第49話 チャンスがやってきたら愚かな選択をする復讐の魔導士
『桃色の髪をした……マッドサイエンティスト……?』
ジレゴは私の言葉をそのままの形で返してくる。
『あの出来事からまだ三年しか経っていないだなんて信じられませんね。少しでも思い出そうとするだけで吐き気がしてくるような、最悪な記憶ですよ』
『……話したくないなら無理にとは言わねえ。お前さん、さっきと比べてあからさまに顔色が悪くなってる』
『お言葉に甘えて、詳細を語るのは止めさせていただきます。ただ一つ言えることは、ワタシは両親から託された最初で最後の望みを叶えるため、何としても魔導師にならなければならないということ。そして、必ずあの女を……』
血が滲むほどに両手を力強く握り締める。
すると、大きく温かい何かが、それを優しく包み込んだ。
『オレも協力するぜ』
協力。
耳に馴染まない単語に頭が追い付かず、ワタシはこてんと小首を傾げた。
『力になれるかどうかは分からんが、オレがお前さんを鍛えてやる。お前さんにその気があるなら、学校終わりにここに来な。オレはいつでもここに居るからよ』
『そんな、誰かに力を借りるだなんて……ワタシは一人で……』
『お前さんは心のどっかで、誰かに助けて欲しかったんじゃねえのか?』
ジレゴの言葉がワタシの胸にグッサリと突き刺さる。
『これまでお前さんは自分の周りに固い壁を作り、誰かに寄り添うことも、寄り添ってもらうこともしなかった。それでいいんだと自分に言い聞かせていても、本当は誰かに頼りたかったんじゃねえのか? だからオレに親御さんの話をしたんだろ?』
この男はどうしてワタシのことを、何もかも知っているかのように喋ることができるのだろう。
どうしてワタシはこの男の発言一つ一つに、感情を大きく揺さぶられてしまうのだろう。
『……ワタシは、ワタシのしてきたことが間違っていたとは思いません。馴れ合いは不要。その考えは全く変わりません』
『そうか。そんじゃ、交渉は決裂かい?』
『ですが……アナタは他の人とは違う気がします。信じてみても……いいと思っています』
まさかこのワタシが、何の根拠もない憶測だけで人を信用する日が来るなんてね。
『ぶはははは!! たまには悪くねぇだろ?「己の感情に任せて行動する」のも』
『…………ええ、腹立つくらい気分が良いですね』
それからワタシは、学校終わりにジレゴのいるあの建物に行くのが日課になっていた。
そこでは実践的な模擬戦闘が行われた。
『はははっ!! いい動きになってきたじゃねえかヒューサ!!』
ジレゴは強かった。
ワタシが本気で当てるつもりで魔法を放っても、のらりくらりと躱されてしまう。
学校の同級生達とは違い、ただ一人「思い切りぶつかることのできる人物」だった。
ジレゴは弓を使ってワタシを鍛えてくれた。
ワタシとの修行では先の鋭くない、練習用の弓を使用してくれたが、それでも威力は充分で、素早く動き回るワタシの腕や足に、正確な軌道で矢を命中させてくる。
好敵手と言える存在を持たなかったワタシが、全力を尽くせる相手に出会えたことが、ただひたすらに嬉しかった。
学校では一人で勉強、それが終わればジレゴと修行。
そんな充実した日々の中で、ワタシは見違えるように強くなっていった。
数年後、学校を卒業したワタシは「孤高の魔導師」として、その名を知らぬ者がいなくなる程の地位まで、いつの間にやら登りつめていた。
孤高……か。
もしもあの時、ジレゴがワタシに手を差し伸べてくれなかったら。
もしもあの時、ジレゴと出会わずに独りで高みを目指し続けていたら。
ワタシは一体、どうなっていたのでしょうね。
しばらくして故郷のダガーヒに帰ってきたワタシはジレゴと婚姻を結び、ヒューサ=テレットとしてメリカという娘を授かった。
『ねぇねぇとーしゃん! メリカとあそんでよー!』
『おっ、いいぞメリカ! ほうれ、たかいたかーい!』
『とーしゃんはメリカみたいな「オトコをてだまにとれるよーな」かわいらしいムスメをもつことができてハナが……?』
『たかいたかーい…………ってやかましいわ!! おいヒューサ! コイツに変な言葉教えんなって言っただろうが!!』
最愛の夫と娘に囲まれた日々。
あれだけ人との馴れ合いを拒んでいた「嫌な女」にこんな幸せをくれるだなんて……神様は優しいのですね。
『ねえジレゴ』
『ん、どしたヒューサ? てか気になってたんだけど何で初対面のとき呼び捨てだったんお前?』
『本当に、ありがとうございます』
『な……なんだぁ改まって? お母さんが素直だとなんか気持ち悪いよなぁメリカ?』
『とーしゃんのほーがキモい!! それはもう、ヘドがでるほどに!!』
『ちゃんと4歳の語彙で喋れや!!』
だが、その幸せはいつまでも続くことはなかった。
そこから約十年後。
魔王が現れたことによって、全てが大きく狂い始めた。
