第46話 走りまくったら色が変わるハードワーカー
「皆さんすみませんでした。今までのは全てワタシの演技です」
魔物バ…………ヒューサさんは、俺たちに向かって深々と頭を下げた。
「母さん……本当に母さんなの!? 何でこんなことを……どうしてあたしたちを襲ったりなんてっ……ぜえぜえ………オエッ……」
汗まみれで地面に寝そべり、肩で息をしているメリカ。
「無事で何よりだ、よく頑張ったな」
「はひ……はひ…………あたしこのまま……飛んでいるハーピーを撃ち落とす弾丸とか……煙を発生させるために炎から逃げ回るオトリに…………就職するのかな……」
ニッチ産業すぎるだろ。
体力が磨り減りまくった結果、ワケの分からない将来を思い描いてしまっている。『オトリに就職』って何?
ヒューサさんはクムンに蹴られた後頭部を押さえながら、ゆっくりと体を起こした。
「……ワタシは城から抜け出してきたセクリナータ様と出会ったとき、何か嫌な予感がしましてね。彼女と一緒にキミたちの所まで行くことにしたのです」
「そうなのか、セクリ?」
「……黙っててごめんなさい。そうよ、私はヒューサ先生に弓矢をもらって、そのまま先生と一緒にここまで来たの」
「ワタシは道中でセクリナータ様にこう伝えました。『もしヨシハルくんたちが魔物に苦戦しているようならば、ワタシはその戦闘後、悪役として彼らと戦おうと思います。それでヨシハルくんたちが深手を負うようなことになったら、キミの魔法で治してあげてください』とね」
「どうしてヒューサさんがそんなことをする必要が……」
「この先のことを考えて、ですよ」
ヒューサ先生は真剣な眼差しで俺たち全員を見つめる。
「ハーピーさんとの戦いは陰から見ていました。そして確信しました。あのままのキミたちではこの先の戦いを勝ち抜いていくことはできないだろう……と」
「そっ……そんなこと!」
「ハーピーさんは比較的弱めの魔物。一周目では何も問題はなかったはずです。しかし、ヨシハルくんがベタノロに掛かってしまったことにより、今ではその『弱めの魔物』にすら苦戦する羽目になってしまっている」
確かに俺はベタノロの影響で、一周目であんなに簡単に倒せていたはずのハーピー相手にもここまでボロボロにされた。
更に俺がお荷物になったせいで、仲間のコイツらまでこんなに傷だらけにさせちまった。
そもそも最弱魔物のスライムにすら手も足も出なかったし、反論のしようがない。
「ベタノロにより被害が及ぶのはヨシハルくんだけじゃない。キミたち全員なのです。だから来る魔王軍との戦いに備えて、まずは一刻も早く経験させておきたかったのです。『様々な魔法を使う強敵との戦闘』を、『キミたち全員』に」
そうか、それでヒューサさんは体を張って俺たちの体に叩き込んでくれたんだ。
自分が敵を演じて本気の戦闘を行うことで、俺たちを鍛えようとしてくれたんだ。
二周目に入って不甲斐ない姿しか見せていない俺を心配して……。
「いいですかヨシハルくん? この先に待ち受ける敵はこんなものではありません。ワタシよりも遥かに強い力を持つ者と対峙する時が、いつか必ず来ます。それはキミが一番よく分かっているでしょう?」
ああ、思い出したくもない顔がどんどん浮かんでくる。
またアイツらと戦り合わなきゃいけないとなると気が滅入る。
「しかも今度はベタノロという縛りつき。一周目よりも不利な条件下での戦闘は避けられません」
ヒューサさんは俺の瞳をジッと覗き込み、諭すように言葉を並べる。
「ですが忘れないでください。キミは世界を救うために、勝たなけなければならないのです。たとえどんな逆境に立たされようとも、決して負けてはいけないのです」
確かに俺は『自分には一周目で得た知識や経験がある。だから大丈夫だ』と、心のどこかでタカを括っていたのかもしれない。
『たとえベタノロがあったとしても、一度魔王城まで辿り着いた自分ならば何でも乗り越えられるだろう』と、自信過剰になっていたのかもしれない。
