表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
767/785

第一九二回 ③

サノウ兵書を(ひもと)いて梁軍の三過を(つら)

ゴロ主君を(たす)けて華人の鉄騎を(あげつら)

「ひとつよろしいですか」


 そう言いだしたのはヒラト。もちろんこの場に発言を許されないものなどいない。(うなが)されて言うには、


「先ほどから軍師は梁将について述べていますが、どうも憶測の域を出ないように思われます。実は軍師の予想(ヂョン)を凌駕する名将で、四頭豹を蛮族と侮ることなくその献策に(チフ)を傾け、相携えて兵を用いるということはありませんか」


「ほとんどない」


 サノウが間髪入れずに断言したので、


「なぜそう言いきれます?」


「先に言ったことと撞着(どうちゃく)(注1)するように聞こえるかもしれぬが、もし梁将が謙恭かつ有能であれば、我が軍が潰走した際、歩兵を留めて騎兵だけを送るようなことはしない。さらに言えば、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 赫彗星ソラが思わず(ダウン)を挙げる。


「そいつはたしかにおかしな話じゃありませんか! どういうことです?」


 サノウはどう説いたものか少しく考えるようだったが、ヒィ・チノに(ニドゥ)を留めるとこれに尋ねて言うには、


「もし神箭将(メルゲン)が梁将だったら、北軍を追撃するときどうしたか?」


 ヒィ・チノはにやりと笑うと、


「無論騎兵のみならず、歩兵もすべて高原から下ろし、(おく)れてもよいからあとに続かせる」


「それは何故に」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。また()()()()()()()()()()()()()()()()()()。歩兵が先行する騎兵の後背を安んじ、四方に(ゴルミ)を巡らしつつ進めば、敵軍(ブルガ)の退路は自ずと限られていくだろう」


「ふむ、それから?」


「進んだ先々で要害の地を(もと)め、歩兵に陣地(トイ)を築かせて仮の城砦(バラガスン)とする。疲れた騎兵を休ませ、歩兵をして守らしめるためだ。そうすれば連日の猛追が可能となり、敵人(ダイスンクン)は息()く暇もあるまい。(けだ)し敵兵と干戈を交えるだけが(ソオル)ではない。戦地の後方や周縁で何を為すか。それも戦闘(カドクルドゥアン)と等しく重要だ。十万を超える歩兵があるなら、やれることはいくらでもある」


 サノウは諸将を見渡すと、


「というわけです。ところが梁の歩兵はツァビタル高原に留まりました。その消極は、すなわち梁将の消極。彼は大勝することより、兵を保って無事に帰還することに重きを置いています。果たして千載一遇の好機(チャク)を逃すことになりました。もし梁将が神箭将のごときものであったならば、南軍は高原まで退くことなく、今なお追ってきているでしょう。こうして悠長に軍議など開くべくもなかったはずです」


 一同は、ほうと嘆息を漏らす。ソラがまた尋ねて、


「後段の伏兵策を採らないというのは?」


 サノウは答える代わりに、


「衛天王は如何? 貴殿が梁将なら、高原上段に伏せて待つか」


 問われたカントゥカはただひと言、


いや(ブルウ)


「なぜか」


「騎兵を減らしすぎる」


 さらに詳解を求めれば、面倒(ヤルシグタイ)そうに(ヌル)(しか)める。花貌豹サチを見遣(みや)って、あとはお前が言えと(ガル)で示す。受けて言うには、


「……中華(キタド)であればともかく、草原(ミノウル)では、騎兵が主で歩兵は従。然るに主戦たる騎兵を緒戦であれほどまでにうち減らしては、そのあと戦になりません」


「では何とする」


「一部の兵は上段に伏せるでしょうが、残りは広く展開します。下段はもちろん、もっとも兵を送るべきはさらに下の平原(タル・ノタグ)。北軍の退路を(やく)するとともに、待機する三翼との連絡を絶つためです」


「伏兵に割く一部とはいかほど?」


「歩騎併せて数万でも多すぎるくらいです。二十万とは空前絶後の数で実に驚きましたが、一方で(ぬぐ)うべからざる違和を覚えました」


 サノウはおおいに満足した様子で、


然り(ヂェー)。これもまた梁将の消極を表し、かつ決して有能ではないことを示唆しています。名将が勝ちを収めんとすれば、衛天王や花貌豹が述べたように、主力たる騎兵をあれほど損耗する策に同意するはずがありません」


 みな得心して幾度も頷く。サノウは続けて言うには、


「つまり梁将は愚鈍(アルビン)か、そうでなくとも己の兵力の温存をもっとも優先するもの。そのために草原の騎兵が何万失われようと、たしかな勝機を逃そうと、何ら痛痒を感じていません。これは彼が草原の(ウルス)を蛮族と軽侮し、相争わせることを喜ぶ華人の典型であることを示しているのです」


 そうと聞いて怒らぬものがあろうか。改めて戦意の沸々と湧いてくる。サノウはヒラトに向き直って言った。


「以上が潤治卿の疑義に対する回答。憶測でも期待でもなく、観察と分析によって得た根拠に基づく、蓋然(注2)たる推論だと思うが如何?」


 ヒラトは陳謝して異論がないことを告げる。と、(にわ)かに笑い声とともに、


「梁将の無能かつ消極は、四頭豹にとっても誤算だったろうなあ!」


 誰かと思えば、珍しくずっと黙っていた奇人チルゲイ。ナユテが真意を(ただ)せば、


「だってそうだろう。梁将が神箭将や衛天王に比肩するものであれば、あんな乾坤を一擲(いってき)()すがごとき奇計をやらずともすんだ。三色道人をはじめとする将兵を失うこともなかった。すなわちあれは、四頭豹にとっても次善の策だったのさ」


 笑みを収めて言うには、


「だが彼奴の恐ろしいところは、その次善の策にてハーンを討たんとしたことだ。つまり、彼奴がもっとも優先するのはハーンの(アミン)。そのためなら、味方(イル)の将兵をも欺いて、平然(ガイグイ)と死地に投じられるんだからな」

(注1)【撞着(どうちゃく)】突き当たること。ぶつかること。前後のつじつまが合わないこと。矛盾。


(注2)【蓋然】あることが実際に起こるか否か、ある程度確実であること。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