第70話 ヒゲを引きちぎったら門番になる最強魔法使い
『奴は四天王の中でも最弱』なんて言い回しをよく耳にするが。
俺たちが今戦ってる四人の魔王幹部の中で、最弱のレッテルを貼られるとしたら……間違いなくこの女だ。
なんせ弱すぎて、この俺が今の今まで名前も存在も完璧に忘れてたぐらいだからな。
んで久々に会ったと思ったら、激怒モードのクムンとヒューサさんに瞬殺。
今は俺らの眼前で、なんともだらしない顔で気を失っている。
変わってねえな、このポンコツウィッチ。
まあ、重苦しすぎたシリアスムードを幾分か和らげてくれた分、多少の活躍は出来たさ。俺も少しだけ緊張感が抜けた。
もうお前の役目は終わりだ。そこでゆっくり眠っとけ。
「さてさて、こんな奴は放っといて、さっさと城の中に……」
「ま……まちなさいおまえらぁっ…………」
先端にハートのついた細長い魔法のステッキを杖のように使い、その女…………ピアリがふらふらと立ち上がる。
どこか幼さを感じさせる紫色のクリクリっとした瞳は、ぐるぐる巻きになっていて今は見えない。
胸のあたりまで伸びている黄緑色のウェーブのかかった髪の毛の上に、先のとんがった紺色のウィッチハットがポスンと力なく被せられる。
やや背が高く細身の体には、帽子と同じ紺色のローブを纏い、爪先が反り返った黒い靴を履いている。
第一印象はどっからどう見ても立派な魔法使い。
見かけ倒しとは、まさにこのことである。
「……お前は他の幹部と比べてまだ可愛げがある。だから親切心で言っといてやる……大人しくそこで寝とけ。今こっちのパーティー、すげえピリピリしてえげつない状態だから。お前の出る幕じゃねえよ、色んな意味で」
「ありゃりゃ、そうなの? じゃあお言葉に甘えてグッナ~イ……ってこらぁ!! そんな安い手に引っ掛かるわけないでしょうが!! 勝負よ勝負!! 門のカギはピアリちゃんが持ってるの! 城に入りたければピアリちゃんを倒」
俺の言うことを聞かない悪い子ピアリちゃんに、またしてもクムンによる弓矢の雨。
「あばばばばばばばばば!!! 傘持ってくればよかった……じゃなくて!! 人様の話は最後まで聞きなさいよお前!! そしてさっきからそんな危ないものを初対面の相手にポコポコポコポコ……御里が知れるわよ!」
ひっさびさに聞いたなそのフレーズ。
しかし、こんな重苦しい空気の中でよく通常通りベラベラ喋れるなコイツ。
「魔王幹部だか何だか知りませんが、ワタシはキミに用はないのです。キミは根っからの悪人には見えない……今なら見逃してあげますから、大人しくそこをどいてください」
ピアリのキャラに少しばかり毒気を抜かれたのか、ヒューサさんは諭すように言った。
「ふふん、どけと言われて素直にどくようなピアリちゃんじゃないわよ! あんまり詳しいことは知らないケド、お前も昔はそれなりの……まどーし? だったらしいじゃない! 丁度いいわ、この最強魔法使いピアリちゃんが、直々に引導を渡してあげ」
「そうですか…………ならば仕方ないですね」
ヒューサさんは再び強烈な爆発魔法を、今度はピアリではなく、その背後にある城門に向けて解き放った。
凄まじい爆音と共に、重厚な城門が木っ端微塵に砕け散る。
「…………………はい?」
ピアリは顔中を汗まみれにして目をパチクリさせながら、自身の後ろに『あった』門の方にゆっくりと首を動かす。
「ワタシは今、虫の居所がすこぶる悪いのです。これ以上邪魔をするのならば…………キミもあの門みたいにしてあげましょうか?」
「あっ、こわい」
歴然とした力の差を見せつけられたピアリは一言そう呟くと、流れるような土下座を披露した。
「どどど、どうぞ、おとおりくださいませ……ゆうしゃごいっこうさまぁ……」
ピアリが震えた声で言い終える前に、ヒューサさんとクムンは玄関丸出しになった城の中にズンズンと入っていく。
「ねえヨシハル、この人って何で幹部になれたのかしら」
「本人に聞けよ。と言っても、今はとても会話できる状態じゃねえけど」
ヒューサさんとクムンの強さに圧倒され、寿命寸前の洗濯機のようにガッタンゴットン振動しまくっているピアリ。
まぁ、よくやったよ。
今のヒューサさんに『引導を渡してやる』って言おうとしただけでもすげえよ。殺されなくて良かったな。
「さっ、門も開いたことだし、ぐずぐずしてねえで俺たちも…………」
ヒューサさんとクムンの後を追うように、城の中へ入ろうとした。
その時。
「…………あ?」
異変は突然に訪れた。
「なんだこりゃ……城がどんどんでっかくなっていきやがる…………!?」
先程の時点でも圧巻のスケールを誇っていた魔王城が、更に途方もなく巨大になっていく。
前を歩いているヒューサさんとクムンの背中は、走っても走っても遠ざかる一方だ。
いや、待てよ?
