第57話 雲がかかったら笑顔を見せる生意気娘
身に付けていた重い防具を順番に外していく。
勇者としての俺が、終わりを迎えようとしている。
クムンとメノージャの足音は、もう聞き取れないほどに小さくなっていた。
セクリが潤んだ瞳で、俺に軽蔑の眼差しを向ける。
『今すぐここから立ち去れ』と、そう言いたいのが分かった。
何で、こんなことになっちまったんだ。
「俺は、お前らを心から仲間だと思って……」
「それはこっちのセリフよ。あんたなら、信じられると思った。でも……こんなにバカで、薄情な男だとは思わなかったわ」
「最初から道具として利用するために、ウチにあんな優しい言葉を掛けて、騙すつもりだったなんて……アンタ、人間として終わってますよ。やっぱり他人なんて、信じちゃいけねえんですね」
クムンが部屋の扉に手を掛ける。
「待ってくれ……頼むから、行かないでくれよ……!!」
「アンタとの旅はここで終わりです。じゃあな、最低のクズ男」
違う。
こんな筈じゃなかったんだ。
「待っ……」
言葉が詰まる。
今の俺に、アイツらを止める資格はない。
それはよく分かってる。
けど。
だけどよ。
いま止めなきゃ俺は……また一人になっちまうじゃねえか。
俺は…………。
「みんな、さっきからなに言ってんの?」
突然喋り出したとある人物に、その場にいた全員の首が動く。
視線が集まったのは、キョトンとした顔で俺たちを見渡す、赤髪の少女だった。
「メリ……カ…………」
「おにーさんがバカとかクズとか、そんなの分かりきってるじゃん。なのにみんなして、そんな真剣な顔で改まっておにーさんを罵倒しまくるもんだから、あたしさっきから笑いをこらえるのに必死で…………ぷっ、あはははははははは!!」
場に不釣り合いな明るいメリカの笑い声に、俺も含めた全員が動揺する。
重苦しい空気に少女の爆笑が混ざった奇妙な空間の中で、俺たちはただメリカを見つめることしかできなかった。
「あー面白い…………ふふっ、確かにおにーさんはどうしようもない人だよ。あたしもまだ会ったばかりだけど、こんなにヘタレで自己チューで不器用で、おまけにとっっっってもおバカな人、初めて見たもん!」
随分な言われようだ。
実際ぜんぶその通りだから言い返しようがないけど。
「でもさ」
メリカは普段の明朗快活なお気楽少女のそれとは違う、優しい笑顔を浮かべた。
その姿に一瞬、ヒューサさんが重なった。
「そんなどうしようもないおにーさんが、何で今、ここまでボロボロになってるんだろう?」
メリカの言葉に、セクリとクムン、メノージャの肩がピクッと跳ねる。
「変な呪いをかけられても、時間を戻されても、仲間と離ればなれになっても……おにーさんはバカみたいな笑顔のままで、泥臭く這いつくばって、ここまで進み続けてきた。あたしはそれを、ずっと近くで見てきたんだ」
「メリカ……」
「そうして不器用に一歩一歩を踏みしめて、最高にカッコ悪く前へ前へと進んだ結果、ほら……セクリナータ様もクムンもメノージャさんも、おにーさんの一周目の仲間が、みんなここにいる。これってさ、すごいことだと思わない?」
メリカの言葉に『俺たち四人』の心が動かされていく。
「本当にみんなのことを道具としか見てないなら……元の世界に帰るための道具を手に入れたいだけだったら…………生粋の面倒くさがり屋なおにーさんが、わざわざこんなに傷だらけになったりしないんじゃないかな」
メリカの笑顔で『俺たち四人』にかかった雲が晴れていく。
「あたしはさ、ドジでバカでマヌケだけど……仲間のためならいつでもエンジン全開で頑張れる、そんなおにーさんが大好きなんだ。そこまでおにーさんに大事に思われてるみんなが、ちょっと羨ましくなっちゃうくらいにさ。みんなは…………どうかな?」
照れくさそうに明後日の方向を見て話していたメリカが、最後にポツリと質問した。
それを受けたセクリたちが、下を向きながらゆっくりと俺の方に歩いてくる。
「…………嬉しかったわよ。こんな無愛想で冷たい女を仲間にするために、何度断られても殴られても蹴られても、それでも私のところに来てくれた。バカみたいな笑顔で」
