第69話 門の前に立ちはだかったらぶっ飛ばされる四人目の幹部
何もない世界に、ジギーヴァの不愉快な高笑いだけが響き渡る。
「ジレゴが…………アタラポルトに…………殺された…………?」
今しがたジギーヴァの放った残酷なセリフを、顔を真っ青にしたクムンが復唱する。
「クムンさん、これはワタシたちの隙を作るための、あの女の根拠のない妄言に決まってます。騙されてはいけません。ジレゴさんはきっと生きて……」
「ギヒャヒャッ!! さっきから馬鹿の一つ覚えみてェに『ジレゴは生きてる』『ジレゴは生きてる』…………根拠がねえのはテメエらの方だろうが!!」
残酷な話だが。
恐らく、ジギーヴァの言っていることは本当だ。
コイツは、メリカのように戦闘力を持たない奴はともかく、クムンやヒューサさんといった強者とは真っ正面からガシガシ殺し合うことを楽しむ、そんな根っからの戦闘狂。
こんな風にウソをついて隙を作るなんて姑息な真似は、絶対にしないはずだ。
それに、そもそも最初から違和感があったんだ。
メリカもヒューサさんも、そしてクムンも『ジレゴさんが生きているかどうか分からないこと』自体が。
話を聞く限りじゃ、ジレゴさんは自分の家族であるメリカとヒューサさん、そして弟子のクムンのことを心から愛し、三人のことを自分の命よりもずっとずっと大事なものだと考えている…………どこまでも情に厚い人だ。
そんなジレゴさんが仮に生きているとしたら、自分の帰りを心待ちにしているメリカたちには、何があっても、どんな手段を使ってでも、自身の無事を報告するはずなんだ。
となると、ジレゴさんが自分の安否をどうしても伝えられない理由は、二通り。
敵に捕まり、身動きが取れない状況か。
あるいは、既に敵によって殺害されてしまったか。
ジレゴさんと面識のない俺ですら今、ちょっとでも気を抜いたらアタラポルトへの怒りでどうにかなっちまいそうなんだ。
メリカたちの気持ちを考えると、激しく胸が締めつけられる。
「ギヒャヒャッ!! どうしたよテメエら、ずいぶんと大人しくなっちまったじゃねェか!! 何ならその時のこと、もっと詳しく話してやろうかァ!?」
「アンタって奴は……どうしてそこまで楽しそうにできるわけ!? アンタといいアタラポルトといい、正気じゃないわよ!!」
セクリが珍しく感情を剥き出しにして、ジギーヴァに向かって叫ぶ。
「はっ、正気で幹部が務まるかよ! それに、曖昧な言い方で変に希望を持たせるよりも、ズバッと真実を告げてやる方が、ずっとずっと良心的だと思うがなァ? ギヒャヒャヒャヒャ!!」
「人の命を何だと思ってるの……!? ジレゴさんは、家族や弟子のことを本気で愛して……」
「生温いこと言ってんじゃねえぞ、温室育ちのシルベラ王女さんよォ!! 家族? 弟子? んなモン知ったこっちゃねェ!! 殺し合いが始まりゃ勝った方が正義だ! あの野郎は弱いから死んだ! 愛する家族だか弟子だかの所に帰れなかったのも、全ては奴の自業自得だろうが!!」
「テメエッ!!」
「アタシだって弱かったさ」
我慢の限界を迎えた俺が奴に斬りかかろうとしたとき、ジギーヴァからフッと笑顔が消える。
「アタシにも家族や、仲間がいた。みんなテメエら人間に殺されたがな。だがアタシはテメエらを恨んじゃいねェ。アイツらは弱いから死んだんだ。そんで、アイツらが死んでいくのをただ見ているしかできなかったアタシもまた、どうしようもなく弱かった」
ジギーヴァは一切表情を動かすことなく、機械のように淡々と言葉を発し続けている。
「だからアタシは強くなった。一人でも多くの敵を斬って斬って、斬りまくって、一秒でも長く生き延びられるように。家族や仲間みてェに、ならねェように」
「お前…………」
「……魔王様には感謝してる。アタシに戦う力を……敵を殺し、生き抜くための力をくれた。その日からアタシは自分が生き延びるために、そしてあの人に恩返しをするために、これまで数え切れないほど多くの敵を斬ってきた」
ジギーヴァはそこまで言うと、自分の鎌の先端を、何とも言えぬ表情で見つめた。
「しっかし、何故だろうなァ……敵を斬れば斬るほど、自分が腐っていく気がするんだ。生き延びてるのはアタシのはずなのに、どんどんと腐り果てて、死体に近付いていくような感覚…………それがたまらなく息苦しくて、だけどたまらなく気持ちいいんだ。ギヒヒ……」
その笑顔は、いつもよりどこか弱々しかった。
「話を戻すぜェ。ジレゴとかいう野郎はアタラポルトに負け、奴の部屋で毎日、拷問みてェな実験を受け続けた。アタシは奴の趣味の悪ィ実験室には入ったことはねェし、入ろうとも思わねェから、実際に見たワケじゃねェが…………あの時は野太い悲鳴が四六時中、部屋の中から聞こえてきていた。その凄惨さは容易に想像できるぜ」