世界は魔物で溢れ返り、人々を瞬く間に混乱と絶望に陥れた。
国に雇われた傭兵団、その団長に任命されたジレゴは、魔物の討伐に駆り出されることが多くなった。
『ジレゴ、やはりワタシも行きます。アナタを一人で行かせるワケには……』
ジレゴにもしものことがあったら。
そんな不安に苛まれ、ワタシはジレゴが家を出ていくときは、いつもそう言って同行を願い出た。
すると彼も決まって、子どもにワガママを言われた父親みたいに、困ったような笑顔をワタシに向けるのだ。
『お前は何かあった時のために、家でメリカと一緒にいてくれ』
『でも、ワタシは……』
『お前だから任せられるんだ。分かるだろ? オレ達二人がいなくなったら、メリカはどうなる?』
ワタシはジレゴの背中を見送ることしかできなかった。
そしてジレゴが無事に帰ってきた時はいつも、ワタシはメリカちゃんと二人で、満面の笑みで彼を出迎えた。
ある朝、ジレゴはいつもより浮かない表情で支度をしていた。
『…………なぁヒューサ』
『どうしましたジレゴ、体調でも悪いんですか?』
『オレが今から行く隣国では、ある噂が広まってるんだ』
噂……強い魔物が出るだとか、そういうことだろうか。
『そこは、このシルベラ国よりもずっと被害が酷ぇらしい。こうして別国に頼らなきゃならねえ程にな。なんでも、強大な力を持った「人間」が、とんでもねえ種類の魔物を引き連れて、度重なる襲撃を行っているみてえだ』
『…………それって、まさか……』
『その人間ってのは、魔王軍に自ら寝返り、魔王の元で新種の強力な魔物を生み出し続けている…………「桃色の髪をした女科学者」だそうだ』
狭い体の中で心臓が大きく飛び跳ね、暴れ回る。
『何でわざわざこの話をお前にしたか、分かるよな?』
あの女が。
ワタシの両親を殺したあの女が……魔王軍に……。
『前にも言った通り、オレ達にはもうメリカが……命を懸けて守らなければならねえ宝物がいる。自分達の都合だけで行動することは許されねえ。だが……今回ばかりは話は別だ。お前が何もかもを捨ててソイツに復讐したいって言うなら、オレはお前を連れていこうと思う』
復讐。
ワタシは自分の人生を、全てあの女への復讐のためだけに捧げてきた。
ワタシは両親の期待に応えるため、両親の無念を晴らすために、血の滲むような努力の果てにこうして魔導師になった。
その時が、ようやくやって来たのだ。
ワタシに与えられた、千載一遇のチャンス。
『ワタシは…………』
『父さん、母さん、どうしたの?』
ワタシたちの話し声で目を覚ましたらしいメリカちゃんが、目をこすりながらやって来た。
何も考えないよう頭を真っ白にして、一歩前に踏み出す。
『二人で、どこかに行っちゃうの?』
『っ…………』
だが、もう一歩が動かない。
メリカちゃんが不安そうにワタシを見上げている。
全身が、この子から離れるのを拒んでいる。
そうだ。
ワタシはこの子を愛している。
それはジレゴも同じ。
ならばワタシはどうすればいい?
ワタシに出来ることは何だ?
そんなの、決まっている。
ワタシ達の幸せの結晶を。宝物を。希望を。
この子を、守らなければ。
『ワタシは……ジレゴの帰りを待ちます。メリカちゃんと二人、この場所で』
その言葉が体から出ていった時、胸がスゥッと軽くなった。
復讐心に塗れた人生はもうお仕舞い。
ワタシは、家族と寄り添って生きていく。
それがワタシの答え。
理性とか、法則だとか、そんな難しいものは必要ない。
己の感情に任せた、何よりも短絡的で、何よりも愚かで、そして何よりも素晴らしい選択に、ワタシは笑顔で胸を張った。
『……いい顔だ。メリカのこと頼んだぞ、ヒューサ』
ジレゴはニカッと白い歯を見せて笑い、ワタシたちを強く抱き締めると、いつものようにボンヤリと能天気そうに歩きながら去っていった。
もしも。
もしもワタシが「メリカちゃんを置いて一緒に行きたい」と言ったら、アナタはどうしましたか?
心優しいアナタは、それでもワタシを受け入れ、抱き締め、笑顔を向けてくれましたか?
『メリカちゃん、ご飯にしましょうか。今日はワタシ、気分がいいですから……朝から奮発しちゃいますよ』
『わーい! あっ、でもあんまりいっぱい食べたら太っちゃうよ……』
『うへへへ……たくさん食べて豊かなパイオツになってくださいね…………うへへへへ…………』
『うわぁ出たよ母さんの法律スレスレ変態モード!! 勘弁してよ朝から! ごはん食べる前に胸焼けしちゃうよぉ!!』
大丈夫。
ジレゴならきっと、無事に戻ってきます。
太陽のように明るい笑顔を浮かべて、ワタシの作った晩御飯にがっついてくれます。
大丈夫。
大丈夫。
『……泣かないで母さん。父さんなら絶対、生きて帰ってくるよ!』
『…………そう、ですね』
だからワタシは、ワタシたちは待ち続けましょう。
愛するアナタの帰りを、いつまでも。




