよ」
ラケルの言いつけ通りサラダも綺麗に完食して、食後のプリンを堪能した後、エリヤはおもむろに立ち上がる。
「やらないといけないこと?」
「うん。シメオン殿下やバラクとこっそり連絡を取ってるんだ。あのバカ王子の目をごまかしながらだから、もうちょっと時間はかかるだろうけど……ノアちゃんが言われっぱなしなんて許せないからね」
エリヤは意味深に笑った。
「危ないことはしないでね?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
約束だよ、とノアが念押しすると、エリヤは慈愛に満ちた目でノアを見つめた。
「落ち着いたら殿下とバラクも連れて、この店に遊びに来るよ」
「ほんと!? 楽しみ!」
最後にハグをする。ノアを撫でながら、エリヤはラケルに視線を移した。
「ラケル、ノアちゃんのこと、よろしくね」
「ああ。何があってもノアさんは俺が守る」
ラケルはそう力強く返事をする。なんだかノアの耳が熱くなった。