「ウチに何発も弓矢を打ち込まれて、それでも木から落ちそうになったウチを必死に助けてくれました。バカみたいな笑顔で」
「…………わたくしは貴方のことが大嫌いですが、メノージャという名前は、その……まあまあ気に入ってますわ。貴方が一周目とやらで名付けてくださったのでしょう? きっと……バカみたいな笑顔で」
三人の言葉と共に、俺の記憶が次々に甦る。
一周目も二周目も、本当に大変なことばかりだった。
思い出すだけで気が滅入るくらいに。
でも。
俺は今、こうしてコイツらと一緒にいる。
失敗する可能性なんていくらでもあった。
たとえばこの中の誰か一人を仲間にすることができず、一周目のパーティーが二度と元通りにならない……なんて残酷な結末も、もしかしたら存在したのかもしれない。
それがどうだ。
俺の大事な仲間が、今……誰一人欠けることなく、みんなこの場にいる。
ほんと…………奇跡に近いことだと思う。
「なにボケッとしてるのおにーさん!! ほら、とっとと謝って!!」
「うぇひ?」
「うぇひ? じゃないでしょ!!『皆を傷付けるようなことしてごめんなさい』って、ちゃんと謝るの!!」
「あ、ああ…………」
メリカに背中をグイグイと押され、我に返った俺は急いで三人に頭を下げた。
「その……本当に悪かった!! お前らは道具なんかじゃねえ……俺の大事な仲間だ! だから……『みんなで』魔王を倒すために、俺に力を貸してくれ! この通りだ!!」
伝えなきゃいけないことは全て伝えた。
これでダメなら……もう……。
「……わたくしは、別に構いませんわ」
メノージャの返事が、真っ黒だった俺の心に響き渡る。
嬉しさでつい頭を上げてしまう。
「べっ、別に貴方がどうなろうと知ったことではありませんが! その……先ほど魔王様に見付かった時点でどうせわたくしは裏切り者確定ですし、このまま魔王軍に戻ったとしても殺されるだけでしょう……それなら、少しくらい協力して差し上げてもと、そう思っただけですわ! ねえクムンさん!?」
「まっ、まあ……どうせヨシハル一人じゃ無様に野垂れ死にしやがるでしょうから、ちょっとだけならウチの力を貸してやってもいいです、ケド……」
クムンとメノージャはお互いをチラチラと見ながら答えた。
どうやら二人とも、パーティーを抜けるのはやめてくれるようだ。
そして、あと一人。
「セクリ……お前も来てくれねえか? 一番長い時間、俺と一緒にいてくれたお前がいなくなるなんて……俺には耐えらんねえ。さっきのことまだ怒ってるなら、何発でもぶん殴ってくれて構わないから、だから……」
「バカ……あんなこと、何回も出来るわけないじゃない」
セクリは先ほど叩いた俺の左頬に、優しく手を添えた。
「私は……私たちは、あんたの道具としてじゃなく、仲間としてあんたを守り、必ずあんたを元の世界に帰してみせる。だから……絶対に勝ちましょう、ヨシハル」
セクリの笑顔を見て、目頭が熱くなる。
ほんっとに、こんな男には勿体ねえくらいの……いい仲間だ。
「あー!! おにーさん泣いてる! だっさ~い!!」
「うるせえっ!! あと…………ありがとよ、生意気娘!!」
「えへへっ……どういたしまして、泣き虫おにーさん!」
これで正真正銘、俺が夢見たパーティーが完成した。
セクリが。
クムンが。
メノージャが。
みんなが泣きじゃくる俺を囲み、笑顔を見せる。
かつて俺がコイツらに見せたのと同じ、とびっきりバカみたいな笑顔を。
「ったく……おかしなヤツらやな、ホンマに。ほれ、明日に備えて今日は休みぃ! 魔王をブッ飛ばさなアカンっちゅうのに肝心の『勇者』とその『仲間』が寝不足で使い物にならんとか、笑い話にもならへんぞ!」
ヒノ様に促され、俺たちは城を後にした。
決戦は明日。
正直言って不安なこともたくさんある。
当然だろ。
迫り来る相手は強敵揃い。準備期間もほとんどナシ。前途多難すぎて参っちまう。
でも……悪ぃんだけどさ。
俺らが負けるところなんて、俺のバカ頭じゃ想像できねえわ。




