第68話 好きな人の名前を出されたらぶっ倒れる乙女幹部
フメルタに次ぐ幹部様のご登場に、全員の顔色が変わる。
俺たちの意識は、あの小柄な女…………ジギーヴァ=シダーの肩に担がれた武器に向いていた。
見るからに頑丈そうなぶっといクサリによって、鋭い大鎌と人間の頭部サイズの鉄球が繋がれている。
通常のものを遥かに上回る大きさを持つジギーヴァの鎖鎌を目の当たりにし、俺たちはゴクリと生唾を飲み込む。
「確か一周目で戦ったときは短刀だったはずだが……フメルタの銃と同じく、お前の武器も強化されたってわけか」
あの水鉄砲が強化なのかは不明だけど。
「ギヒャヒャッ!! そういうこった! アタシにゃ一周目の記憶なんざねェが……チマチマ切り刻むより、こっちの方がずっと爽快だぜェ!! ギヒャヒャヒャヒャ!!」
新しい玩具を買い与えられた子どものように無邪気な、そして悪魔のように残忍な笑みを浮かべるジギーヴァ。
さてさて、厄介な相手に当たっちまったぞ。
この女は、戦うこと、そして人を斬ることに何よりも愉悦を感じる危険人物。
一周目でも、俺の命を奪うことだけに専念したコイツの殺意の高い太刀捌きには、大いに苦戦させられた。
前回は短刀を用いたスピーディな戦法で翻弄してきたが、今回の武器はあの鉄球付きの大鎖鎌だ。
速度は数段落ちるだろうが、代わりに一撃で相手を葬り去るパワーが付与されたとあっちゃ、不用意に近付けねえ。
特にメリカはフメルタ戦みたいに『先手必勝!! メリカチョーーーーップ!!』とかやりかねないんで、しっかり見張っとかねえと。
「あ、あんなおっきい鎖鎌、あたし見たことないよ…………ぶるぶるぶるぶる…………」
「……オイ、そこのちっこい赤髪のガキ。実はアタシのこのカマさァ、でっけェチョコレートなんだぜェ」
「えっほんとに!? あたしにも少し分け…………って危ない危ない! いくらあたしでも、そんな見え見えの甘いワナには引っ掛からないよ! バカにするなっ!!」
「そいつァ残念だ…………イチゴ味なんだがなァ」
「えっ、あたしイチゴ大好き! ちょっとご相伴に預かってきていいかなおにーさん?」
「思いっきり甘々のエサにかぶりついてるじゃねえか!! 糖尿病のブラックバスかテメエは!!」
敵にまんまと騙され、爛々と輝く瞳を俺に向けたメリカの頬を、勢いよく引っ張りあげる。
「いひゃいいひゃいいひゃい!! だってあの鎌になんか赤い液体が付いてるから、ストロベリーソース的なものだと思って……」
「あんな物騒な武器にそんなメルヘンなもん掛かってるわけねえだろ!! どう見ても血液だろ血液!!」
「ほんとだ!! あたしとしたことが、危うく騙されるところだった! さすが魔王幹部……敵ながらアッパレだよ!」
「お前は脳ミソをアイロンがけでもしたのか? シワがどこにも見当たらねえけど」
ほれ、言わんこっちゃねえ。
俺がいなかったら50回くらい死んでるぞこの娘。
「ンだよ、余計なことすんなよサカギリィ。アタシも久々の戦いを楽しみたいからなァ……まずはそこのピーピーうるせえ奴から先に片付けてやろうと思ってたのによォ……ギヒヒヒ……」
ジギーヴァが鎌の切っ先を見せ、俺たちを威嚇する。
「まァいいか。こんな面倒くせェことしなくても、どうせテメエら全員、このカマの餌食になるんだから…………なァッ!!!」
そして、クサリを豪快にブンブンと振り回すと、その遠心力を利用し、大鎌をこちらに向かってぶん投げてきた。
俺たちは飛んだり転がったり魔法を使ったりと、各々の方法でヤツの攻撃をやり過ごす。
飛ばされた鎌は地面に思い切り叩きつけられ、たちまち広範囲に亀裂が生じる。
「ちぃっ……なんて無茶苦茶な戦い方しやがるんですか、あの女……!!」
「ですが攻撃の動作が大きい分、隙も生まれやすいですわよ、クムンさん!」
「分かってますっ…………おらくたばれ鎌女ァッ!!」
