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第76話



「なにか言い残すことはあるッスか、シルベラ王女サマ」


 うつ伏せの状態で地面に横たわる私に、フメルタが冷たい声で尋ねる。


「アンタの左腕はもう動かないッス。まあ仮に動いたとしても、オレにはもうアンタの攻撃は通じないッスけど」


 勝利を確信してか、その顔や口調はいつものような落ち着きを取り戻していた。


「今まで実戦経験もほとんどなくて守られてばかり……そんなぬるま湯みたいな環境で育って来たような王女様が、魔王軍の幹部とタイマン張るってのがそもそも間違いだったんスよ」


 フメルタは左手の銃の照準を私の顔より少し下に合わせた。


「でも安心して欲しいッス。オレは優しい優しい幹部様なんでね。トドメは高圧水流で喉元切り裂いて、ラクに殺してあげるッス」


 散々痛めつけといて、よくもまあ自分のことを『優しい』だなんて言えたものだわ……。


「しかし『五分で終わらせる』なんて大見得を切っといて、結局は反射と吸収だけしか出来ずにこの有り様ッスか」


「う…………ぐっ…………」


「……はぁ、ぬるいぬるい。アンタと一緒にいると、こっちまでぬるま湯に入らされてる気分ッスよ。ぬるすぎてのぼせる心配がないのはありがたいッスけど」


 メノージャとピアリは、今も壁を怖そうと一心不乱に攻撃を続けている。


 その隣でヨシハルは膝をついて、魂が抜けたように私とフメルタを見つめていた。


「ッ…………ヨシ……ハル…………」


 もう歩ける力も、立ち上がる力も残ってない。


 私は地べたを這いながらフメルタから離れ、ヨシハル達がいる方に向かってズルズルと身体を引きずって進む。


「まだ動けるんスか……自分が一分一秒でも長く生き延びることで、お仲間サン達にオレを倒すヒントを見付けてもらおうって魂胆ッスか? 大事な仲間を守るためなら自己犠牲も(いと)わない………いやあ美しい。美しすぎてヘドが出そうッスよ、アンタの生き様を見てるとね」


 フメルタはやる気のない乾いた拍手を数回した後で、私の恐怖を煽るように、一歩、また一歩と近付いてくる。


「せめて最後はお仲間サンの傍で死なせてあげるッスよ」


 私はヨシハル達を閉じ込めている水の壁に背中を預けながら、その様子をジッと見つめていた。


「セクリ……お前に死なれちまったら、俺は……俺は……」


「そんじゃさよならッス……ぬるま湯王女サマ」


 背後からうっすらと聞こえたヨシハルの言葉を掻き消すようにして、フメルタが放った高圧水流を。



「『リフレクト』」



 私は……『右手』を使って反射した。



「へえ……驚いた。反射魔法が使えるのは左手だけじゃなかったんスか。でも……」


 それは、またしても別方向……フメルタのちょうど真上に向かって飛んでいく。


「残念、ハズレみたいッスねぇ? ピアリの言った通り、もしオレが撃ったのが重みのある火炎弾だったら、今のはひょっとしたら命中してたかもッスけど」


「なんだ、あんたにもさっきのピアリの言葉、聞こえてたのね……なのに私の『狙い』に気付かなかったの……?」


「はぁ? 何を言って…………」



「『パラライズ』!!」



 私は反射に使った右手を、今度はそのままフメルタに向け、別の魔法を唱えた。


「チッ……なんスか、これ……!?」


「言ったでしょ……麻痺も使えるって」


 こちらにゆっくりと向かってきていたフメルタの身体は、まるで時間を止められたかのようにピクリとも動かなくなった。


 私が唱えた、対象を強い麻痺状態にする魔法……『パラライズ』によって。


「はっ……まだこんな技を隠してたんスか。だけどもう手遅れッスよ。そんなぼろぼろな状態で放った魔法の効果なんてたかが知れてるッス。アンタが生き延びるための渾身の時間稼ぎもすぐに終わ」


「分かってないわね……」


 フメルタの発言を遮って、私はそのまま右手の人差し指だけを立てる。


「確かにあんたを麻痺状態にしたのはただの時間稼ぎよ。でもそれは、私が生き延びるためじゃない……」


 そして、震えるその指で。



「あんたを…………ぶっ倒すためよ…………!!」


 

 フメルタの頭上にある…………鋼鉄の檻を真っ直ぐに指差した。


「調子こいて手を抜いて銃をバンバン撃ちまくってくれたおかげで助かったわ。そしてさっきの一撃で、あんたに勝つ準備が整った」


「な……なにを、言ってんスか……アンタ……」


 フメルタがメリカちゃんを閉じ込めた、重く頑丈な檻。


 天井とそれを繋いでいるのは、一本の太いクサリ。


 そのクサリの僅か一部分だけが、今にも千切れそうな程に磨り減っている。


「なっ……まさか!! オレの高圧水流が上方向にばかり反射されてたのは……!!」


「いま気付いたの? よっぽど頭に血が上ってたのね。お察しの通り、私がダメージを受けて精度が落ちたからじゃない……全部あのクサリをぶった切るためよ。でも他にもあるわ……」


 戦慄の表情を浮かべるフメルタを眺めながら、私はタネ明かしを続ける。


「私が終始あんたを煽るような言動を続けていたのは、あんたを逆上させて冷静な判断を出来なくさせ、あのクサリに意識を向けさせないようにするため。そして、超絶ナルシストなあんたの顔に傷を付けたのも同じ理由よ」


