第58話 戦争が間近に迫ったら準備を始めるムネスキー
「おかえりなさい、ヨシハルくん」
メリカの家に帰ると、ヒューサさんがいつものような微笑みを向けてくれた。
この人を見てると、実の母親が目の前にいるかのような安心感を覚える。
「ついにパイオツを六つ揃えたんですね」
前言撤回だねっ!
油断していたところにとんでもない問題発言を叩き込まれ、豪快にムセてしまう。
「『三人の女の子を仲間にできたんですね』でいいでしょ!! 胸部を単位にされたら俺がパイオツ目的であちこち動き回ってたド変態みたいじゃないすか!!」
「やっぱもうニ、三百発くらいぶん殴っとけば良かったわねムネスキー」
「ほらさっそくムネスキーとか呼ばれてる!! やめてくださいよヒューサさん! 俺の好感度なんか簡単に下がるんですから!!」
いつも通りすぎるやり取りにガクリと力が抜ける。
ヒューサさんは何も知らない。
明日なにが起こるか……今から俺の口から説明しなければならない。
「あの……ヒューサさ」
「明日、魔王軍が攻めてくるのでしょう?」
これから話そうとしていたことがそのまま聞こえてきて、一瞬だけ思考回路がストップする。
「な、何で……」
「キミたちの顔を見ていれば分かりますよ。絶対に負けられない戦いを直前に控えた、戦士の顔をしていますから」
敵わねえな、この人には……。
「ワタシにできることはもう何もありません。せいぜいキミたちが明日全力で戦えるよう、食事と寝床を提供するぐらいです」
そう言ってヒューサさんは、俺たちを客間へ案内した。
そこには、俺たち五人分の豪華な料理が、テーブルいっぱいにズラリと並べられていた。
「わあっ! なにこれすっごいご飯!! どうしたの母さん!?」
「今日は一日中動き回って疲れたでしょう? たくさん食べてたくさん寝て、いいパイオツになりなさいな……うへへへへ……」
ほんとコレさえなきゃ完璧なんだけどなぁこの人。
イケメンで成績優秀でスポーツ万能な露出魔を見てるような歯痒い気持ちだ。
まあヒューサさんの言う通り、今日は飲まず食わずで戦いまくってたから、空腹も疲労も限界だ。
俺たちは目をキラキラと輝かせて席についた。
「あ……あの……わたくしも、いいのですか?」
だが、この場でたった一人の『魔物』であるメノージャだけはその場から動かず、初対面のヒューサさんを見つめながらおずおずと尋ねた。
「待ちに待ったデカパイオツの到来ですよ? 拒む理由がないでしょう」
セクリとクムンが俺を睨む。なんで俺を睨む?
「それに……キミがヨシハルくんの仲間であるなら、人間だろうと魔物だろうと大歓迎ですよ」
その言葉を受けたメノージャは、何も言わずヒューサさんに深々と頭を下げた。
ほんと……大した人だわあの人。
腹ペコの俺たちは、目の前にある食事を瞬く間に平らげてしまった。
「ほれ、食ったらもう寝ろお前ら。明日は早いんだからよ」
満足そうに一息ついた仲間たちに声を掛ける。
「え、おにーさんはどうするの?」
「俺はちょっと……やることがあるからな」
「明日の戦闘準備ってこと? だったら私たちも……」
「心配すんなセクリ。そんな大したことはしねえよ。てか何でお前はここにいるの? あのまま城にいれば良かったのに」
「なっ……そんなの…………聞かなくたって分かるでしょ!! ほんと……バカヨシハル!!」
セクリは顔を真っ赤にして寝室へと向かっていった。
「お城の方がセキュリティもしっかりしててよく寝られると思うんだけども。何で怒られたんだろう? 最近怒りっぽくないあの子?」
「ほんとうに、貴方は呆れるほどの鈍感ですわね……おやすみなさい」
俺に呆れたメノージャたちは、次々と部屋を出ていった。
残ったのは俺とヒューサさんのみ。
「さすがですね、ヨシハルくん」
しばらくして、ヒューサさんがクスリと笑った後で俺に近付き、賞賛の言葉を浴びせる。
「セクリナータ様たちを休ませるために、わざとあのようなことを言って怒らせ、呆れさせ、部屋から出ていかせたのでしょう? そうでもしないと、あの子たちならキミが寝るまで起き続けて、これからキミがしようとしている戦いの準備とやらを……きっと最後まで手伝ってくれるでしょうからね」
「ったく、どこまで俺の考えを見透かせば気が済むんですかヒューサさんは。まあいいや……これでやっと二人きりになれましたね」
「ふふっ……その言い方、何だかゾクゾクしますね。人妻相手に何を企んでいるのですか?」
ヒューサさんは微笑を浮かべながら俺をからかい続ける。
生憎だが、俺はそういう話がしたいんじゃない。
「『ワタシにできることはもう何もありません。せいぜいキミたちが明日全力で戦えるよう、食事と寝床を提供するぐらいです』…………でしたっけ? 思ってもないこと、言わないでくださいよ」