すかさずクムンが弓を引き、メノージャはツタを伸ばして、丸腰になったジギーヴァに攻撃を仕掛ける。
「隙が生まれやすいだと? オイオイ……ンな当たり前なことに気付いたぐれェで、アタシを倒せると思ってンのかァ?」
ジギーヴァはクサリに繋がれた鉄球を引き寄せ、クムンの矢を弾き飛ばした。
そして、地面に突き刺さった鎌を引き抜き、目にも止まらぬ速度で手元まで手繰り寄せると、様々な方向から襲いかかるメノージャのツタを、スパスパといとも容易く切り刻んでしまった。
「あの小さな体で、自分の身長くらいある鎌をあんなに軽々と操るなんて……何なのよアイツ……!?」
「その場から動かずして攻撃も防御も思いのまま、軌道も変幻自在で攻撃パターンも読みにくい武器。そしてそれを自分の両手のように使いこなす桁外れな腕力……これは厄介な相手ですね、ヨシハルくん」
「いやお前ら、なにさっきから真剣にバトッちゃってんの? らしくねえじゃん」
バリバリ余裕なヨシハルちゃんの一言に全員が面食らう。
「ヨッ、ヨシハルてめえっ!! ウチらが必死こいて戦ってんのに、なに空気ブチ壊すこと言ってやがるんですか!!」
「いやいや、そんな危険人物と真っ向勝負してたら命がいくつあっても足りねえだろ」
「まるでもっとラクな戦い方があるみたいじゃん……どゆことおにーさん?」
「なんだお前ら? もう忘れちまったのか……あいつの致命的な弱点を」
まあ、あのあと色々あったもんな。覚えてなくても無理はない。
「なっ、なんですの、その『致命的な弱点』とは!? 勿体ぶらないで早く言ってくださいまし!!」
確かにジギーヴァは二周目になって武器も強化されて、より戦いにくくなったのは確かだ。
あんなえげつない攻撃、一発でも食らったら即アウトだからな。
しかもあいつ、さっきのメリカに仕掛けたワナといい……こっちのパーティーメンバーのこと、一人一人しっかり調べて対策してきてやがる。
だが。
情報収集能力の高さは、そっちの専売特許じゃねえ。
俺は仮にも一周目で、幹部の奴らは全員ぶっ倒してるからな。
「まあ見とけって。こんな戦いすぐに終わらせて次行こうぜ」
俺はそう言いながら全員の前に出て、身構えるジギーヴァにのんびりと向き直った。
前にも言ったが、奴らの弱点なんてのは一通り把握してる。
その上で言うが、コイツはフメルタやアタラポルトと比べても、非常に戦いやすい。
たった五文字で、即座にヘナチョコになっちまうんだからな。
「しっかし、ずいぶん荒々しい戦い方するねぇ。もっと女の子らしく振る舞えねえの? そんなんじゃ『まおうさま』に嫌われちまうぞ、ジギーヴァちゃん?」
「っ!! みゃっ…………みゃおうさまは、かんけい、ない、だろうが…………!!」
誰だよ『みゃおうさま』って。
はい、これがジギーヴァちゃんの弱点でございござい。
この娘はどういうわけか……あのポンコツ魔王を溺愛し、慕いまくっている。
ひとたび『まおうさま』という言葉を聞くと、不気味で恐ろしい戦闘狂が、恋する乙女ちゃんに早変わり。
正直、二周目になってこの弱点が克服されてたらどうしようと思ったんだが……。
昨晩ジギーヴァとフメルタ、そして魔王がシルベラ城に攻めてきた時、なんら変わらぬ可愛いモードのジギーヴァちゃんを見ることができて安心した。
いくら魔王に武器を強化してもらっても、この弱点がむき出しだったら勝負にならねえよ。
あの魔王のことだから、こいつの恋心にはこれっぽっちも気付いてないんだろうな。ラブコメの主人公みてえに鈍感だからアイツ。
だからこの最大の弱みが一切改善されることなく、ジギーヴァちゃんはここまでノコノコやって来ちまったわけだ。
得意気におっきい鎖鎌なんか持っちゃって。か~わいいんだ。
女の子の恋心に付け入るのはちと悪趣味だが……世界の命運をかけた戦いだからどうこう言ってらんねえわな。
とか言いつつ。
ヨシハルくん、そういう悪趣味な戦い方…………だいだいだぁ~いすき!! うふふのふっ!!
