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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
714/785

第一七九回 ②

ドルベン元帥を嘲罵して奸謀に任じ

サノウ籌画(ちゅうかく)を披瀝して大鵬に(なぞら)

 顧みれば、一人の文官(ドゥシメット)が拱手して(たたず)んでいる。スブデイは首を(かし)げて言った。


「お前は相国(サンクオ)様の計略とか何とか言ったようだが」


 答えて言うには、


然り(ヂェー)。軍議が終わったら、迎えに上がります。みなには内密(ニウチャ)に策を授けるとの仰せ。それまではなるべく人目に触れぬようお待ちください」


 スブデイは混乱するばかりであったが、何とか(うべな)う。言われたままにゲルでじっと待っていると、夕刻(ヂルダ)になって先の男が訪ねてくる。


「さあ、相国(サンクオ)様がお待ちです」


 半信半疑で(したが)えば、幕舎(チャチル)にたしかに四頭豹が独り残ってこれを迎える。慇懃な態度で先の非礼(ヨスグイ)を詫び、(ガル)を取って席を勧める。言うには、


「言われなき(はずかし)めを加えたのも、すべて(ブルガ)を欺くため。先の顛末(ヨス)はすでに軍中に知らぬものはなく、みな大元帥殿が私をはじめ諸将を深く怨んでいるに違いないと思いなしております」


ええ(ヂェー)、まあ……」


 四頭豹はぐっと(ヌル)を寄せると(ささや)いて、


「そこで大元帥殿は、かくかくしかじか……」


 後段は(サルヒ)の音に搔き消される。四頭豹がこの小人にどんな策を授けたかはまもなく判ることゆえ、くどくどしくは述べない。




 一方、十五万の大軍をもって進軍を続けるインジャのもとには、諸方からの早馬(グユクチ)が続々と至る。その多くは友軍(イル)からの連絡であったが、そのうちには(ウネン)とも(クダル)ともつかぬ胡乱(うろん)な報せも()じっていた。


 (いわ)く、遠方(ホル)叛乱(ブルガ)が起こった、あるいは留守地(アウルグ)が襲われた、またあるいは新参の神箭将(メルゲン)や衛天王には叛意(オエレ)がある、そういった類のことどもである。


 もとより奸智(ザリ)()けた四頭豹との(ソオル)なれば、あれやこれやと奸計の(チルメ)を投げてくることは想定(ヂョン)のうち。


 そこで獬豸(かいち)軍師たちは、事前に(はか)って割符(ベルゲ)を刷新し、旧来のものは使わぬことにしていた。それが功を奏して幾十もの偽伝令を発見、捕縛することができた。


 さすがの四頭豹もこのたびばかりは窮したと見え、易々と看破される姑息な小計のほかに手がないのだ、と好漢(エレ)たちは快哉を叫ぶ。


 ところがある(ウドゥル)のこと、やはり早馬が至って告げて言うには、


「西原指してファルタバン朝の軍勢が接近(カルク)しております。どうやら亜喪神と兵を併せて、ウリャンハタとボギノ・ジョルチを窺う形勢。胆斗公(スルステイ)様はハーンの援軍(トゥサ)を一日千秋の思いで待っております」


 告げたことは先の偽伝令たちと変わらないが、割符を(あらた)めれば、(まぎ)れもなく新しく定めたそれ。サノウが早馬に尋ねた。


「ご苦労であった。()()()()()()()()()()()()()


()()()()()。ともかく急ぎ応援を」


 即答したので、インジャが答えて言うには、


承知した(ヂェー)。西原の地理に明るい衛天王に備えを命じよう」


 早馬は喜んで去る。その後、本営(ゴル)に第五翼の、すなわちウリャンハタの主な将領を呼んであれこれと話し合う。


 また日が変わると別の早馬が来て言うには、


「北原にて叛乱が勃発しました。金杭星(アルタン・ガダス)様が懸命に喰い止めておりますが敗色濃厚にて、急ぎご加勢を!」


 それとはまた別に、


「新たに梁軍五万騎が光都(ホアルン)に入った模様。東原を北上するのか、渡河して中原へ向かうのかはまだ不明です」


 そしてまた、


「亜喪神はやはり四頭豹との合流(べルチル)を図っている様子。西原を窺うファルタバン軍は、西域(ハラ・ガヂャル)諸藩の兵を併せて、今や数万に達しようとしています」


 さらには、


「留守地が何ものかに襲われました! 霹靂狼様が負傷、通天君王様は本営を移してタムヤ付近まで退かれました」


 ついに、


「神箭将の動向にお気をつけください。かつて群臣に語ったところによれば、『義君に従うのは版図(ネウリド)を回復するまでの話。東原を得れば、その後背を襲って草原(ミノウル)に覇を唱えよう』とのこと。臣はたしかなものからこの話を聞き及びました」


 このような報告が連日連夜もたらされる。まるで思いつくかぎりの災難が一度に降って湧いたかのよう。いずれかひとつが真でも南征を頓挫せしめかねない凶事ばかり。何よりいずれの早馬も、その所持せる割符は真正のものにしか見えぬ。


 常にインジャの傍ら(デルゲ)にあるサノウは、知らせを受けるたびに必ず、


「ほかに言うべきことはないか」


 と尋ねたが、凶報を伝えたものはみな異口同音に、


「ありませぬ!」


 そう言って足早に去る。だが中にはこの問いに違う(アディルグイ)答えを返すものもあった。例えば、


神都(カムトタオ)の大元帥だったスブデイが四頭豹の下に逃れております。しかし先日の軍議においておおいに辱められたために、深くこれを怨んでいるとか。将兵はみなこれを侮蔑しながら、善からぬことをするのではないかと気にしている様子」


 サノウはぴくりと(フムスグ)を動かして、


「ほう。()()()()()()()()()()()()()


 すると答えて言うには、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 高き座(オンドゥル)にインジャとともにあるアネクは、これを聞いて嬉しそうに(ハツァル)(あから)める。早馬ごときが何の脈絡もなく歯の浮くような褒辞を述べたのは、決してふざけているわけではない。もちろん理由がある。

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