まるで息を吹かれたローソクのように、ヒューサさんの笑顔が一瞬で消え失せる。
「明日、魔王は手下を『全て』率いてここに攻めてくる。そこには当然……アタラポルトもいるんですよ?」
先程までの余裕に満ちた微笑はどこへやら、ヒューサさんの顔がみるみるうちに曇っていく。
「それをわざわざ伝えて……いったいワタシにどうさせる気ですか?」
ヒューサさんは窓の外の真っ暗な世界に目をやる。
「確かにワタシの両親はアタラポルトに殺されました。憎んでいないと言えばウソになります。明日はその恨みをぶつける最初で最後のチャンスになるでしょうね」
「だったら……!」
「でも、キミにも話したでしょう?『己を捨てた復讐なんてしない。アナタが帰ってくるまで、メリカちゃんを守り続ける』……ワタシはそう、ジレゴさんと約束したんですよ」
ヒューサさんの決意は固い。
やっぱりこの人は、アタラポルトと戦う気はないんだ。
ジレゴさんのため。メリカのため。大事な家族のために。
でも、この人は間違ってる。
「旦那が帰ってくるまで娘を守り続ける。確かにそりゃ絶対に破っちゃいけない約束だろうさ。でもよ……あんたの娘は、明日俺たちと一緒に戦うんだぞ?」
窓の外を見つめ続けるヒューサさんの体が微かに動いた。
「メリカは明日、戦場に立って魔王軍との全面戦争に参加する。きっとアタラポルトとも戦うことになるだろう。なのに……母親のあんたは何もしないつもりか? また……あの女に大事なものを奪われてもいいのか?」
「……ワタシは…………」
「己を捨てた復讐なんてするもんじゃねえ。俺も憎しみに任せて戦うあんたなんて見たくねえよ。だから……あんたは復讐のためじゃなく、母親として娘を…………家族を守るために、アタラポルトと戦うべきだろ」
「…………大したヒトですね、キミは」
こちらを向いたヒューサさんの顔からは、もう迷いは感じられなかった。
「そりゃどーも。そんじゃ、俺は明日に備えて最終準備でもしてきますわ。長話しちゃってすんませんね」
「ヨシハルくん」
だらしない足取りで家を出ようとする俺に、ヒューサさんが慌てて声をかける。
「ごめんなさい、引き止めてしまって。ひとつだけ……聞いておきたいことがあります」
「……なんすか?」
「あの人は……ジレゴさんは、生きているのでしょうか。ワタシは……あの人に、また会えるのでしょうか」
ヒューサさんの手が小さく震えているのが分かった。
この件に関しては、俺が言えんのは一つだけだ。
「うーむ……こればっかりは予想もつかないっすけど、ヒューサさんがジレゴさんの生存を確信してるのは分かりますよ」
「なっ……どうしてですか?」
「さっき言ってたでしょ?『人妻相手に何を企んでいるのですか?』って。ジレゴさんのことを完全に諦めてるなら、ヒューサさんだったら絶対に自分のことを『未亡人』って言うはずなんですよ。だって……」
俺は自信たっぷりな表情でヒューサさんのいる方に振り返ってみせる。
「そっちの方が、なんかエロく聞こえるもん」
俺の台詞にしばらくキョトンとしたあと、ヒューサさんは娘によく似た明るい笑顔を見せた。
「……ふふっ、ふふふふふ……本当に、面白い子ですね……ヨシハルくんは」
「へへっ……そんじゃ、おやすみなさいヒューサさん。明日、頼りにしてますよ」
「ええ、任せてください…………あっ、ヨシハルくん」
「へい?」
ヒューサさんがまたしても俺の足を止める。
神妙な面持ちだ。
まさかまだ心の迷いが……?
「生憎ですが、ワタシは『人妻』の方がエロいと思います」
「知らねえよ!! わざわざ呼び止めてまで言うことじゃねえだろ!!」
「ふふっ……まあどちらにせよ、ワタシがジレゴさんの無事を信じているのは変わりないですけど」
ほんっと、この人には調子を狂わされっぱなしだ。
「そんじゃおやすみなさい、変態さん」
「ええ……よい夢を、変態くん」
テレット家を飛び出した俺は、夜の町を全力で走り抜ける。
問題は一つ解決した。
だけど……明日に向けてやらなきゃいけねえことが、まだ山ほど残ってる。
「なんとか、間に合わせねえとな」
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「やれやれ、メリカちゃんも随分と変わった子を連れてきたものです。そうは思いませんか…………クムンさん?」
「っ……………」
「盗み聞きだなんて恥ずかしがり屋さんなんですね。ここに来てから一言も喋ってませんし、ずっとソワソワしてて様子もおかしい……一体どうしたのですか?」
「…………あんたに、頼みがあるんです」




