第37話 心が動いたら静かに微笑む不器用娘 ☆
「テメエは……どこまで知ってやがるんですか…………一周目のウチから、どこまで聞きやがったんですか!?」
左腕と右肩に矢を受けた青い服の男は、地に伏して顔から冷や汗を流しながら……しかしどこか勝ち誇ったような表情でウチのことを見上げてくる。
コイツはさっき、ウチのことを『捨て子の』と言った。
ウチに身寄りがないのは、少なくとも知っている。
問題は……ジレゴのこと。
「さあな……だが、ただ一つ分かったのは……やっぱりお前は、俺とソックリだってことだ」
「黙れっっ!!!」
気が付くと、ノドが裂けてしまいそうな声とともに、矢を渾身の力で放っていた。
それは真っ直ぐと男の方に向かっていき、鎧を貫通して腹に深々と突き刺さる。
「ぐああああっ……!!」
男の悲痛な叫びを聞いても怒りは収まらない。
偽善者は嫌いだ。
嫌い。
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いキライキライキライキライキライ…………!!
木の上から連続で放たれた矢は、全て男の体に突き刺さる。
さっきから、やけに重なるんだ。
目の前にいる男と。
ウチを捨てた、ジレゴの姿が。
「優しい言葉を掛けておいて、結局はテメエもウチを置いてどこかに行っちまうに決まってるんですよ!! この偽善者がっ!! 偽善者があああああ!!」
叫び続けるウチと反対に、あれだけ騒々しかった男は、何も喋らなくなった。
「……このままじゃあんた、ホントに死んじまいますよ。剣、取りに行った方がいいんじゃないですか? ルール説明の時には言いませんでしたが……矢を全部避けるだけじゃない。ウチを殺せば……それであんたの勝ちです」
「お前を、殺せば…………か」
男がゆっくりと立ち上がる。
「そうかい……なら、そうさせて貰おうかね」
ほら見ろ。
『絶対にお前を仲間にする』だなんて綺麗事を言っておいて、結局は自分の命が可愛いんだ。
そうやって、コイツもウチを裏切るんだ。
「だが……剣を使うのは俺じゃねえっ……!!」
「は? 何を言ってやが────なっ!? まさか!!」
「いけええええええ!! メリカァァァァァァァ!!!」
男が最後の力を振り絞って叫ぶ。
まさかこいつ、最初から自分がオトリになるつもりであの剣を手渡して……!!
「チッ……どこだ!? どこに隠れてやがるんですか、あの女!?」
枝の上で立ち上がり、全方角を見渡す。
しかし、あの赤髪女の気配はない。
異変を感じて再び男の方に目をやるが、そこにはもう、誰もいなかった。
「悪ぃな……俺は世間でも名高い本物のクズでよぉ……この演技力で、魔王さえも欺いたぐらいなんだぜ?」
真下から声が聞こえる。
「メリカは今ごろ夢の中さ。願わくば悪夢がいいよね」
「しまった……!!」
「まあ、アイツには後からお仕置きするとして……まずはお前からだ」
男が足を思い切り振り上げる。
「テメエ、まさか最初からこれを狙って……!!」
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!! 三度目の自由落下、たっぷり楽しめやチビスケがああああああ!!」
男がウチのいる木を思い切り蹴りつける。
細い枝に大きな振動が伝わり、グラリとバランスを崩す。
そのまま今度は頭から真っ逆さま。急な事態に受け身も間に合わない。
腰から矢が次々と溢れ落ちていく。
クソが…………あんなクズ野郎に負けて死ぬなんて、あの世への土産話にしてもタチが悪いです。
諦めて体の力を抜き、目を閉じる。
「ジレゴ…………」
しかし……しばらくして、おかしなことに気付いた。
いつまで経っても、ウチの頭蓋は固い地面の上に落ちて、粉々にならない。
案外、死なんてものはこんな風にあっけないものなのかもしれませんね。
「ぐぎぎぎぎぎ…………」
いや、違う。
ウチは死んでない。
いつの間にか体が横向きになって…………なにか温かいものに包まれている?
