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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
701/785

第一七六回 ①

カントゥカ死地を逃れて紅火将と合し

ミアルン東城を棄てて殺人剣と競う

 さて、ウリャンハタ部は、亜喪神ムカリのイシ包囲(ボソヂュ)から、ずっと苦戦を()いられている。四頭豹ドルベン・トルゲが「遠交近攻」の策によって、草原(ミノウル)の外から次々と援軍を招いたからにほかならない。


 負けじと友邦に助力(トゥサ)を依頼、ついにボギノ・ジョルチ部の王大母ガラコが出征した。しかしこれも千里も彼方のファルタバン朝の軍勢が不意に現れて、退却に追い込む。


 代わって中原から奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドが来て、近く紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカたちが渡河することを伝える。


 ところが喜んでいるうちにクリエンを急襲されて、衛天王カントゥカたちは身ひとつで逃げざるをえない。あえて敵陣の厚い(ゾザーン)ところに向かって退けば、運よく奸計に(おちい)ることを(まぬが)れる。


 とはいえ、叛将フフブルの執拗な追撃を受けて命旦夕に迫る。そこで花貌豹サチが留まって殿軍となる。夫の神道子ナユテとともに縦横無尽に暴れたが衆寡敵せず、残るは十騎(アルバン)となり果てた。


 いよいよ最期かと諦めかけたとき、何やら敵軍(ブルガ)に異変が起こる。よくよく観れば、前方で予期せぬ戦闘(カドクルドゥアン)が繰り広げられている。


「おお、あれは!!」


 望見したナユテが歓声を挙げる。何となれば、そこに見知った僚友(ネケル)姿(カラア)を見つけたからである。


 サチもたちまち気づいて足を速める。立ち(ふさ)がる敵騎を撃ち払って激戦の渦中に飛び込むと、呼ばわって言うには、


「急火箭! 生きて(オスチュ)いたか!」


 それは先に撤退するときに行方の知れなかった急火箭ヨツチであった。独り(モル)を失って戦場を駆けずり回っていたが、どうにかここまで逃げてきたもの。


「おお、花貌豹に神道子!」


 朴刀を振り回しつつ嬉しそうに応える。三人はたちまち勇を得て、(クチ)を併せて包囲を破ると、そのまま(ウリダ)へ駆ける。フフブルの兵のほとんどはカントゥカを追って、(ヂェウン)へ進んだ。サチたちを追ったのは、近くにあった千騎(ミンガン)ばかり。


 戦っては退き、退いては戦い、疲れた(アクタ)は捨てて、敵のそれを奪い、隠れては休み、現れては逃げる。こうしてやっとのことで追撃を振りきる。一日休んで、ヨツチが言うには、


「大カンは無事であろうか。早くみなと合流(べルチル)しよう」


 もちろん否やはなく、馬首を転じて周囲を警戒しながら慎重に進んでいく。幾日かは何ごともない。やや焦燥を覚えはじめたころ、二、三の騎兵を見る。はっとして注視していると、まっすぐに近づいてくる。やがて一人が言うには、


「大将軍、よくぞご無事で! ああ、急火箭様もご一緒でしたか!」


 聞けば矮狻猊(わいさんげい)タケチャクの麾下。(カラ)を受けてサチらを捜索していたもの。一同は愁眉を開いておおいに喜ぶ。


 彼らの先導に(したが)って駆けること数日、三人はついに帰陣を果たす。本営(イェケ・ゴル)に伺候すれば、わっと歓声が挙がって賞賛の(ダウン)が降り注ぐ。サチが答えて言うには、


「テンゲリの加護があった。みなもよくぞ大カンを護ってくれた」


 そう言い合うところに現れたものがある。見れば何と、紅火将軍キレカ、迅矢鏃(じんしぞく)コルブ、赫彗星ソラ、奔雷矩オンヌクド、活寸鉄メサタゲの五将。すなわち義君インジャが()った中原の面々。


 ナユテは瞠目して声を挙げる。


「おお、貴殿らは!」


 キレカが拱手して言うには、


「ご無事で何よりでした。我らがもう少し早く渡河していれば、このような苦境に陥らずにすんだのではと悔やまれてなりません」


 すると聖医(ボグド・エムチ)アサンが進み出て、


「何をおっしゃいますか。あわやというときにみなさんが現れて、フフブルの軍勢を蹴散らしてくれたおかげで、こうして生き長らえることができたのです。そうでなければ我らはどうなっていたことか」


いえ(ブルウ)、すべてはテンゲリのお導きです。ともかく向後のことを(はか)りましょう」


 現状を述べれば、三々五々集まってきた敗兵は約二万。親征当初の半数(ヂアリム)となってしまった。これにキレカが率いてきた二万騎を併せても四万騎。


 一方の敵軍はと云えば、平原(タル・ノタグ)にムカリが三万数千、カムタイに梁軍五万、イシを囲む西域(ハラ・ガヂャル)軍が一万数千、そして西(バラウン)にファルタバン軍二万、併せて十万を遥かに超える大軍を展開している。


 渾沌郎君ボッチギンが(うめ)きつつ言った。


「とてもではないが、攻勢には出られない」


 アサンが悲しげな表情で頷いて、


「ひとまず勝ちを預けて、(ホイン)に退きましょう。留守陣(アウルグ)の潤治卿殿らと諮って、改めて計策を定めるべきです」


 ヨツチが(ニドゥ)()いて叫ぶ。


「ではイシは、竜騎士たちはどうなるのだ!?」


 すぐには答えられるものもない。なおも言い募らんとするヨツチを制して、紅大郎(アル・バヤン)クニメイが言うには、


「ひとつ気になることがございます。先の奇襲において敵人(ダイスンクン)が用いた火砲。信じられないことですが、あれは間違いなく紅火砲。きっとカムタイでその図面を入手したものかと」


 誰も何も言わないので、さらに続けて、


「しかももとより保有していたのは四基(ドルベン)(注1)に過ぎませんが、先の(ソオル)を顧みるに、その数はとても四基どころでは……。つまり、敵はこれを増産しています」


 一同を見回して告げて言うには、


「これらを城壁(ヘレム)の前に並べられたら、さすがの竜騎士殿といえども一日と保ちますまい」


 みな一様に憂色を浮かべたが、どうすることもできない。

(注1)【四基】第六 九回①参照。

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