「まぁたおにーさんがゲスマイルしてる……。おにーさんのその顔のせいで、たまにあたし達が悪役サイドなんじゃないかって錯覚しちゃう時あるからやめてほしいよ……」
「て、てめえっ…………そのなまえ、だすんじゃねえっ!! まじめにたっ、たたかいやがりぇっ!!」
ジギーヴァは顔面を真っ赤にしながら、プルプル震える人差し指の先端を俺に向ける。きゃわいい。
「はにゃ~ん? その名前って『まおうさま』のこと? なんで『まおうさま』の名前出しちゃダメなの?『まおうさま』って言われてなにか困ることでもあんの? ジギーヴァちゃん『まおうさま』に何か特別な感情でもあるの? ねえ『まおうさま』のことどう思ってんの? ねえねえ」
「や、やめっ…………やめろぉぉっ…………!!」
「必殺『ガトリングまおうさま砲』……まおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさままおうさま」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
両耳を塞いで倒れ込む乙女ちゃん。
はぁい、ヨシハルちゃまの完~全~勝~利~!
「…………なんか、同じ女として素直に喜べないわね。怒りが勝っちゃうわ」
「マジで手段選ばねえんですねこのクソ勇者。しばらく数千歩くらい離れて歩こ」
「思えばわたくしを仲間にしたときも最低の手段を使ってましたわね。思い出してまた嫌いになりましたわ」
えぇ……幹部倒したのにこの言われよう……世知辛…………。
「く……くそおっ…………アタシがこんなやつにぃぃ……」
「あっ『まおうさま』だ、ご機嫌うるわしゅう」
「ひゃえっ!? も、もうしわけありましぇんまおうさま! このジギーヴァめが、しゅ、しゅぐにやつらをっ…………」
「えっ、来てませんけど(爆笑)」
「はうあっ!!」
とっても負けず嫌いのジギーヴァちゃん。
歯を食い縛って執念で立ち上がるも、数秒後にはまた地べたへと逆戻り。
嗚呼…………愉快。
「も、もうやめてあげようよおにーさん! なんだかすごく教育に良くない映像を見せ続けられてる気がするよあたしたち!」
「そうよヨシハル、もうアンタの勝ちでいいからこれ以上はっ……!」
「別にその鎌野郎を庇うわけじゃねえですけど、さっさと城まで行きましょうよ。水鉄砲野郎に聞けなかったジレゴの手がかりが何か掴めるかも……」
その時、地面に突っ伏していたジギーヴァがピクリと動いた。
「…………オイ、そこの弓女。テメエ、今なんつった?」
口調が元に戻っている。
コイツ、どうして急に冷静さを取り戻しやがったんだ……?
「あ? 戦えなくなった奴に用はねえって言ってるんですよ。アタラポルトとかいうヤツは、城にいやがるんでしょう? だったら早くソイツのところに行って、ジレゴが今どこにいるのかを……」
「ギヒャッ!! ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
クムンの言葉を聞いて、ジギーヴァは地面に倒れたまま、大声で笑い始めた。
「はぁ……はぁ…………アァ、こいつァたまげたぜェ……笑いが止まんねェや、ギヒヒヒ…………」
「……何がおかしいんですか、クソ鎌女」
「『ジレゴが今どこにいるのか』だと? テメエ、それマジで言ってんのかァ?」
ジギーヴァはゆっくりと体を起こし、心底バカにしたようにクムンを見つめる。
「さっきそこの裏切りアルラウネが『クムン』とか呼んでやがったが……なァんか聞き覚えがあると思ったら、そうかそうかァ……テメエがあの男の弟子だったのかァ……ギヒヒヒ……」
「テメエ、ジレゴについて知ってやがるんですか!? あのフメルタとかいう雑魚野郎からはロクな情報が得られなかったんです……知ってることがあったら洗いざらい話しやがれ!! さもないと……」
「ギヒャヒャッ!! バカルタはお人好しだからなァ、そりゃ話せるわけもねェか。いいぜェ……そんなに脅さなくたって、アタシがぜェんぶ話してやるよ」
何故かは分からないが、奴にこれ以上、喋らせてはいけない気がした。
俺は咄嗟に剣を引き抜き、ジギーヴァの元へ走り出した。
だが、ジギーヴァは無情にも、クムンに、ヒューサさんに、そしてメリカにとって、あまりに残酷な真実を…………いとも軽々しく告げたのであった。
「まったく、ご苦労なこったなァ? アタラポルトに負けて、ヤツの実験材料になって…………最後まで何もできずに無様に死んでいった男を、わざわざこんな所まで探しにきやがったんだからよォ!! ギヒャッ、ギヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」