違和感を放っておけず、そっと目を開ける。
「ぐぐぐっ…………ふんぬぬぬぬぬ………………!!」
目を疑った。
ボロボロになった青服の男が、顔を真っ赤にしてウチを抱きかかえている。
「なに、やってんですか…………あんた…………」
「何って、社交ダンスでもしてるように見えるか……!? 聞かなくてもわかんだろ……お前を支えてやってんだよ!!」
「ええ、見りゃわかります。ウチが聞きたいのは、どうしてウチを殺して自分が助かる絶好の機会を投げ捨て、わざわざウチを助けたのか……です」
「ホントに人の話を聞かないヤツだなぁ、テメエはよぉ…………」
男が無理やりに口角を上げ、引きつった笑顔を見せつけてきた。
「仲間にするって…………言っただろうが…………!!」
言葉を失った。
嬉しさ……ではなく、呆れから。
「……………はあ、あんたはホントに正義の味方気取りを、いつまで経ってもやめやがらないんですね。生きたいという自分の欲望を投げ捨てて、他人の命を救う……とんだ偽善者です」
「ちげえな……」
「何が違うんですか」
「言ったろ……? 俺はモノホンのクズ野郎だって。他人のためにわざわざ動いたりなんざしねえよ……!」
「だったら何故、ウチを助けたんですか」
「それが…………俺の欲望だったからだ」
「……………なるほどね」
はあ、ホントにコイツと喋っていると、こっちまで頭が悪くなりそうですね。
でも、今の言葉に少しだけ……いえ、大きく心を動かされた自分が………悔しいです。
「訂正します。あんたは偽善者じゃないです。バカです。バカ野郎です。大バカ野郎です」
「バカバカ言うな!! こう見えても俺は日本の歴代総理大臣、全員言えるんだぞ!? えっと…………ジャック……………」
「勝負はつきました。あんたの勝ちです」
「ふぁい?」
何かをブツブツと喋っていた男が、呆気に取られた顔でウチを見る。
「矢はウチと一緒に木から落ちて、全部折れちまいました。それに、もし残っていたとしても…………」
言うのが恥ずかしくて顔が熱くなる。
咄嗟に男から目を逸らし、ウチは静かに言った。
「『仲間』に向けて撃つなんて、矢のムダ遣いです」
「ぶはっ!! がははははははは!! そりゃ何よりだ!」
その男…………ヨシハルが、大口を開けて笑う。
ああ……腹立つけど、やっぱり似てやがりますね。
ジレゴの笑顔に。
この人と一緒にいたら、またジレゴに会えますかね。
いや……そうじゃなくても、一緒に行きたいです。
それがウチの…………欲望ですから。
「俺には……俺たちには、お前が必要だ。一緒に来てくれねえか、クムン」
『アンタみたいな気持ち悪い娘、産まなきゃ良かったわよ!! 死ね!! アンタなんか死んでしまえばいいのよ、●●●!!!』
最悪な記憶が一瞬だけ浮かび上がり吐き気がしたが、頭を数度振ってからヨシハルの目を見ると、安心から自然と笑顔を作ってしまっていた。
今出てきた女が最後に叫んだのは、きっと娘であるウチの『本当の名前』だろう。
でもウチは、ウチの『好きな名前』を呼んでくれる、このバカと一緒にいたい。
「…………仕方ないですね。情けない姿見せたら即座にパーティーから抜けてやりますから、そのつもりで」
まったく、ホントに変わった人ですね、ヨシハルは。
こんなに面倒くさがりのウチが、この人のせいで魔王討伐だなんてかったるいイベントに『また』関わることになっちまいました。
ウチには一周目の記憶が全くありませんが、二つだけ……自信を持って言えることがあります。
一つ、ヨシハルは本当に呆れ返るほどの大バカ野郎です。
そして、もう一つ……。
一周目のウチは、さぞかし幸せだったことでしょう。
イラスト ばにら。様




