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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
716/785

第一七九回 ④

ドルベン元帥を嘲罵して奸謀に任じ

サノウ籌画(ちゅうかく)を披瀝して大鵬に(なぞら)

 喧噪が収まったところで、サノウが言うには、


「我らが四頭豹が放つ虚報について看破していることは、悟られぬほうがよろしいでしょう。ハトンを讃えぬものがもたらすものは、ことごとく偽言(クダル)。しかし(とが)めてはなりません。むしろこれを(ねぎら)い、賞して返すべきです」


 一角虎(エベルトゥ・カブラン)スク・ベクが意外そうな面持ちで、


「なぜだ?」


「もちろん敵人(ダイスンクン)を欺くため。こちらがまるで奸計に気づいていない、そう思わせておけば、それを利用することができる」


 ボッチギンがにんまりと笑うと、


「そいつはいい。四頭豹はかつて奸計を企てれば必ず成就して、一度も外れたことがない。我らが欺かれた風を装えば、きっと信じる」


 サノウは頷くと続けて、


「四頭豹に疑いを抱かれぬよう、まずは旧い割符(ホウチン・ベルゲ)、偽の割符を携えたものをすべて(とら)えて見せる。そのうちに新たな(シネ)割符の存在に気づき、これを偽造して持参するものが現れよう。話はそこからだ」


 紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカが感心したように、


「なるほど、ひとつこちらの備えを破ったと思わせるのだな」


然り(ヂェー)。我が軍を分散させるべく、あらゆる虚報が至るだろう。このとき割符が真ならば、それについては疑わぬふりをして返す。そうして彼をして我を欺いたと信じさせた上で、……あえて()()()()()


 ヒィ・チノは何ごとか軍師の意図(オロ)を察してふふんと笑ったが、石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジが異を唱えて、


「そんなことをしたら、(ブルガ)の策に()まったと同じ(アディル)ことではないか!」


 ちらと一瞥すると、


「あわてるな。必要(ヘレグテイ)があってそうするのだ。我らが東西に兵を分ければ、四頭豹はこれ幸いとばかりにハーンを討たんとして、全軍を挙げて突出してくる。それこそ千載一遇の好機(チャク)。広げた翼を瞬時(トゥルバス)に畳んで敵軍を囲み、一挙に殲滅(ムクリ・ムスクリ)する」


 ゆっくりとインジャに向き直ると、揖拝(ゆうはい)して言うには、


「これぞ私の建てた計策。名付けて『大鵬(ハンガルディ)の翼』でございます」


 インジャは頷くと言った。


善し(サイン)。雄大な策である。しかしそううまくいくものだろうか」


 動じることなく答えて言うには、


「もちろん今述べたのはあくまで骨子のみ。敵の奸計に(おちい)ったふりをしてこれを誘いだし、一度は分けた兵を即座に集めてこれを討つ。言うのは容易(アマルハン)ですが、実際に行うためには緻密に算を立てねばなりません。そうでなければ、いたずらに兵を分けて敵に機を与えるだけに終わるでしょう」


 ヒィ・チノがまたふふんと笑って、


「それでは天下の笑いものだ。軍師の策を為すにあたって重要なことはみっつ(ゴルバン)。戦いの(ガヂャル)、戦いの(ウドゥル)、そして将の配置だ。違うか?」


「さすがは神箭将(メルゲン)。すっかり解っておいでのようだ」


 たまらず超世傑ムジカが(ダウン)を挙げて、


「私には何のことやらさっぱり解りませぬ。どうか愚鈍(ドロムヂン)な私にも解るよう、(つまび)らかに教えていただけないでしょうか」


「ご謙遜を。しかしながら、みなのために述べましょう。まず『戦いの地』と『戦いの日』について……」


 一同はひと言も聞き漏らすまいとて耳を傾ける。サノウは座をぐるりと見廻すと言うには、


「これについては四頭豹に合わせる。というのは、我らは彼奴の奸計に(かか)った(てい)で決戦に臨むからだ。『戦いの地』は()いて、『戦いの日』のことを言えば、いずれ四頭豹の(カラ)を受けた()()が来て示してくれるだろう」


 獅子(アルスラン)ギィが(フムスグ)をぴくりと動かして、


「間者?」


然り(ヂェー)。四頭豹は、我らが虚報に惑わされていると看れば、それを確かなものにするべく必ず人を送り込んでくる。おそらくは四頭豹に背いてこちらに投じるという形を取る。だが実は四頭豹の(オロ)を汲んだもの。その勧める策はことごとく彼が喜ぶものであり、その戒めるところはことごとく彼が憎むもののはず」


 みなふむふむと頷く。サノウは再び(アマン)を開いて、


「……その間者を、()()(注1)として利用する」


「反間……」


 幾人かが思わず呟く。


然り(ヂェー)。このものに、我らが敵の意のままに動くと思わせて返せば、四頭豹は雀躍して『戦いの地』に出てくる。そこにはきっと四頭豹の()いた餌がある。それに我らが喰いつくのを待って、襲ってくるはずだ。すなわちそれが『戦いの日』」


「おお……」


 諸将は期せずしてざわめく。癲叫子ドクトが興奮を抑えきれぬ様子で、


「軍師! それで『戦いの地』とは……」


「四頭豹にとっても、我らにとっても、大軍を投じて勝敗を争うに相応しい地はひとつしかない。……知世郎、そなたなら解るであろう」


 指名されたタクカは身震いして、


ええ(ヂェー)。南原広しといえども、十万になんなんとする大軍を縦横に配して戦えるところと云えば……」


 諸将は何やら予感(ヂョン)を覚えたか、ごくりと(シルスン)を呑んで目瞬き(ヒルメス)もしない。


 ここでタクカが発した言葉(ウゲ)から、好漢(エレ)たちは俄かに発奮し、智勇のかぎりを尽くして雪辱を期すということになるのだが、まさしく嫡子の名に留めてまで忘却を戒め、九年に(わた)って刻苦精励してきたのはこのときのためである。果たして知世郎は何処の地を挙げたか。それは次回で。

(注1)【反間】敵の内部に入り込んで、敵情を味方に知らせたり、敵を混乱させたりすること。また、敵の間者を逆に利用して、敵の裏をかくこと。ここでは後者の意。

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