表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻五
289/785

第七 三回 ①

カトメイ双狗を(もてあそ)びて(はなは)だ勇略を(あらわ)

スク・ベク東城に現れて(たちま)ち趨勢を決す

 シルドゥ平原の(ソオル)のあと、ミクケルが派遣した「忠実(シドゥルグ)なカンの猟犬(ハサル)」、すなわち亜喪神ムカリと醜面亀ボロウル率いる五千騎がイシに攻め寄せた。


 これは雪花姫(ツァサン・ツェツェク)カコの冷静な指揮によってあっさり撃退されたが、ミクケルはおおいに怒って、ジャルに一万騎(トゥメン)を与えて再度攻略に向かわせた。


 その報に接したカコは、心労のあまり()せっていたカトメイの復帰を望んだ。チャオは懸念を示したが、そこにカトメイが戟を携えて現れたので、イシ軍の士気はおおいに高まった。城下に押し寄せたジャル軍に対してカトメイが言うには、


「前回は(ヌル)も見せなかったから挨拶して来よう」


 軽騎二千を率いて城門(エウデン)を開くと、布陣中のジャル軍を思いのままに蹴散らして帰還した。さながら疾風(サルヒ)のごとく、迎えたカコらが称賛すると、


「今のはほんの挨拶、戦はこれからだ」


 とて防備を固めた。


 緒戦に遅れをとったジャルは、怒るよりもカトメイの猛勇(カタンギン)を恐れて慎重になったが、副将であるムカリとボロウルはおおいに憤慨して、


「次に出合ったときには我らの(ガル)で必ず打ち殺してくれよう」


 息巻いたため、それに押される格好で再び前進した。ムカリとボロウルは勇躍(ブレドゥ)して得物を手に飛び出すと、


「カトメイ、出てこい! 正々堂々と勝負せん(ウクルドゥイエー)!」


 麾下の兵衆も、応じて盛んに気勢を上げたが、城内からは何の返答もない。怒り(アウルラアス)に任せて近づけば、(にわ)かに矢の(クラ)が降り注ぐ。


「卑怯だぞ! 出てこい!」


 散々に罵ったが、ただ矢を避けて右往左往するばかり。城楼からその様子を見ていたカトメイは、笑いを(こら)えつつ言った。


「何だ、あの連中は。猛将(バアトル)だと聞いていたからどれほどかと思えば、戦を知らぬ赤子(ニルカ)ではないか」


 矢はテンゲリを覆わんばかりだったが、二頭の猟犬は一向に退く気配を見せず、いたずらに咆哮を繰り返す。後方にいたジャルは、二人にもしものことがあってはと退却を命ずる銅鑼を鳴らしたが、ボロウルは、


「これだけの恥辱を受けて一合も交えずに(ノロウ)を向けられるか」


 ムカリも、


「俺も誓ってそんな臆病なことはせぬ」


 そう言い合って命令(カラ)を無視したので、配下の将兵は進退に惑って戦列(ヂェルゲ)を乱す。そうするうちにも矢傷を負うものがあとを絶たない。ジャルは躍起になって銅鑼を鳴らさせたが、かえって狂騒を呈し、士気を減退させただけであった。


 カトメイはおかしいのを通り越して呆れると、


「退却の銅鑼が鳴っているのに、あの豎子(ニルカ)どもはそれも無視か」


 傍ら(デルゲ)のチャオも頷いて、


「あれでは市井の無頼と何ら変わらぬ。とても一軍の将たる器ではない」


冥府(バルドゥ)のイシャンとチトボも嘆いてるだろうよ」


 そう言いつつ城楼を下りていく。チャオが驚いて、


「どこへ行く?」


 問えば、笑って、


「あの小僧どもに喧嘩と用兵の違いを教えてくる。ここは託した」


 再び軽騎二千を編成して開門を命じる。ムカリ、ボロウルの二人はやっとカトメイが出てきたので喜び勇んで身震いすると、まずはムカリが、


「俺が手合わせする。お前はここで見ておれ」


 対してボロウルは、


いや(ブルウ)、ここは俺が先だ」


 そう言って譲らない。カトメイは笑みを浮かべつつ、下知して言うには、


「さあ、(ブルガ)先駆け(ウトゥラヂュ)は愚かにも突出しているぞ。押し包んで殲滅(ムクリ・ムスクリ)せよ!」


 わっと喊声を挙げて烈火(ガルチュ)のごとく襲いかかれば、ムカリとボロウルはおおいにあわてる。得物を()って応戦したがもとより受け身、たちまち劣勢に追い込まれて百騎(ヂャウン)ほどの手勢とともに囲まれる。カトメイは巧みに兵を操って、一斉に騎射を浴びせかける。


「わわわ、卑劣な!」


「カトメイめ! 勝負しろ」


 どちらも戦場にあっては意味の判らぬ罵声を放つ。しかしさすがは名高き猛将、必死に戦って重囲を破らんとする。


逃がすな(ブー・チウデウルス)!」


 カトメイは手足のごとく兵を動かしてこれを追い詰める。ジャルは一度に猛将を二人も失ってはと、あわてて一隊を差し向けた。それを見てカトメイはさっと兵を収める。ムカリとボロウルに言うには、


「おい、小僧。戦は一人の武勇で勝てるほど甘くないぞ。(テリウ)を冷やして出直してこい!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