第71話 靴が抜けなかったら号泣する巨大女児
「ちょっ、なんなのよこれ…………ほんとに抜けない…………!!」
ピアリちゃんはペタンと腰を落とし、地面に深々と突き刺さってしまった靴を必死に救出しようとしている。
なーにをやってんだよこの女は。
俺らを一撃で戦闘不能にできるような、こんな圧倒的有利な状況で。
お前が一撃で戦闘不能になってどないすんねん。
「うっ……………うわああああああああああん!!」
そして結局靴が抜けぬまま、女児のようにピィピィと泣き始めてしまったピアリちゃん。
見てらんねえよ。こんなサイズ差だけど頭撫でてやりたくなるわ。
「ぐすん……魔王幹部は降格されるし……門はぶっ壊されるし……先に行ったあの怖すぎる二人にすごい脅されるし……おまけに靴は抜けないし……これピアリちゃんの一番のお気に入りなのに…………びえええええええええん!!」
「……どうするヨシハル、抜いてあげる?」
「そうだな、かわいそうだし」
普通では考えられない行動を、俺たちは迷わず選択した。
「うんしょ、うんしょ…………」
「ずびび……ひっく…………えっ? ちょっ、お前たち何してるのよ……?」
「抜けねえんだろ? 一時休戦だ、協力してやるよ。ほら、お前もしっかり力入れろ」
「あっ、やさしい。わかった、がんばる…………ふぐぐぐぐぐぐ……!!」
ピアリは顔を真っ赤にして右足に力を込める。
俺たちはカカト部分を持ち上げたり、靴の周りの岩を剣や魔法で壊したりと、可能な限りピアリをアシストしてやる。
「ぐぎぎぎぎ…………もうちょっと…………」
ズボッ。
「やった、抜けたあ!!……………ほぎゃすっ!!」
靴がすっぽ抜けた反動で、大きく後ろに倒れるピアリ。
「ううっ、いててて…………助かった! ありがとね勇者パーティー! ま、まあ……あの程度のハプニング、ピアリちゃんの想定の範囲内だったけどね!!」
「嘘つけギャン泣きしてたろ」
「っっっっっさい!! ったく…………こんなことしてもらっちゃったら、もう戦う気になれないわ! 出血大サービスで、元に戻してあげるわよ!」
ピアリが杖を数回振ると、俺たちの体がグングン大きくなっていく。短い縮小化だったな。
「……いいのかよ、こんな簡単に戻しちまって。魔王幹部に返り咲くんじゃなかったのか?」
「ピアリちゃんは借りた恩は返すわ! それにピアリちゃん……もともと幹部の奴ら、あんまり好きじゃなかったのよ。ついでに、戦うのもね。だからもし仮にお前達を倒して魔王幹部に舞い戻ったとしても、どのみちまた、すぐに門番行きになっちゃうって! なっはっはー!」
笑い事じゃねえ。
そうだ、思い出した。
コイツは一周目でもそうだった。
他の幹部と違って、最初から殺気というか、俺たちを本気で倒す気がなかったように思えた。
だから俺も一周目では『コイツだけは』殺さず、気絶させるだけに止めておいた。
魔王を倒して全てが終わったら、シルベラ王国に連れ帰ろうとさえ思っていた。
「さあ、お前達の完全勝利よ! 早くあの怖すぎる二人を追っかけなさい、勇者パーティー!」
もう一度戦って、確信した。
本当にコイツは色んな意味で…………魔王幹部に向いちゃいねえ。
「……一つ、聞いていいか?」
「なぁに、勇者? もしかしてスリーサイズ教えてほしいの? 去年ぐらいから測ってないから正確さに欠けるかもだケド……ピアリちゃんに勝ったゴホウビに、特別に大発表してあげてもいいわよ! えっとね、上から」
「お前は……大切な人を殺されたことがあるか?」
俺のその言葉を聞いた途端、それまでの天真爛漫な笑顔が消え、ピアリは露骨に表情を強張らせた。
「……なんで、ウチにそんなこと聞くの?」
声色と顔色が先程と比べてズンと暗くなる。
「魔王幹部の一人のジギーヴァが、さっき死んだ。俺たちが殺したんだ」
「……そう。言っちゃって大丈夫なの、それ」
「仲間の敵討ちがしたいなら再戦するか?」
「冗談。さっきも言ったでしょ? 魔王幹部の連中も戦いも、好きじゃないんだってば。それで……さっきの質問の意図は、いったい何?」
