第七 三回 ②
カトメイ双狗を弄びて甚だ勇略を顕し
スク・ベク東城に現れて忽ち趨勢を決す
二将は屈辱に顔を真っ赤にして怒ったが、やっとのことで自制すると矢の届かぬ後方に退いた。ジャルは二人を激しく叱ったが、一向に態度を改める様子はなく、かえって不満を顕にしたので、後難を恐れて口を噤む。
ジャルという将は、先の東征で留守陣を託されたことでもわかるように、先頭に立って勇戦するような武勇の主ではない。思考の根幹は慎重であり、見方を変えれば臆病と云ってもよいほどに冒険を嫌った。
その点では留守陣の主将には最適であったが、将帥に向いているとは決して言えない。ただ攻城という特殊な戦闘においては慎重さが求められるので将に選ばれたのである。
足りない猛勇は、猟犬二将が補えば絶妙の組み合わせであろうとミクケルは自賛していた。
しかし当のムカリとボロウルはこの惰弱の将を最初から侮っていたので、このあとも命令に服さぬことしばしばであった。この点、イシ軍が知事カトメイの下、強力に団結していたこととは対照的である。
実際、ジャルは慎重ではあったが、戦において必要な果断に欠けるところがあった。ムカリなどのように敵を過小視する愚は犯さないが、逆に過大視する傾向があった。今もカトメイの驍勇と巧みな用兵に舌を巻き、左右の幕僚に言うには、
「あの疾風迅雷のごとき戦ぶりはどうじゃ。中華で謂う竜という怪物は、風雷とともに現れるそうだがカトメイこそ竜の化身に相違ない」
敵を恐れること万事この調子だったので、ジャルは退いて遠く布陣して兵を動かさなかった。
ちなみにこの言葉がどこからか広く知られて、いつしかカトメイは、「竜騎士」と呼ばれて畏怖されることになった。ジャルの臆病が伝染したのである。
戦後、それを知ったカトメイはおおいに気に入って、自らそう名乗るに至った。のちに彼が組織する戟を得物とした騎兵隊にも「竜騎兵」と名付けるのであるが、くどくどしい話は抜きにする。
さて、カトメイは、敵が遠く離れたまま動こうとしないので、自ら大規模な斥候隊を率いて数次にわたる偵察を行った。ムカリらは苦々しく思って何度も攻撃を要請したが、ジャルは策略を警戒して許さなかった。
カトメイは敵の大将がジャルであることを知ると、
「知恵者ぶっている小心者だ。決して攻めて来るまい」
そう言って笑ったが、カコが言うには、
「攻めて来ないといっても備えるほうは手を抜くわけにもいきません。それではいずれ疲れてしまうでしょう。何とかなりませんか」
それももっともであったので、誘い出す策をあれこれ練ったが良い知恵も浮かばない。チャオがやってきて言うには、
「まともな敵なら頭も使わねばならぬが、相手は子どもだぞ。単純に挑発すればジャルの制止も聞かず飛び出してくるだろう」
「なるほど、それもそうだ」
早速、足の速い騎兵百騎を選抜すると、自ら城外へ繰り出した。そのまま一直線に敵陣の前に至ると、大声で言うには、
「やい、お前らは何をしに来たのだ。攻めて来ぬなら目障りだ、帰れ、帰れ! もし僅かなりとも勇気があるならかかってこい! それとも百騎の小勢も恐ろしいか!」
これを聞いたムカリとボロウルは日ごろ鬱憤が溜まっていたこともあり、激しく怒ると、ジャルに向かって、
「あんな屈辱を受けて、どうして堪えられよう。止めないでください」
そう言い捨てると、互いに諮って千騎を従え、怒号とともに飛び出した。
「ははは、銀算盤の言ったとおりだ。愚かな」
カトメイは余裕綽々で退却を命じると、一斉に馬首を転じて駆け去る。
「待て、待て! 望みどおり葬ってくれるわ!」
躍起になって追ったがさすがは選ばれた軽騎、一向に追いつけぬどころかむしろ差は広がっていく。二将はすっかり逆上して鞭を振るう。千騎は縦に長く伸びてそのまま城に近づいた。
「今だ!」
カトメイが叫んだのと、城内から金鼓が鳴り響いたのはほぼ同時であった。門が開かれ、待機していた騎兵がどっと押し出す。その数、三千騎。鉄将軍ヤムルノイを先頭に、一団となって伸びきった千騎の敵兵に襲いかかる。
ムカリとボロウルは急に反転することもできず、そのまま猛攻の波に吞まれる。
ジャルは呆然として飛び出していった二将を見送ったが、城門が開いて大軍が現れたのを見ておおいにあわてる。すぐに金鼓を打ち鳴らして兵を動かす。
しかし突然の命令に混乱して一度には動けない。用意の整った部隊から逐次前線に向かったが、激流に小石を投じるがごとく片端から粉砕される。
こうして統一された行動ができなかったジャル軍はいたずらに兵を損耗する。対するイシ軍は満を持していたため、一個の猛獣のごとく敵を追い散らした。
結局、ジャルは撤退の命を下すより為す術もなく、さらに遠く退いた。カトメイはそれを見ると満足してあっさり城に戻る。チャオは嘆じて言った。
「カトメイは生来兵を統べる才幹がある」




