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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
288/785

第七 二回 ④

カントゥカ死地を脱して天護の賛を受け

カコ・コバル東城を(まも)りて猟犬の鋭を(くじ)

 こうしてイシ軍が臨戦態勢を整えたところに、ムカリとボロウル率いる五千騎が現れた。二将はすっかり気が(ゆる)んでいたから、無造作に城門(エウデン)に近づくと、散々に金鼓を打ち鳴らして言うには、


「大カンの兵が参ったぞ! すぐに開城して罪に服せ!」


 返礼(カリラ)は矢の(クラ)であった。二将はおおいに驚く。あわてて退くと烈火(ガルチュ)のごとく怒った。今度は戦列(ヂェルゲ)を成して押し寄せると、ムカリが叫んで、


「すでに叛乱軍(ブルガ)は掃討されたぞ。おとなしく門を開け! さもなくんば(ツォサン)をもって報いようぞ!」


 対して城門の上に現れたのは雪花姫(ツァサン・ツェツェク)カコ・コバル。平服である。突如目の前に佳人が現れたのを見て、誰もが意外の感に打たれる。カコは、しんと静まりかえった敵軍(ブルガ)を見下ろすと、おもむろに(アマン)を開いて、


「騒ぐのはおやめなさい。ここはカントゥカ・カンの(バリク)です。あなたたちのために門を開く道理(ヨス)はありません。欲しければ(ウルドゥ)を用いなさい。勇気(ヂルケ)がなければすぐに帰りなさい」


 そう言うと、ゆっくりと視界から消える(ブレルテレ)。城内からは大歓声が巻き起こる。ムカリとボロウルは呆然としていたが、(ようや)く侮辱されたことに気づくと、


(オキン)め!! (ゆる)さぬ! 必ず捕らえてこれを(はずかし)めん」


 怒号一声、総攻撃を命じる。しかしもともと(ソオル)をする気がなかったため、攻城の用意もない。門に殺到した兵は格好の(バイ)になる。ムカリは兵を叱咤して応射させたが、たいした効もない。ボロウルもすっかり逆上して、ついに命じて言うには、


(アクタ)を下りて城壁(へレム)を登れ! 最初に越えたものは厚く賞するぞ!」


 兵衆はもちろん惑ったが、やむなく馬を捨てて城壁にとりつく。しかしこれこそいたずらに死傷者を増やすばかり、瞬く間(トゥルバス)屍の山(ウクレン・アウラ)が築かれる。ヤムルノイが呆れて、


「敵には智恵というものがないのか。あれは勇敢とは言わぬ。蛮勇というものだ」


 結局ムカリとボロウルは激しく攻め立てたが、退かざるをえなくなった。


「むむむ、覚えておれ!」


 多大な損害を(こうむ)って退却に転じる。城内はおおいに沸き返り、雪花姫を(たた)える(ダウン)に満ちた。が、カコが言うには、


「私は何もしていません。それよりも今こそ城門を開いて追撃するのです」


 チャオはなるほどと思い、待機させていた軽騎二千をヤムルノイに与えてあとを追わせた。これも成功を収めて二頭の猟犬(ハサル)は命からがら逃げ去った。


 カコは初めて笑みを漏らし、


「次はこうはいかないでしょうが、心配は要りません。あとは奇人殿とスク殿が何とかするでしょう」


 戦勝はカトメイにも報告されたが黙して答えず、喜び勇んで駆けつけたイェシノルをがっかりさせたが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて敗れたムカリとボロウルが、急ぎ帰ってこれをミクケルに告げれば、怒るまいことか、ジャルを呼びつけて、


一万騎(トゥメン)を与える。二将とともに不遜の輩を討て!」


 勅命(ヂャルリク)を下すと、スンワ軍に小氏族(オノル)の兵を併せてイシへ向かわせた。


 もちろんこれもすぐにカコらの知るところとなる。早速防備を整えて襲来を待つ。士気はテンゲリを衝かんばかりであった。カコはチャオに言った。


「今回は敵も攻城の用意をしているでしょう。やはりカトメイ殿に陣頭に立っていただかねばなりません」


「しかしカトメイは心身ともに衰え、とても指揮ができる状態にない。やはり今回も雪花姫殿が兵を(たば)ねるべきだろう」


 そう話していると(にわ)かに背後から呼びかける声、言うには、


いや(ブルウ)、いつまでも女性を危険(アヨール)(さら)しておくわけにいくまい」


 驚いて振り返れば、何とカトメイが軍装に身を固めて立っている。まだ顔色こそすぐれなかったが、力強い足取りで歩み寄ると、拱手して言うには、


「雪花姫、苦労をかけた。申し訳ない」


「もう身体のほうはよろしいのですか」


 莞爾として頷く。カコはじっとその(ヌル)を眺めていたが、やがて微笑むと言った。


(ニドゥ)に覇気が(よみがえ)りましたね。それでこそカトメイ殿です」


 チャオは思わず歓喜(ヂルガラン)の声を挙げる。カトメイはもう一度礼を述べると、早速兵衆の前に姿(カラア)を見せた。主将の復帰にさらに士気は揚がり、おおいに盛り上がる。イシの迎撃態勢はすっかり整った。


 そこへジャル率いる一万騎が到着する。左右にはムカリ、ボロウルを従えている。おもむろに(トイ)()きはじめた。


 カトメイはそれを望見すると、


「前回は顔も見せなかったから、挨拶して来よう」


 そう言うと軽騎二千を選抜して開門を命じた。得物の戟を掲げると、先頭に立って城外に繰り出す。たちまち敵陣に突っ込んで縦横無尽に暴れ回る。


 よもや出てくることはあるまいと楽観していたジャル軍は反撃するどころではない。あっと言う間に蹴散らされて大きく後退した。


 カトメイは適当に戦う(アヤラクイ)と、さっと兵を収めて(バラガスン)に戻る。カコたちはおおいに喜んでこれを迎える。応えて皓歯を見せて笑うと、


「今のはほんの挨拶、戦はこれからだ」


 これこそまさしく名将は迷を脱して堅城に人材揃い、力を併せて猛(バアトル)の来寇に対すといったところ。緒戦に敵を退けたとはいえ、なおも一万の猛兵は士気軒昂、端倪すべからざる勇将がこれを率いている。果たしてカトメイらはいかにしてイシを守るか。それは次回で。

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