だが、ヒューサさんと戦って、魔法をこの身で受けて、思い出すことができた。
本当に強い敵と命のやり取りを行う恐ろしさを。
勝つために、何十手先まで戦局を見通して策を講じなければならない大変さを。
そして、仲間と協力して戦い抜き、勝利することの大切さを。
「……ありがとうございました、ヒューサさん」
「ふふ、お役に立てたなら良かったです」
ヒューサさんに頭を下げ、素直な感謝の気持ちを伝える。
お陰で目が覚めた。
気合いを入れ直さねえとな。
俺は今度こそ、コイツらと一緒に魔王を倒して、世界を救うんだ。
「にしてもヒューサさん演技うますぎませんか? 実の娘すら騙されてたじゃないですか!」
「はあ……ふう……ほんとほんと…………母さんが父さんを殺したなんて聞いて……トラウマになるところだったよ……あそこまで完璧に悪役になることないのに…………うえっぷ…………」
「完璧でもありませんよ。ワタシは生粋の親バカなのでね。メリカちゃんに攻撃を当てることだけは、たとえ演技でもできませんでした」
そういえば、サンダーの時もメリカだけ無事だったっけ。
あれは運が良かったわけじゃなくて、わざと外してたのか。
きっとメリカがオトリになって逃げ回ってた時も、ギリギリ当たらないように炎を飛ばしていたんだ。
この人なら、それぐらいの調整はできるだろうからな。
「でも全然下ネタ言わなかったからマジで偽物なのかと……」
「あの場面でパイオツとか言ってどうするんですか。せっかくの演技が台無しになるでしょ。常識的に考えてください」
常識的に考えるなら普段からパイオツ連呼してんのもおかしいだろ。モラルの線引きガッタガタじゃねえか。
というわけで、話も済んだところでセクリによる治療タイム。
スライム、ハーピー、そしてヒューサさんとの連戦で俺たちはもうヘトヘトだ。
俺に至っては途中でクムンに無意味な弓矢いじめされたし。
「ちょっと痛いかもだけど我慢してね…………ヒール」
「っ…………!」
セクリが俺の傷口に手をかざすと、ピリピリとした感触が体に染み渡る。
そして瞬く間に傷が塞がっていく。
さすが、セクリの治癒魔法は一級品だな。
「あの……ヒューサさん、でしたっけ?」
クムンがボロボロの体を引きずりながらヒューサさんに近付く。
「どうしました、クムンさん?」
「さっきのが全部演技だったってこたぁ……あんたがジレゴを殺したってのも、ウソなんですか?」
「勿論です。ワタシもあの人のことを深く愛していましたから。キミと同じ……いや、それ以上にね。酷いウソをついてしまって申し訳ありません」
ヒューサさんはクムンの頭に手を置き、愛おしむようにゆっくりと撫で始める。
それを受けたクムンは、少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「ジレゴは……ジレゴは、死んじまったんですか?」
「……結論から言いましょう。あの人が生きているのかどうかは、ワタシにも分かりません」
「なっ……何を言ってやがるんですか! 旦那の生死が分からないなんて、そんなこと……」
「ヨシハルくんは、一周目でジレゴさんのことは聞きましたか?」
うおっ、急にこっちに話が飛んで来た。
「あいにく、クムンの父親代わりだった大事な人ってことしか聞かされてないっすね。一周目のコイツは今以上に内向的だったもんで」
「そうですか。ならばキミたちの傷が癒えるまで、少し昔話に付き合っていただきましょうかね」
「あ、あたしも聞きたい……母さん、あたしに父さんのこと全然話してくれなかったもん…………げほっ…………うぷっ…………」
「まずは……まぁ、少しお恥ずかしいのですが、ワタシとジレゴさんの出会いからお話しします」
吐き気のあまり顔が青ピンク色になってるメリカをよそに、ヒューサさんは記憶の糸が切れてしまわないよう、慎重に手繰り寄せるように、ゆっくりと語り始めた。
変色実娘をよくそこまでナチュラルにスルーできるな。




