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寝取られ令嬢の王子様  作者: 高宮 咲
寝取られ令嬢の王子様
10/38

10.放っておいて

ブクマ、評価いつもありがとうございます。

毎日少しずつ伸びていくのが嬉しすぎて、毎晩仕事から戻った夫に報告しております。

今回もまあまあ長くなりましたが、よろしければお楽しみください。

 デートを途中で切り上げて帰ってからも、アランからの毎朝の贈り物は欠かさず届く。さっさと帰ってしまったのに、それに関して怒ることもなく、何事も無かったように取り留めのない話題がカードに書かれて届いていた。


「お嬢様、まだ落ち込んでいらっしゃるのですか?」

「落ち込んでなんていないわ。ただ私が愚かだという事に気付いて反省しているだけよ」


もう少しで忘れるところだった。もう少しで同じ過ちを繰り返すところだった。あの日あの時マリアのおかげで思い出したのだ。愛しても裏切られる辛さを。


「それと、今朝の薔薇と一緒にこちらが」


そう言いながら、ティナは綺麗に包装された小さな箱をセレスに手渡す。受け取ってゆっくりと開けると、中には小さな耳飾りが一対入っていた。


「これは…」


小さく折りたたまれた紙。見慣れた筆跡で「石だけ変えさせてもらったよ」と書かれたメッセージは、紛れもなくアランからのものだった。


「どうしましょう、こんなに素敵なもの頂く理由が無いわ」

「宜しいじゃありませんか。ゴールドスタイン様はお嬢様に求婚なさっているのですよ。贈り物くらい受け取るものです」

「でもこの間とても失礼な事をしてしまったし…」


じっと耳飾りを見てみれば、それはあの日ショーウィンドウの向こうで輝いていた青い石の耳飾りだった。今手の中にあるのは緑色の石に変わっているが、デザインは確かにあの日のものだった。


「ゴールドスタイン様は独占欲が強くていらっしゃる」


クスクスとティナが笑う。どう見てもアランの瞳の色だったからだ。普通は婚約者相手に贈るであろうその色は、応えてはくれないセレスに贈られた。


「どうしましょう」


もう一度困惑の声を挙げたところで、ティナが思い出したように手を叩いた。


「そういえば。今日の午後にいらっしゃるそうです」

「…誰が」

「ゴールドスタイン様です」


何故本人にアポイントを取らないのだろう。深い深い溜息を吐き、今度こそ本当に病気になってやろうかとセレスは頭を抱えた。


◆◆◆


穏やかな午後。そうなる筈だった午後。どうして今こんなにも深く溜息を吐き、どんよりとした気分でいなければならないのだろう。ゆっくりと本でも読もうと思っていたのに。


「お嬢様、ゴールドスタイン様がいらっしゃいました」

「今行くわ」


げんなりとした顔で、セレスはゆっくりと立ち上がる。自室の扉を潜り、重い足取りで階下の応接間へと向かった。


「お待たせいたしました」

「やあ。急に来てすまないね」


いつも通り輝く金髪。悪いと思っているのなら早く帰ってほしいが、アランにその気はないらしい。優雅に紅茶を啜りながら、セレスに座るように促した。


「先日は申し訳ないことをした。話は知っていたけれど、あの二人がそうだとは知らなかったんだ」

「いえ…私こそ、突然帰るなどと言い出して申し訳ございません」


アランが謝る必要なんて全くない。謝らなければいけないのは自分の方なのにと、セレスは小さく唇を噛みながら俯いた。


「贈り物は気に入ってもらえたかな」

「とても。ですが、あのように素敵なものをいただく理由がございません」

「俺が君に贈りたいと思ったんだ。闇夜を映すその髪の間で輝くと思うのだけれど」

「やめてください」


小さく絞り出す声に、アランの動きが止まる。俯いた顔を上げられない。ティナがそっと背中を摩るが、零れそうになる涙を堪えきれない。ぱたぱたと床に敷かれた絨毯に小さく染みを作った。


