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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
751/785

第一八八回 ③

ナユテ理を用いて林孟辰の妖術に対し

ハレルヤ力を奮いて尸解兵の機巧を(あば)

 ドクトとオノチはいかなる難敵をも恐れぬ歴戦の猛者であったが、それも相手が人であればこそ。今しも眼前で起こったできごとをどう判断したものか、おおいに惑って(ヌル)を見合わせる。


「……斬られた腕がすぐに再生するなど、聞いた(ソノスクサン)ことがあるか?」


 オノチが問えば、


「そんなもん、あるわけないだろう! 蜥蜴(とかげ)じゃあるまいし」


「だよな。ではこれはどうしたことだ」


「知るか! また神道子を(たの)むほかないわ」


 麾下の兵衆はすでに逃げ散っていたので、あとは己が馬首を(めぐ)らすばかり。いざ手綱(デロア)()らんとしたとき、


「待て、待て!」


 (ダウン)をかけるものがある。見れば何と隼将軍(ナチン)カトラが息せき切って駆けてくる。


「どうした?」


 ドクトの問いに答えて、


見ていた(ウヂェクセン)ぞ。蓋天才にひとつ試してくるよう頼まれて参った!」


「試す? 何を」


 オノチが首を(かし)げる。カトラは答える代わりに、すらりと(ウルドゥ)を引き抜いて、


「こういうことよ!!」


 言うや否や、猿臂(えんぴ)(注1)をいっぱいに伸ばして、手近な巨人(アヴラガ)頸筋(クヂェラン)に斬りつけた。すると(ウヴス)でも()ぐように易々とその首を()ね飛ばす。あまりの手応えの無さに、カトラは(あや)うく(エメル)から落ちそうになる。あわてて平衡を保つと、得意げに言うには、


「蜥蜴の類といえども、(テリウ)を飛ばされて平気(ガイグイ)なものはあるまい!」


「おお!」


 ドクトとオノチは同時に嘆声を漏らす。が、次の瞬間、それは驚愕の声に変わった。巨人は何ごともなかったかのように歩みを止めない。そればかりか、


「うおぉぉぉん!!」


 頭を失ったというのに、どこからか声を発したかと思えば、みるみるうちに(ムル)の上が盛り上がってもとの異形を復す。


「何と、こいつはいかん!」


 カトラは(ニドゥ)()いて、逸散(いっさん)に馬首を廻らす。


「蓋天才の予想(ヂョン)は外れた! いよいよ(アミン)あるものではないらしい」


 叫びつつ(サルヒ)のごとく遠ざかる。ドクトとオノチもはっと我に返って、やはり退却に転じる。戻ってみれば、先に返った兵衆の(アマン)から口へ噂が広まり、動揺は覆うべくもない。箝口(かんこう)(注2)しておくべきだったと悔やんだが、時すでに遅し。(ガル)(こまぬ)いている間にも、巨人の群れは確実に近づいてくる。


 前線の狼狽は徐々に広がる。後方の兵衆の目に巨人の姿(カラア)(あらわ)になるころには、(チフ)にもその怪異の性質が伝わる。いくら将領が制しても、やれ悪魔(シュルム)だ、やれ冥府(バルドゥ)の使者だと(ささや)き交わす。矢も剣も役に立たず、どこを斬ってもまた()えてくるというのでは、いかに勇猛(カタンギン)を誇る北軍の精鋭たちも恐懼を禁じえない。


 一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンが蛾眉を吊り上げて言うには、


「ハン! このままでは亜喪神の突撃を(ふせ)げませんよ! 神道子からはまだ何も言ってこないのですか?」


 ところがヒィ・チノは独り泰然とした様子で、


「そうだな、お前の言うとおりだ。だが、あわてるには早い」


「ハン!」


(ブルガ)の道士がどう思っているかは知らぬが、あの巨人たちは先の風の術に()()()()()()。ほどなく神道子が破ってみせるはず」


 この答えにカノンは唖然として、


「何を根拠にそのような」


「ふふふ。まあ、見てろ。兵衆には決して退かぬよう、強く命じておけ」


 たちまち命令(カラ)は行き(わた)り、みな恐怖に震えながらも辛うじて踏み止まる。




 一方、南軍の林孟辰は得意の絶頂にあった。ドクトたちが驚いて退くのを遠望すると、手を()って拓羅木公に言うには、


「見たか、矮飛燕。我が尸解(しかい)兵は無敵よ。このまま敵を蹂躙してくれようぞ! ここは貴公に託す。わしは相国(サンクオ)のもとに参る」


 返辞も待たずに雀躍して馳せる。いざ四頭豹に(まみ)えるや、


「いかがです? 憎き敵軍は、我が尸解兵の前に為す術もありませんぞ!」


 しかし案に相違して四頭豹は喜色すら見せずに、


「そうだと好いがな。試みに問うが、尸解兵とはいかなるものどもか」


 林孟辰はいよいよ得意満面、(うそぶ)いて言うには、


「あれこそ魂魄の去った(しかばね)を、我が道術によって甦らせたもの。尸ゆえ、情念もなく痛みも感じませぬ。頭や腕を斬られても瞬く間に再生し、ひたすら突き進みます。まさに無敵の兵団と云うべきもの」


 それでも四頭豹は感心するでもなく、冷眼を向けて言った。


「ふうむ、()()()()()()な」


「いかにも! さあさあ、勝機は今ですぞ。全軍に攻勢の命を!」


 鼻息も荒く言い募ったが、


「まあ、考えておこう。下がってよいぞ」


 追い払うように手を振る。林孟辰は内心不満だったが、やむなく自陣へ戻る。それを見送った四頭豹は、近侍していた混血児(カラ・ウナス)ムライを顧みて、


「もう少しおもしろい(ソニルホルトイ)ものを見せてくれると思ったのだがな」


 ムライは無言で頷く。途端に四頭豹は呵々と笑って、


「お遊びはここまでだ。やや誤算はあったが、勝敗を決するのはこれからよ」


 そう言ってあれこれと命令を下す。

(注1)【猿臂(えんぴ)】猿の腕。転じて、そのように長い腕。


(注2)【箝口(かんこう)】発言を封ずること。また、言葉に出さないこと。

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