第七 三回 ①
カトメイ双狗を弄びて甚だ勇略を顕し
スク・ベク東城に現れて忽ち趨勢を決す
シルドゥ平原の戦のあと、ミクケルが派遣した「忠実なカンの猟犬」、すなわち亜喪神ムカリと醜面亀ボロウル率いる五千騎がイシに攻め寄せた。
これは雪花姫カコの冷静な指揮によってあっさり撃退されたが、ミクケルはおおいに怒って、ジャルに一万騎を与えて再度攻略に向かわせた。
その報に接したカコは、心労のあまり臥せっていたカトメイの復帰を望んだ。チャオは懸念を示したが、そこにカトメイが戟を携えて現れたので、イシ軍の士気はおおいに高まった。城下に押し寄せたジャル軍に対してカトメイが言うには、
「前回は顔も見せなかったから挨拶して来よう」
軽騎二千を率いて城門を開くと、布陣中のジャル軍を思いのままに蹴散らして帰還した。さながら疾風のごとく、迎えたカコらが称賛すると、
「今のはほんの挨拶、戦はこれからだ」
とて防備を固めた。
緒戦に遅れをとったジャルは、怒るよりもカトメイの猛勇を恐れて慎重になったが、副将であるムカリとボロウルはおおいに憤慨して、
「次に出合ったときには我らの手で必ず打ち殺してくれよう」
息巻いたため、それに押される格好で再び前進した。ムカリとボロウルは勇躍して得物を手に飛び出すと、
「カトメイ、出てこい! 正々堂々と勝負せん!」
麾下の兵衆も、応じて盛んに気勢を上げたが、城内からは何の返答もない。怒りに任せて近づけば、卒かに矢の雨が降り注ぐ。
「卑怯だぞ! 出てこい!」
散々に罵ったが、ただ矢を避けて右往左往するばかり。城楼からその様子を見ていたカトメイは、笑いを堪えつつ言った。
「何だ、あの連中は。猛将だと聞いていたからどれほどかと思えば、戦を知らぬ赤子ではないか」
矢はテンゲリを覆わんばかりだったが、二頭の猟犬は一向に退く気配を見せず、いたずらに咆哮を繰り返す。後方にいたジャルは、二人にもしものことがあってはと退却を命ずる銅鑼を鳴らしたが、ボロウルは、
「これだけの恥辱を受けて一合も交えずに背を向けられるか」
ムカリも、
「俺も誓ってそんな臆病なことはせぬ」
そう言い合って命令を無視したので、配下の将兵は進退に惑って戦列を乱す。そうするうちにも矢傷を負うものがあとを絶たない。ジャルは躍起になって銅鑼を鳴らさせたが、かえって狂騒を呈し、士気を減退させただけであった。
カトメイはおかしいのを通り越して呆れると、
「退却の銅鑼が鳴っているのに、あの豎子どもはそれも無視か」
傍らのチャオも頷いて、
「あれでは市井の無頼と何ら変わらぬ。とても一軍の将たる器ではない」
「冥府のイシャンとチトボも嘆いてるだろうよ」
そう言いつつ城楼を下りていく。チャオが驚いて、
「どこへ行く?」
問えば、笑って、
「あの小僧どもに喧嘩と用兵の違いを教えてくる。ここは託した」
再び軽騎二千を編成して開門を命じる。ムカリ、ボロウルの二人はやっとカトメイが出てきたので喜び勇んで身震いすると、まずはムカリが、
「俺が手合わせする。お前はここで見ておれ」
対してボロウルは、
「いや、ここは俺が先だ」
そう言って譲らない。カトメイは笑みを浮かべつつ、下知して言うには、
「さあ、敵の先駆けは愚かにも突出しているぞ。押し包んで殲滅せよ!」
わっと喊声を挙げて烈火のごとく襲いかかれば、ムカリとボロウルはおおいにあわてる。得物を執って応戦したがもとより受け身、たちまち劣勢に追い込まれて百騎ほどの手勢とともに囲まれる。カトメイは巧みに兵を操って、一斉に騎射を浴びせかける。
「わわわ、卑劣な!」
「カトメイめ! 勝負しろ」
どちらも戦場にあっては意味の判らぬ罵声を放つ。しかしさすがは名高き猛将、必死に戦って重囲を破らんとする。
「逃がすな!」
カトメイは手足のごとく兵を動かしてこれを追い詰める。ジャルは一度に猛将を二人も失ってはと、あわてて一隊を差し向けた。それを見てカトメイはさっと兵を収める。ムカリとボロウルに言うには、
「おい、小僧。戦は一人の武勇で勝てるほど甘くないぞ。頭を冷やして出直してこい!」




