結婚初夜のカトレアちゃん1
エピローグ後すぐのお話
気がつくと私は、真っ白な部屋の中央に立っていた。
「あれ」
「……どうも。お久しぶりです、カトレアさん」
そして目の前に佇むのは、会うのはこれで三度目の、ナヨっとしたお兄さん。
「アージュさんですか。どうしたんですか、いきなり」
ループもしていないのに、なぜこの人が現れるのか。前回は「もう会いたくない」と散々失礼なことを言って、私から逃げたくせに。
あれこれ訊ねてやろうと近づいたら、彼は鼻をつまんで私から距離をとるように後ずさりした。
「う。カトレアさん、そこはかとなく獣臭いですけど、何をやっていたんですか? 髪の毛もぐちゃぐちゃだし、服は上下ぼろぼろですけど」
「勝手に人を呼びつけておいて失礼な! ついさっきまで馬たちのお世話をしていただけです。髪は、ちょっと馬に齧られちゃっただけで――」
「うわ、あぶな! やめてください、貴女妊婦でしょう。馬小屋なんて不衛生だし、馬にお腹を蹴られたらどうするつもりだったんですか!」
「不衛生じゃないし、ブクレールはそんなことしません! 甘えん坊で、すっごく頭のいい子なんですから」
「そりゃ貴女から見れば大体の生き物は頭がいいでしょうけど」
「え?」
「それよりですね」
アージュさんは素早く話題を切り替える。
「今回、私はカトレアさんに用などないのですが、どうしても貴女に力を貸してもらいたいという者がおりまして。それで、非常に不本意ながら急遽貴女をこちらにお呼びすることになりました」
「ちからを、貸す? 誰にですか?」
「――突然お呼びだてして申し訳ございません」
突然、背後から女の人の声。
驚いて振り返ると、私のすぐ真後ろに一人の女性が立っていた。
「び、びっくりした。どちら様ですか?」
「ふふ。はじめまして、カトレアさん。私はマリアと申します」
女性は柔和に微笑むと、ゆったりと一礼する。それにあわせて、ウェーブのかかったブロンドがさらさらと揺れた。
……突然現れて、突然自己紹介されてしまったけど、この人一体何者?
服装は、アージュさんとよく似ている。年齢もアージュさんと同じ……くらいかな。だけど佇まいは彼よりずっと穏やかで、どこか理知的な雰囲気もある。綺麗な女の人だ。
ただ、おっとりほんわかした笑みの奥に、得体の知れない何かを感じる。
「……はじめまして。カトレア・ヴラージュです。あの、もしかして貴女もアージュさんと同じ……?」
「ええ、観測者です。例のカトレア大事変では、私もリアルタイムで貴女の最終ループを拝見しておりました。かの悪名高き歴史歪曲起点に実際にお会いできて光栄です」
おっと、いきなり聞き流せない単語がぽんぽこ出てきたぞ。
「カトレア大事変? 悪名?」
「はい! その力を貸してほしい人間というのが彼女のことでしてね!」
マリアさんと私の間に、アージュさんがさっと割り込んでくる。
「彼女も私と同様、自身の担当時間軸を観測しているのですが、少々困った事態になったそうでして。とにかく一度、話を聞いてやってください。――さあ、マリア」
「ええ、それでは」
マリアさんが一歩前に進む。とても困った事態に遭遇しているとは思えない物腰で、彼女は私の顔を覗き込んだ。
「まず、カトレアさんは時間軸についてどこまでご存知ですか?」
「え」
いきなり専門的な質問が投げかけられる。
時間軸……って、結局なんだっけ。かつてループの真っ最中にアージュさんから簡単に説明を受けたような、受けなかったような。
記憶を漁ってみたけれど、「ループを繰り返すと崩壊しちゃう危なっかしいもの」という知識しか引き出すことができない。
私がよくわかっていないことを察したらしく、マリアさんは微笑みを浮かべたまま、流れるように語り始めた。
「この世には無数の時間軸、そして歴史が存在します。歴史はすべからく同一の起点から始まりますが、時間軸によってそれぞれ発展・進化速度、環境変動などに著しい変化が起こり、歴史の流れに多様性が生じるようになります。その結果――」
「……」
「マリア、もっと簡単にお願いします」
アージュさんによって、マリアさんの語りが堰き止められる。正直助かった。
一方のマリアさんは「あら?」と首を傾げるけど、今度は言葉を選ぶようにぽつぽつと語った。
「えっとですね。普通時間軸によって歴史って大きく変わるものなのですが、私の担当する時間軸はカトレアさんのいる時間軸にとてもよく似ているんですよ」
「へえ、そうなんですか」
「私の担当時間軸にはカトレアさんがいらっしゃいますし、旦那様もいらっしゃいます。お二人が結ばれることが歴史上必要なイベントだという点も同じです」
「う……。そう、なんですか」
そう言えばこの観測者という人たちは、歴史がどうのこうのと言って、人の生活を出歯亀しているんだった。私とクリュセの間にあった一悶着も、当然知っているわけだ。
恥ずかしさで頬がじわりと熱くなってくる。だけど話の腰を折るのも気が引けるので、ここはぐっと我慢しておこう。
「そして困ったことに、私の時間軸のカトレアさん……ここでは区別するために、“カトレアちゃん”と呼びましょうか。彼女もちょっと変わった特性のお嬢さんでして。実はつい先ほど、カトレアちゃんも結婚初日の夜にループに突入してしまったのです」
「はあ。……って、え? ループ⁉︎」
驚いて思わず聞き返せば、マリアさんはおっとり頷きながら、頬に手をついた。
「しかも、既にループを五回も繰り返しておりまして。私の観測情報から推測するに、彼女が自力でループから脱出することは不可能でしょう。
ですから、カトレアさん。どうか私にお力をお貸しいただけないでしょうか?」
結婚初夜のデスループ〜脳筋令嬢は何度死んでもめげません〜が2月15日Mノベルスf様より発売されます!
イラストは一花夜先生です。
ページ下部に書影を掲載しておりますので、ぜひご覧ください。





