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寝取られ令嬢の王子様  作者: 高宮 咲
寝取られ令嬢の王子様
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4.美しい殿方ですこと

またブクマが増えてました。本当にありがとうございます。本当はもう一話書く予定でしたが、娘襲来の為こちらのみです…

そよそよと流れる風。ふわりと香る花の香り。通された茶会の席は、それはそれは見事な庭に設置されたテーブルだった。主催者であるセシリアはにこにこと微笑んでいるが、先に来ていた他の令嬢はじろじろと此方を観察しては二人でこそこそと話している。


「お待たせして申し訳ございません」

「良いのよ!来ていただけてとても嬉しいわ。こちらは私のお友達のアンナとカリーナですわ」


この二人は見たことがある。確か二人とも子爵令嬢だった筈だ。にこりと微笑みながら名乗ると、少々気まずそうにしながら揃って軽い会釈をした。大方、これが噂の寝取ら令嬢とでも笑っていたのだろう。隠し切れない嫌な笑顔は早々に扇の向こうに隠していただきたい。


「先日の夜会で仰っていた御友人は、此方のお二人ですのね」

「ええ、そうですわ。父達の仲が良くて、私たちも幼馴染なんですの」


三人が揃って微笑む。本当に仲の良い友人のようだ。幼馴染と聞いて、セレスの胸が少し痛む。まだ心の片隅に残る元婚約者も、最初は仲の良い幼馴染だった。誰よりも仲の良い友人で、誰よりも長い付き合いで、誰よりも深い付き合いで、誰よりも彼の事を愛していた。それなのに、彼はそうではなかったらしい。彼は婚約者ではない別の女性に心を移した。


「セレスティア様?どうかなさいまして?」


ぼうっとしているセレスに、セシリアが心配そうに声をかける。今は元婚約者の事なんて考えている場合じゃない。


「申し訳ございません、仲が宜しそうで微笑ましくて」

「セレスティア様に幼馴染はいらっしゃいませんの?」


空気が凍る。セレスのお茶を差し出すメイドの動きも一瞬止まったし、アンナは紅茶を吹きかけたし、カリーナはセシリアの顔を凝視した。空気が読めないだけなのか、それとも寝取られ令嬢の話を知らないのか。どちらにせよ、セシリア以外の全員が困った顔でセレスの反応を伺うのがなんだか可笑しくて、セレスはクスクスと笑った。


「おりますよ、一つ年上の男性が」

「そうなのですね!物語では幼馴染の男女が恋に落ちるなんて話もありますけれど…」


もうやめろとばかりに、カリーナが必死でセシリアの腕を小突いているが、セシリアの期待するような瞳はじっとセレスを見据えて輝く。


「そうですわね、そのようなお話もありますが…現実はそう上手くはいかないものですわ」


穏やかに微笑みながら、セレスはゆっくりと紅茶を飲む。鼻に抜ける香りが優しくて、ほうと小さく息を吐く。

まだ社交界にデビューしたばかりの十五歳。きっと恋に恋する少女なのだろう。それは悪いことだとは思わないが、もう少し友人二人の反応を見てやった方が良さそうだ。


「大丈夫ですよカリーナ様。私は何も気にしていません」

「申し訳ございません。セシリアはその、夢見がちと申しますか…」

「私の話を知らないか、知っていても私の話だと思っていらっしゃらないのね。気遣ってくださって嬉しいわ」


一人話の分かっていないセシリアが首を傾げる。輝くような金の巻き毛が、太陽の光をキラキラと反射させた。そして数拍の間を置いたあと、ようやく事態に気が付いたらしく、顔を真っ青にして慌てふためいた。


「ご、ごめんなさい!」


今にも泣きだしそうな顔で、セシリアは何度も小さくどうしましょうと呟いてはおろおろと友人の顔を見る。ころころと表情の変わる少女だ。


「落ち着いてくださいまし。大丈夫、私は何も気にしていませんわ」

「でも、でも…」

「寝取ら令嬢本人が気にしていないと言っているのです」


落ち着かせるように、ぽろぽろと涙をこぼし始めたセシリアの手を取り微笑む。アンナとカリーナもほっとしたような顔で此方を見ているが、セシリアの涙はなかなか収まってはくれない。

さて、どうしたものかと困り始めた頃、茶会の席に客人が一人。


「何を泣いているんだ?」

「お兄様」


ぎょっとした顔で、セシリアが声の主に反応する。アンナとカリーナは顔をほんのりと赤く染めながら立ち上がる。お兄様、ということはゴールドスタイン家子息、セレスよりも格上の相手。それを理解した瞬間、反射的にその場に立ち上がった。

セシリアと同じ煌めく金髪。セシリアよりも深い、深緑の瞳。穏やかに微笑む男のなんと美しいことか。思わず見惚れてしまった。


「初めて見るお嬢さんがいるな」

「この間お話したセレスティア様ですわ」

「セレスティア・ハンナ・ダルトンと申します」


まだすんすんと鼻を鳴らしているセシリアの紹介に合わせるように、男に向けてにこやかに自己紹介する。


「アラン・ニール・ゴールドスタインだ。妹が何かしでかしたようで申し訳ない」

「お兄様!何故私が粗相をしたと決めつけるのです!」

「お前が泣いているのをセレスティア嬢が慰めていたようだが?どうせお前が何か粗相をしたのに後から気付いて狼狽えているのを宥めてもらっていたんだろう」


悔しそうな顔をしながら、何も言い返せないセシリアがアランを睨む。随分と仲の良い兄妹だ。未だに頬を赤らめながらうっとりとアランを見つめるアンナとカリーナを早くどうにかしてやってほしいが、きゃんきゃんと吠えるセシリアは気が付いていないようだ。


「お嬢さん方、存分にゆっくりとしてくれ」


適当な所でじゃれあいを切り上げ、アランがにこやかに手を振って離れていく。ようやく立っていた全員が座り直すと、冷めてしまった紅茶が新しいものに取り換えられた。


「今日もお美しいですわね、アラン様」

「本当に。あの爽やかな笑顔…大人の余裕を思わせるスマートさ」


うっとりと二人で語らっているが、妹のセシリアはどこが良いのか分からないとぶつくさ言っている。それに噛みつくアンナとカリーナと、それを眺めて笑うセレス。

穏やかな昼間のひと時は、ゆっくりと穏やかに過ぎていく。


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