「そんな……オレのこの情報は勇者サンも知らないって魔王サマが……」


「見れば分かるわよ。最初に会った時からあんたはバカ兄貴と同じニオイがしたもの……だから私は、ずっとあんたが気に食わなかったの。まさか、かすり傷ぐらいであそこまでブチギレるとは思わなかったから、それだけは想定外だったけど」


 脳内に私の名前を連呼するシスコン兄貴の顔が浮かぶ。


 まあ、あっちのナルシスト兄貴はまだ可愛げがあるけどね……目の前にいるゲスキザ男と違って。


「まさかセクリナータさん……フメルタ様の火炎弾を反射して応戦しつつ、高圧水流だけをわざと上方向にばかり跳ね返して、あのクサリの同じ部分をひたすら削り続けてたとでも仰いますの……!?」


「ほげええええ…………あっ、ま、まあ、すぅぱぁ最強魔法使いピアリちゃんには最初からぜーんぶ分かってたけどね!! そ、それにしても大博打にも程があるわよ! まったく大した根性してるわあの王女……ピアリちゃんの次に」


「ふ……不可能ッス!! そんなこと、あの戦いの中で出来るわけ……」


「それが出来ちゃうのよ……あんたが捕まえたメリカちゃんのお母さんで、私の恩師でもある偉大な魔導士……ヒューサ=テレット先生に、みっちり鍛えてもらったからね」


「ちょ……ちょっと待ってよセクリナータ様!!」


 名前を呼ばれた檻の中のメリカちゃんが、青ざめた表情で声を張り上げる。


 高いところが苦手っていうのは本当みたいね……さっきフメルタが檻に高圧水流を撃ってからずっと、ガタガタ震えていたもの。


 だからこそ、今から起こることを見届けるのはちょっと心苦しいけど。


「こ、このクサリが切れたら、ラブリープリティーメリカちゃんも一緒に落っこちちゃうよ!?」


「あら……大丈夫よメリカちゃん。下にいらっしゃる『優しい優しい幹部様』が、重さ数百キロはありそうな頑丈な檻ごと、あなたをしっかり受け止めてくれるから」


「ア……アンタそれ本気で言ってるんスか!! ぐっ……身体が……!!」


 私の台詞を聞いたフメルタは、全身に力を込めて必死に麻痺を解こうとするも、小指の一本すら動かせない状態。


「逃がすわけないじゃない……あれだけ好き放題やられたんだもの……今度はこっちの番よ」


「くっ……麻痺が解除されないッス……どこから……そんな力が……」


「ああ、言い忘れてたけど……『パラライズ』は私の一番の得意技で、ヒューサ先生のお墨付きなの。『これなら魔王の配下であろうと、きっと通じるでしょう』ってね。先生の仰った通り、あんたにもちゃんと効いてくれて良かったわ」


「い、一歩間違えれば自分が死ぬかもしれないってのに、こんな滅茶苦茶な戦い方……アタマ大丈夫ッスかアンタ!!」


 顔を真っ赤にして、汗をダラダラと流しながら叫ぶフメルタ。


「言ったでしょ。私はあんたが思うようなマトモな人間じゃないの」


 それに対し、私はほんの少し……だけど、ハッキリと口角を上げながら。


「それより、あんたの方こそ大丈夫かしら?」



 目の前のナルシスト野郎に、一言。




「────ぬるま湯でのぼせたみたいな顔して」




 私がそう言った途端、太く丈夫なクサリがバキッと音を立てて千切れた。


「うっひゃあああああああああこわいよおおおおおおおおお!!!」


 吊るすものがなくなった檻は、動きを封じられたフメルタ目掛けて急降下を始める。メリカちゃんの悲鳴と共に。



「ッ…………クッッッソオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!」


 

 断末魔をあげるフメルタのボロボロな身体は、鋼鉄製の巨大な物体によって容赦なく圧し潰された。


 檻が地面に落下した衝撃で辺り一面に土煙が舞い、広い部屋にとてつもない轟音が鳴り響く中、私はフメルタに向かって一方通行の言葉を投げ掛ける。


「ふふっ……それにしても……『大事な仲間を守るためなら自己犠牲も(いと)わない』はずの私が……まさか『大事な仲間を利用した』こんな作戦を使ってまで、しぶとく生き延びようとするなんて、思いもしなかったでしょう……?」


 フメルタがやられた事で、ヨシハル達を閉じ込めていた水のカタマリは、シャボン玉のように呆気なく破裂した。


 寄りかかる物がなくなり、ゆっくり後ろに倒れていく私の身体を、三人の仲間がしっかりと受け止める。


 その真ん中にいた男が、心から安堵したように微笑みながら、涙をポロポロと流して私の名前を呼び続けている。


「哀れで、愚かで、惨めで…………あんたがヘドが出るほど嫌っていた『美しさ』とは正反対の、とっても見苦しい生き様……見せてあげたわよ……」


 私はさっきまでの冷たく無機質なものとは違う、優しく温かい感触に身を任せながら、そっと目を閉じて。



 もう一度だけ、静かに笑ってみせた。



「ご満足いただけたかしら…………優しい優しい、クソ幹部様」






【第76話 生き延びたかったら見苦しく足掻くぬるま湯王女】











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