ジギーヴァは先程とはうってかわって落ち着いた様子で、改めてジレゴさんのことを話し始めた。
あまりに淡々とした語りぶりに、俺はただただ立ち尽くし、奴の話に聞き入ってしまっていた。
「そういや、あの野郎の叫び声の中にはいつもいつも……人の名前みてえなモンが三種類、混じってやがったっけなァ。『メリカ』……『クムン』……そして」
突如、ジギーヴァの体が激しい炎に包まれる。
「そこを、どきなさい」
見ると、炎魔法の発動主であるヒューサさんが、今までに見たことがないような形相でジギーヴァを睨み付けていた。
あまりの殺気に、全身が凍りつく。
「ギ、ギヒャヒャッ……イイねェ…………イイ眼だ。同じヤツに両親を殺され、旦那を殺され……怒りで正気を保てなくなったかァ、ヒューサ=テレット?」
「これ以上、キミと長話をするつもりはありません。ワタシはアイツを、アタラポルトを……………殺す」
「ギヒャヒャヒャヒャヒャ!! そうだ! 戦いってのはそうでなくちゃならねェ!! そこに善悪なんてくだらねェものは必要ねェ!! ただのドス黒い殺意と殺意のぶつかり合い…………それが戦争だ!! さァ、腐り果てろテメエら!! 憎しみ悲しみ怒り恨み…………それらを全て殺意に変えて、敵をひたすらぶっ殺しまくって、心の底から狂っちまえ!! ギヒャッ、ギヒャヒャヒャヒャ!!」
燃え盛る炎の中で、ジギーヴァはヒューサさん、クムン、そしてメリカの三人に語りかける。
「ギヒヒッ…………これでアタシも、死んでいった奴等の…………仲間入り……かァ…………だがこれも…………仕方のねェ……こと……アタシが………弱かっ…………だけ…………」
ジギーヴァの声が次第に小さくなっていく。
炎のせいでよく見えねえが……。
アイツ…………泣いてる…………?
「…………ごめん……なさい…………まおう…………さ……………」
やがて炎が消え去った時、ジギーヴァ=シダーの姿はもう、そこにはなかった。
俺はアイツのことを、人を殺すことだけに快楽を見出す、そんなただの戦闘狂だと思っていた。
本当に、そうだったのだろうか。
一周目では知ることのできなかったアイツの過去。
なんだかモヤモヤする。
『生き延びてるはずなのに、どんどん腐り果てていく』…………か。
考え事をしている俺を他所に、ヒューサさんとクムンは何も言わずにさっさと進んでいく。
二人はもう、アタラポルトへの復讐しか頭にない状態だ。
あれこれ考えるのは後にしよう。
今は一刻も早く、この戦いを終わらせねぇと……。
*******
「久しぶり…………って感じがしねえな。当たり前だけど」
二度目の、魔王城。
空虚な世界でただ一つ佇むその建物は、圧倒的な存在感と不気味な威圧感を以て、俺たちを見下ろしてくる。
まさかこんなに早く、ここに戻って来ることになるとはな。
この城は五階建てで、最上階に魔王がいる。
だが、その前に……。
「アタラポルト様の研究室は、この城の三階にありますわ。ただ恐らくこの中は、今までとは比較にならない程の強力な魔物で溢れています。そこまで辿り着くのは決して容易では……」
メノージャが説明している最中に、クムンとヒューサさんは、一切の迷いもなく足を進める。
二人にはもう、俺たちの声は聞こえていない。
「ちょおっと待ったあああああ!!」
場面にちっとも相応しくない明るすぎる女の声が、城の門の方から聞こえてくる。
「ついに来たわね勇者パーティー!! ここから先は、このすぅぱぁ最強魔法使いピアリちゃんが一歩たりとも通」
クムンの弓矢が上空から雨のように、発言者の元へ降り注がれる。
「ぴょえええええええええあっぶねえええええええええええ!! ちょっ、ちょっと待ちなさいよお前!! まだ決めゼリフ全部言い終わってな」
立て続けにヒューサさんの爆発魔法が容赦なく発動。
「ほにゃらああああああああっっ!!!」
情けない声をあげてクルクル回転しながら爆風に吹き飛ばされたその女は、城の門へと全身を豪快に叩きつけた。
「な、なんなのよお前ら…………初対面の相手にいきなり弓矢と魔法ぶっ放すとか、あまりにもマナーがなってな…………がくっ」
そして呆気なく気絶。
「はらほろひれはれ…………」
せっかく二周目で初めての登場シーンだってのに、タイミングが最悪だったな。かわいそうに。
よりにもよって、このパーティーにおける戦闘力ツートップが激怒状態の時に出てくるこたぁねえだろ。
つか、コイツの存在すっかり忘れてたわ。
魔王幹部は、全部で四人。
月並みな言い方をするなら…………『四天王』ってことになるな。
フメルタ=カガエス。
ジギーヴァ=シダー。
アタラポルト=ケミミダル。
そして今、俺たちの前で目玉をぐるぐる回して伸びているコイツは、最後の幹部。
落ちこぼれ魔法使いの、ピアリ……。
ピアリ…………。
なんだったっけ。