「見ていたではありませんか。私はあの方に負けたのです。伯爵令嬢が何も言えずに、子爵令嬢にあのように侮辱されるのです」


何をしたわけでもないのに。ただ裏切りが許せないから婚約を破棄しただけなのに。


「十二年間愛し続けた方をたった数ヶ月で奪い取られ、たった一度の過ちを赦すことが出来ずに放りだして逃げ出したのは私です。それでももう二度と同じ思いをしたくはありません、傷付きたくないのです」


涙を隠す事もせず、相手が上位貴族であることも忘れ、息を乱しながら必死で言葉を紡ぐ。惨めなあの姿をアランに見られていた事が恥ずかしくて、大勢の目の前で侮辱されて黙って逃げた不甲斐なさ、惨めさ。八つ当たりだと言われてしまえばその通りだが、今のセレスは言葉を止めることが出来なかった。


「お願いですから、もう私に構わないで」


ティナに肩を支えられ、もう言葉を紡ぐこともなく、ただ泣くことしかできない。


「それは、俺も彼と同じような男だと言いたいのかな」


冷たい声。かちゃりとカップをソーサーに戻した高い音。続くテーブルに置かれたのだなと分かることりという音。


「心外だ。俺は彼の様に軽薄じゃない」

「それ以上お近づきになりませんよう」


ティナがセレスを背に庇う。驚いて顔を上げれば、アランよりも小さな体で、主を守ろうと睨みつけていた。


「我が主は貴方様を拒否なさいました。どうぞ、お引き取りを」

「あの後あの二人の事を調べた。家同士の契約である婚約を、ウィリアムが浮気をしたという理由だけでそう簡単に破棄出来るとでも?」


距離を詰めることなく、ティナの前でじっとセレスを見据えながら低く淡々と言葉を続ける。


「金と家柄だよ。あの二人は愛なんて綺麗なもので繋がってなんていない。タラント家という伯爵家と繋がりたい新入り貴族マクベス家と、事業の資金繰りに苦労し、マクベスから支援を受けたいタラント家。実に貴族らしい事情じゃないか」


セレス自身、あんなにも簡単に婚約破棄の話が終わったことに疑問を持たなかったわけではない。だが、目の前で裏切りを見てしまった事、あの日ドアの隙間から聞こえたウィリアムの言葉が何度も頭の中で響いて消えてくれない。許すことが出来なくて、終わったのなら良いと目を逸らしてきただけ。


「ウィリアムは君と縒りを戻したがっているよ。だから、マクベスの令嬢はあんなに噛みつくわけだ」


ウィリアムが縒りを戻したがっている。その言葉に思わず反応するが、また思い出す彼の言葉。


「なんの面白みもない、体を許すことのない、つまらない人形」


それに続く、あのねっとりとした甘い声。


「お人形遊びはつまらないわ。私なら、貴方を楽しませてさしあげるのに」


べったりと色づいたウィリアムの唇。ドレスの胸元も、裾も乱れたマリアの姿。忘れたい。忘れてしまいたいのに、何か月経っても忘れられない。

思えば兆候はあったのだ。見覚えのないタイピンだとか、趣味ではない筈のコロンの香り。夜会に一緒に行っても、いつの間にか消え、いつの間にか戻ってくるなんて事は何度もあった。可笑しいと気付いていても、何度も気付かないふりをして信じていたのに。


「むりです」


小さく落とされたセレスの言葉は、それ以上続かない。


「わかった」


たった一言だけ言い残し、アランは静かに出て行った。

一気に静かになった部屋には、セレスの嗚咽だけが響いて、消えた。


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― 新着の感想 ―
このクソウィリアムが!! と私がこの場にいたら言っていたと思う。それくらいマジで何してくれちゃってんのよ。おなごを泣かせるんじゃないよ。
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