これって、もしかして……。
「そうじゃありませんわヨシハルさん! お城が大きくなっているのではなくて…………わたくし達の体が、縮んでいっているのですわ!!」
メノージャがそう言っている間にも、俺たちはみるみるうちに小人になっていく。
なんだよこれ……いったい誰が……!!
「ぐっふっふ…………まんまと引っ掛かったわね、勇者パーティー!!」
完全に縮小化が止まった時、頭上からメガホンを使っているかのようなやかましい声が聞こえる。
「あの怖すぎる二人は逃がしちゃったケド……残りのお前らを一網打尽にすれば、ピアリちゃんは晴れて魔王幹部に返り咲きってワケよ!!」
さっきまで小さくなって震えていたピアリが、まるでタワーのようなデカさになって、仁王立ちで俺たちを見下ろしている。
今の豆粒サイズの俺たちから見たら、優に数百メートルは超えているように思える。
まさか……コイツの仕業……!?
「お前……何をしやがった!!」
「にしししし…………これぞ特訓に特訓を重ねて身に付けたピアリちゃんのすぅぱぁ最強魔法……名付けて『ミニマム』!! 小人になったお前たちに、もう勝ち目はないわ! さぁてと…………さんざんピアリちゃんをコケにしまくってくれたお礼に、これからたっぷりイジめてあげる!」
ミニマム、だと……!?
あの落ちこぼれのヘナチョコウィッチが、そんな強力な魔法を……!?
「ううっ……大きくなったな、ピアリ……!」
「なに親みたいなこと言ってんのよ!! てかピアリちゃんがおっきくなったんじゃなくてお前達がちっちゃくなったんでしょバカ野郎!!」
そういう意味じゃねえよバカ野郎。
んぁ?
そういやさっきこの娘『魔王幹部に返り咲き』って言わなかったか?
「お前、今は幹部じゃねえの?」
「ぎくりんちょっ」
ピアリちゃんのビッグでプリチーなお顔が露骨に引きつる。おっきな冷や汗タラタラ。
「まさか…………あまりにポンコツ過ぎて降格……」
「ちっがうわよ!! 寝てる間に魔法を暴発させてお城に火をつけちゃったり、お腹が減ってお城の食料庫にあるたべもの一つ残らず食べちゃったり、転んだ拍子に魔王様のヒゲを引きちぎっちゃったりしたから…………幹部から門番に格下げになったの!!」
何がちっがうんだよ。至極真っ当な左遷じゃねえか。
なんかおかしいと思ったんだよな。
幹部なのに門のカギ持たされてる時点で。
しっかし、どこの世界もまともな奴がいねえんだな……門番ってのは。
「おほほのほ!! 余裕かましてられるのも今のうちよ、勇者パーティー!!」
「どうでもいいけど声でけえよ。小さくなった人の気持ちを考えて喋ってくれ。はいやり直し」
「おっ、おほほのほ……余裕かましてられるのも今の…………って何でピアリちゃんがそんな気遣いしなきゃいけないのよ!! ガンガンでかい声で喋るもん!!!」
ほんと無限にイジれるなこの人。
「ヨシハルさん!! ピアリが仕掛けてきますわよ!!」
お前は呼び捨てしてやるなよ。腐っても元幹部だぞ。
メノージャに言われて魔王幹部……もとい、門番のピアリちゃんの方を見ると、子どものように無邪気な笑顔で大きく右足を上げている。
やな予感。
「ほうら……いくらお前たちでも、このサイズのピアリちゃんに踏み潰されたらひとたまりもないで…………しょっ!!」
ピアリはその足を、小さな俺たちめがけてまっすぐに振り下ろしてくる。
反応が遅れてしまった俺たちは、慌てて一歩後ろに下がる。
目の前に黒い靴がドンと出現。どうにか回避できたようだ。
いやこの小ささなのに一歩下がっただけで回避できるのおかしいだろ。ちゃんと狙えよ。
「これはちょっとマズいわね……せめてヒューサ先生たちが戻ってきてくれたら……」
確かによくない状況だな。
敵はヘンテコの極みだが…………この体格差はさすがにやべえ。
手も足も出ないとは、まさにこのことだ。
何か、この場を打開するいい作戦はないのか……?
「やいこら逃げんな卑怯も……はりゃっ?」
ピアリからでっけえ間抜け声が漏れる。
見ると、自分の右足に視線を向けたまま、焦りのあまり目が泳……ぐこともできてない。両目が足つって溺れてる。
ははあ、なるほど。
どうやらコイツ、俺たちを踏み潰すことに神経を使いすぎて着地点に全く気を配っておらず、哀れにも靴のカカト部分が地面の裂け目にブッスリ突き刺さってしまったようだ。
「ふんぐぐぐぐぐ…………ぬーけーなーいー!!」
もうほんと、何なんだよお前。




