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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
777/785

第一九五回 ①

インジャ平原に精騎を(つら)ねて罔罟(もうこ)を張り

ドルベン死灰(しかい)余焔(よえん)を焚いて掣肘(せいちゅう)を試む

 さて、北軍は霹靂狼トシ・チノらの合流(べルチル)によって陣容を回復すると、獬豸(かいち)軍師サノウの策戦に(したが)って再戦を挑む。当初サノウは、南軍を平原(タル・ノタグ)(おび)きだす方策を釣り針(ゲウギ)(たと)えた。やがて計略全体を指して「大鵬(ハンガルディ)(くちばし)の計」と称したが、誰にも()れられず、みな奇人チルゲイ言うところの「釣魚の計」と呼んで雀躍する。


 重任を担って先鋒(アルギンチ)となったのは超世傑ムジカ。紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカと神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノを両翼に配して攻め寄せる。ところが梁騎がひとたび突貫すれば、瞬く間(トゥルバス)に逃げ散って、まるで(ソオル)にならない。


 三日目にはキレカに替わって花貌豹サチに一翼を預けたが、やはり鎧袖一触、早々に遁走(オロア)する。おかげで梁軍は大将の慕兼成をはじめとして、大半のものがすっかりこれを侮るようになった。


 しかしその夜。日中に兵を休めたキレカが、その渾名(あだな)が示すとおりに火計をもって夜襲を敢行する。損害は軽微だったが、歩卒の将たる杜幹が不運にも(アミン)を落とした。慕兼成は激昂(デクデグセン)して言うには、


「蛮族ごときが何と小癪な。後悔させてやるぞ」


 そこで夜が明けるや、全軍に出立を告げる。また四頭豹に斥候(カラウルスン)を出して敵を(もと)めるよう命じた。一方で彼の率いるヤクマン軍を前軍から外して、急戴白(きゅうたいはく)超粲を先駆け(ウトゥラヂュ)とする。第二陣に大刀冠者聞隆運。さらに黄小二と岑芳(しんほう)の歩兵が続いて、ヤクマン軍はこれと中軍(イェケ・ゴル)に挟まれるように配された。


 慕兼成が副将の洪施に言うには、


「蛮族の兵は脆弱で逃げ足ばかり速い。あの四頭豹とやらの兵も要所に用いることはできぬというわけよ」


 洪施もたちまち賛同して、主従は草原(ミノウル)の兵をおおいに(あざけ)ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 梁軍動く、の報を受けた北軍の本営(ゴル)はどっと沸き立つ。百策花セイネンが(ガル)()って言うには、


「どうやら(ヂガスン)が釣り針に掛かったぞ!」


 居並ぶ諸将はわっと笑って、「釣魚だ、釣魚だ!」と(はや)したてる。神箭将(メルゲン)ヒィ・チノが(ニドゥ)炯々(けいけい)(注1)と輝かせて、


「あとは大網(ゴルミ)まで、敵軍(ブルガ)をしかと誘導できるかどうかだ」


 獅子(アルスラン)ギィが頷いて、


「超世傑なら、きっとうまくやってくれよう。緒戦の進退は完璧と云ってよい。(いつわ)()げて、あえて敵人(ダイスンクン)の侮蔑と慢心を(あお)り、それでいながら損失はほぼ皆無とは、並の将(ドゥリ・イン・クウン)にできることではない」


 つまりムジカたちが繰り返した醜態とも見るべき敗走は、すべて計略のうち。自ら巨大な「釣り針」と化して、「大魚」を(いざな)わんとしたもの。


 潤治卿ヒラトが言うには、


「敵人は騎兵による佯北(ようほく)の計を知らぬ。ただただ草原の兵を弱いものと侮っただろう」


 長韁縄(デロア・オルトゥ)サイドゥもやや昂奮しつつ、


「何より妙手は、紅火将軍の夜襲。梁の大将は愚弄されたと感じたに違いない。(テリウ)(ツォサン)(のぼ)ったか、即日全軍を動かしたのだからな」


 独り(しか)め面のサノウが、喧噪を鎮めて言うには、


「前線のことは超世傑に(まか)せておいてよいでしょう。我らは我らの手はずを十全に整えておくべきです。この一戦で必ず梁の騎兵を殲滅(ムクリ・ムスクリ)し、四頭豹を(とら)えなければなりません」


「当然! 軍師に言われるまでもない。すべて終わらせてやるさ」


 意気込んで間髪入れず答えたのは、麒麟児シン。


そうだ(ヂェー)! ()()で梁軍と四頭豹を一網打尽にしてやろうぞ」


 とは、一角虎(エベルトゥ・カブラン)スク。好漢(エレ)たちは勇躍(ブレドゥ)して、おうと応える。ちなみにスクの言う「()()」が何処を指すかと云えば、ツァビタル高原より(ホイン)へ百里、近隣の遊牧民(マルチン)から「ウチュマグ」と呼ばれる(ガヂャル)。策戦を(かんが)みて知世郞タクカが選定したもの。


 いかなる土地(コソル)かと云えば、ごく緩やかな、注意しなければ気づかぬほどの僅かな傾斜を()った細く長い平原。細いといえどもその幅は東西一里になんなんとし、南北の長さは数里に及ぶ。南端にみっつの低い(ドブン)があって、その(ふもと)から北へ向かってなだらかに下っている。こうした地形から「三叉矢(ウチュマグ)」と名付けられたという次第。


 義君インジャの中軍は、ウチュマグ平原の北端近くに置いた。中央(オルゴル)には、もちろん石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジが護持する大将旗がはためく。実は(くだん)の傾斜は、インジャの本営より三百歩ほど手前から(ようや)く上りに転じている。これもほんの僅かな差なので、馬上にあっては気づきにくい。


 中軍の前方に布陣したのは碧睛竜皇アリハンの第五翼。西方の右翼(バラウン・ガル)には神箭将ヒィ・チノと獅子ギィの第二翼。そして左翼(ヂェウン・ガル)に衛天王カントゥカの第四翼。王大母ガラコ率いる第七翼は、輜重とともにずっと後方にある。


 インジャは傍ら(デルゲ)鉄鞭(テムル・タショウル)のアネク・ハトンを顧みて、


「長きに(わた)った四頭豹との争闘(ブルガルドゥクイ)も、ついに決着のときが来た。始めて戦ってから十五年(注2)。その間草原は、彼の神算鬼謀とも云うべき智略に翻弄され続けてきた。それもまもなく終わる。いや(ブルウ)、終わらせねばならぬ」


ええ(ヂェー)。もう四頭豹のほしいままにはさせません。彼奴がどれだけ奸謀を巡らそうと、どれだけ異国(カリ)の軍勢を招き呼ぼう(ダルバアン・ウリャア)と、我らの(オロ)(くじ)くことはできません。そして、『()()()()()()()()()(モル)()()()』ものです。きっとテンゲリの加護が得られましょう」


 力強い答えにインジャもまた意を強くしたが、この話もここまでとする。

(注1)【炯々(けいけい)】目が鋭く光るさま。ものがきらきら光り輝くさま。


(注2)【十五年】四頭豹の初登場については、第四 九回①参照。インジャはジョルチ部統一に向けて、ナオルの(アカ)であるウルゲンを攻めた。四頭豹はその幕僚としてインジャたちを散々に苦しめた。

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