第七 三回 ④
カトメイ双狗を弄びて甚だ勇略を顕し
スク・ベク東城に現れて忽ち趨勢を決す
ムカリは鋭く意図を察して、
「させるか!」
怒号一声、馬腹を蹴って一翼に襲いかかる。驚いたことに、ただ独りの突進に戦列は乱れ、策戦の変更を余儀なくされる。翼を畳んで再び密集し、壁となって圧迫する。
カトメイは当初からずっと優勢に戦を進めているが、勝利を得るには至らない。それもこれも二頭の猟犬の猛勇によるもの。亜喪神の戦斧は容赦なく兵の首を飛ばし、醜面亀の錫杖はその頭蓋を砕いた。
「あの二人は個人の武勇においてはウリャンハタ随一だ。対等にやれるのはカントゥカぐらいのものだろう」
カトメイも率直に認めざるをえない。勝ちを制しえぬ以上、機を見て退かねばならないが、劣勢にあるはずの敵に挫ける気配がない。
「まったく厄介な敵もあったものだ」
少しばかり焦りを覚えはじめる。と、卒かに城内からわっと声が挙がった。何ごとかと驚いていると、彼方から多数の騎兵が猛然と駆け来たるのが見える。
「何だ? よもやミクケルの増援か」
あわてたのも無理はないが、懸念に反して新手の軍勢は躊躇なく敵の後背に斬り込んだ。そのために敵陣は大きく崩れる。
「おお、あれは……」
旗幟を見れば、カムタイのものであった。そして陣頭にあるのは一角虎スク・ベク。際立って長い槍は見誤るわけもない。
ついに敵軍は算を乱して逃げだした。いかに二将が優れているとはいえ、強力な軍勢に挟撃されては為す術もない。
「むむう、ひとまず勝負は預けておいてやる!」
猟犬どももやむなく退却に転じた。すでにその軍は形を成しておらず、前からは竜騎士の精兵が追い立て、後ろからは一角虎の強兵が攻めかかり、四分五裂の有様で遁走した。双城の軍は兵を併せて散々に追い回すと、漸く満足して兵を収めた。
城に戻ると、カトメイはスクに駈け寄って久闊を叙した。カコ、チャオ、イェシノル、ヤムルノイも大喜びでこれを迎える。見ればチルゲイ、クニメイ、ミヤーンの姿もあり、ともに再会を祝した。
「よく来てくれた。助かったぞ」
「いや、カトメイには必要ないと思ったが、イシが攻められていると聞いて武人の血が騒いだのだ」
早速、チャオが宴席を設ける。先にカトメイが言ったとおり、完膚なきまでに敵軍を破ったので、諸将は憂いを解き、朝まで飲み明かして戦勝を喜んだが、この話はここまでにする。
敗れたムカリとボロウルは残兵を連れてやっとのことで帰還した。ミクケルはおおいに怒って二将に謹慎を命じたが、それからほどなくさらに激怒せしめる報告がもたらされた。
西方に派遣したフワヨウ率いる一万騎が、カントゥカ軍に惨敗して戻ったのである。ミクケルは謁見すら許さず、俄かに左右の従臣を鞭で打って罵った。みなこれを止めることもできず、ただ平伏して怒りの鎮まるのを待った。
独りツォトンはそっとその場を離れると、敗軍の将フワヨウのもとへ赴いた。打ちひしがれて罰を下されるのを待っていたが、ツォトンはこれに尋ねて、
「敗戦の様子を詳しく話せ」
しばらくは悲痛の面持ちで黙していたが、やがて訥々と語りだしたのを聴けば、
「我が軍は敵を索めて西へ西へと行軍を続けました。やっと敵影を見たのは、遥か五百里も彼方にあるガルチェン高原。たかが敗残の軍勢と侮った我らは直ちに攻撃したのですが、意に反して敵の戦力は思いのほか整い、士気は旺盛で、気づいたときには戦局に利あらずやむなく撤退を決断したのです」
ツォトンは腕組みして聞き入っている。フワヨウは続けて、
「始めは順調に退却していたのですが、三日目に夜襲を受けました。その日から兵の逃亡があとを絶たず、気がつけば大カンから預かった兵は半分に減っていました。我が罪は万死に価します。謹んで罪に服すでしょう」
そう言ってうなだれる。ツォトンはかける言葉もなく黙ってその場を辞した。深く溜息を吐くと、
「我が軍の質はそこまで落ちたか……。もはや術はないのか」
思わずそう呟いてから、はっとして辺りを見廻したが誰も聞くものはなく、ただ寒風がごうと吹きつけただけであった。
見上げると、白いものがちらちらと舞い降りてきた。雪である。
ついに厳しい雪の季節が到来したのである。秋にカントゥカらが北辺より戻って以来、目まぐるしく変転を重ねたこの争乱に冬がいかなる影響を及ぼすかは誰にも想像できぬこと。
またミクケルにも大カンの矜持あり、このまま衰亡に任せぬことは自明にて、いまだ時局の趨勢量りがたしといったところ。果たして敗れたミクケルはいかなる手を講ずるか。それは次回で。




