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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
292/785

第七 三回 ④

カトメイ双狗を(もてあそ)びて(はなは)だ勇略を(あらわ)

スク・ベク東城に現れて(たちま)ち趨勢を決す

 ムカリは鋭く意図(オロ)を察して、


「させるか!」


 怒号一声、馬腹を蹴って一翼に襲いかかる。驚いたことに、ただ独りの突進に戦列(ヂェルゲ)は乱れ、策戦の変更を余儀なくされる。翼を畳んで再び密集し、(ヘレム)となって圧迫する。


 カトメイは当初からずっと優勢に(ソオル)を進めているが、勝利を得るには至らない。それもこれも二頭の猟犬(ハサル)猛勇(カタンギン)によるもの。亜喪神の戦斧は容赦なく兵の首を飛ばし、醜面亀の錫杖はその頭蓋を砕いた。


「あの二人は個人の武勇においてはウリャンハタ随一だ。対等にやれるのはカントゥカぐらいのものだろう」


 カトメイも率直に認めざるをえない。勝ちを制しえぬ以上、(チャク)を見て退かねばならないが、劣勢にあるはずの(ブルガ)(くじ)ける気配がない。


「まったく厄介な敵もあったものだ」


 少しばかり焦りを覚えはじめる。と、(にわ)かに城内からわっと(ダウン)が挙がった。何ごとかと驚いていると、彼方から多数の騎兵が猛然と駆け来たるのが見える。


「何だ? よもやミクケルの増援か」


 あわてたのも無理はないが、懸念に反して新手の軍勢は躊躇なく敵の後背に斬り込んだ。そのために敵陣は大きく崩れる。


「おお、あれは……」


 旗幟(トグ)を見れば、カムタイのものであった。そして陣頭にあるのは一角虎(エベルトゥ・カブラン)スク・ベク。際立って長い槍(オルトゥ・ヂダ)は見誤るわけもない。


 ついに敵軍は算を乱して逃げだした。いかに二将が優れているとはいえ、強力(クチュトゥ)な軍勢に挟撃されては為す術もない。


「むむう、ひとまず勝負は預けておいてやる!」


 猟犬どももやむなく退却に転じた。すでにその軍は形を成しておらず、前からは竜騎士の精兵が追い立て、後ろからは一角虎の強兵が攻めかかり、四分五裂の有様で遁走(オロア)した。双城の軍は兵を併せて散々に追い回すと、(ようや)く満足して兵を収めた。


 (バラガスン)に戻ると、カトメイはスクに駈け寄って久闊を叙した。カコ、チャオ、イェシノル、ヤムルノイも大喜びでこれを迎える。見ればチルゲイ、クニメイ、ミヤーンの姿(カラア)もあり、ともに再会を祝した。


「よく来てくれた。助かったぞ」


いや(ブルウ)、カトメイには必要ない(ヘレググイ)と思ったが、イシが攻められていると聞いて武人の(ツォサン)が騒いだのだ」


 早速、チャオが宴席を設ける。先にカトメイが言ったとおり、()()()()()()に敵軍を破ったので、諸将は憂いを解き、朝まで飲み明かして戦勝を喜んだが、この話はここまでにする。




 敗れたムカリとボロウルは残兵を連れてやっとのことで帰還した。ミクケルはおおいに怒って二将に謹慎を命じたが、それからほどなくさらに激怒(デクデグセン)せしめる報告がもたらされた。


 西方に派遣したフワヨウ率いる一万騎(トゥメン)が、カントゥカ軍に惨敗して戻ったのである。ミクケルは謁見すら許さず、俄かに左右の従臣(コトチン)(タショウル)で打って罵った。みなこれを止めることもできず、ただ平伏して怒り(アウルラアス)の鎮まるのを待った。


 独りツォトンはそっとその場を離れると、敗軍の将フワヨウのもとへ赴いた。打ちひしがれて罰を下されるのを待っていたが、ツォトンはこれに尋ねて、


「敗戦の様子を詳しく話せ」


 しばらくは悲痛の面持ちで黙していたが、やがて訥々(とつとつ)と語りだしたのを聴けば、


「我が軍は敵を(もと)めて西へ西へと行軍を続けました。やっと敵影を見たのは、遥か五百里も彼方にあるガルチェン高原。たかが敗残の軍勢と侮った我らは直ちに攻撃したのですが、意に反して敵の戦力は思いのほか整い、士気は旺盛で、気づいたときには戦局に利あらずやむなく撤退を決断したのです」


 ツォトンは腕組みして聞き入っている。フワヨウは続けて、


「始めは順調に退却していたのですが、三日目に夜襲を受けました。その(ウドゥル)から兵の逃亡があとを絶たず、気がつけば大カンから預かった兵は半分(ヂアリム)に減っていました。我が罪は万死に価します。謹んで罪に服すでしょう」


 そう言ってうなだれる。ツォトンはかける言葉(ウゲ)もなく黙ってその場を辞した。深く溜息を吐くと、


「我が軍の質はそこまで落ちたか……。もはや術はないのか」


 思わずそう呟いてから、はっとして辺りを見廻したが誰も聞くものはなく、ただ寒風がごうと吹きつけただけであった。


 見上げると、白いものがちらちらと舞い降りてきた。(ツァサン)である。


 ついに厳しい雪の季節が到来したのである。(ナマル)にカントゥカらが北辺より戻って以来、目まぐるしく変転を重ねたこの争乱(ブルガルドゥアン)(オブル)がいかなる影響を及ぼすかは誰にも想像できぬこと。


 またミクケルにも大カンの矜持あり、このまま衰亡に任せぬことは自明にて、いまだ時局の趨勢量りがたしといったところ。果たして敗れたミクケルはいかなる手を講ずるか。それは次回で。

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