「ジギーヴァは、過去に自分の家族や仲間を殺されたと言っていた。お前にも、そんな経験があるのか?」
ピアリは真剣な面持ちで数秒間ほど考える素振りを見せた後、いつものニッコリ笑顔を取り戻した。
「…………やめましょう、この話!! 暗いくらーい!! ピアリちゃんには似合わなーい!!」
はぐらかされちまったか。
だが今の反応を見るに、きっとコイツにもジギーヴァと同じような過去が……。
『生き延びてるのはアタシのはずなのに、どんどんと腐り果てて、死体に近付いていくような感覚…………それがたまらなく息苦しくて、だけどたまらなく気持ちいいんだ』
ジギーヴァのあの言葉が、さっきから何度も頭の中で再生される。
「…………なあ、俺たちと一緒に来ねえか?」
俺はそれを吹き飛ばすように頭を左右に振った後、ピアリの目を真っ直ぐに見つめて提案する。
「はぁい!? どっ、どういうこと!? いきなりそんなこと言われてもピアリちゃんチンプンカンプンパニック!! てかそもそも敵だし!!」
「魔王様がおわす城の門を軽々とぶっ壊された挙げ句、侵入者を一人も仕留めきれずに全員通しちまった…………そんな役立たずの門番がいると知れたら、一体どんな処罰が下るだろうなぁ……?」
「あっ、おそろしや」
ピアリは子犬のように小さく震えているが、まだなにか迷いがある様子。
「で、でもでも……ピアリちゃんが裏切ったと知った方が、魔王様はとってもとってもお怒りになるんじゃないかしら……」
「問題ありませんわよ。わたくしたちもその立場ですもの。ねえハーピーさん?」
「あっははあ…………みんな一緒なら怖くないなの~!」
ハーピーまだいたんだ。
「怒られる心配なんかしなくていい。これから俺らが魔王をぶっ倒すんだからな。だが裏切りってのは勇気がいる行動だ。どうする? お前が決めていいんだぞ」
ピアリはしばらく小さく唸っていたが、やがて決心したように顔を上げた。
「…………わかったわ! しょうがないから、最強魔法使いのピアリちゃんが、お前たちに手を貸してあげる…………わよ!!!!!!!!」
うるさっ。
「えへへっ……なんか、魔王幹部よりもこっちの方が居心地いい…………かも」
「そっか、そいつは何より……いやお前門番だろ」
「おだまりになることを祈るばかり!!」
こうしてまた一段階、俺たちのパーティーがやかましくなった。
「そんじゃあ仲間になったことだし、しっかり自己紹介するわね!」
「興味ねえからスキップで」
「そんな機能ないわよ!! ちゃんと聞いてよお願いだから!」
ピアリは帽子を取り、満面の笑みをこちらに向ける。
「こほんぬこほんぬ…………ピアリちゃんの名前は、すぅぱぁ最強魔法使いのピア」
「いやああああああああああ!!!」
城の中から悲鳴が聞こえる。
この声…………メリカ!?
姿が見えねえと思ったら…………アイツ、ヒューサさんとクムンの後を追って、中に入っちまったのか!
「あのバカッ…………」
………いや、バカは俺だ。
アイツは、ジギーヴァからジレゴさんの話を聞いた辺りから全く喋ってなかったし、様子もいつもと違っていた。
ピアリの急なミニマム魔法に焦っていたとはいえ、しっかり注意を払っておくべきだった。
「メノージャの言った通り、城の中には強力な魔物がうじゃうじゃいる。行くぞお前ら…………メリカが危ねえ!!」
「ねーねー、さっきからピアリちゃんのセリフ遮られ率、めっちゃ高くないかしら? さすがに酷いと思」
「グダグダ言ってねえで早く来いやトンチンカン門番!!」
「おふぉっ…………だ、誰がトンチンカン門番よ!! あまりのキャッチーさに思わず笑っちゃったじゃない!! ちくしょう今に見てなさいよ! ピアリちゃんの華麗なる大活躍で、必ずやお前達をアッと言わせてやっ…………ごげえええええ全身ペイン!!」
何もないところで派手に転倒したピアリを置き去りにして、俺たちは城の中へ駆け込んだ。




