第七 一回 ③
ミクケル北に敗れて宿将策計を語り
カントゥカ南に戦いて鋭鋒腹背に迫る
サチはそれを見て手勢とともに援けようとしたが、一手の軍勢に阻まれる。その先頭には年のころ十六、七の若き将があった。言うには、
「名のある将と見た! 俺と勝負しろ!」
サチは相手のあまりの若さにふんと冷笑すると、
「私はカオエンの花貌豹サチ。悪いことは言わぬ。おとなしく道を空けろ」
するといよいよ敵意も顕に言うには、
「俺は喪神鬼イシャン(注1)の長子、ムカリだ! 若いと思って侮るな!」
サチは驚いて珍しく表情を動かす。そこにムカリは戦斧でもって打ちかかった。はっとして受け止めたが、がんと鈍い音がして腕がびりびりと痺れる。思うに、
「さすがは喪神鬼の子、相当な腕だ」
気を引き締めて相対す。ムカリは戦斧を軽々と振り回して、次々と必殺の一撃を繰り出す。冷静にそれを受け流していたが、次第に苦しくなる。
そこへさらに一手の軍勢が現れたが、先頭にはやはり若い将があった。
「功を独り占めにはさせぬぞ! 俺はチトボ(注2)の子、シモウルのボロウルだ!」
手には重さ二十斤の錫杖、父親譲りの巨躯で猛然と迫ってくる。さすがのサチも閉口して、
「イシャンの子だけでも厄介だというのに二人も相手できるか」
そう吐き捨てるとさっさと馬首を廻らす。ムカリとボロウルは兵を併せてこれを追う。タケチャクがそれを知って駆けつけたので、馬首を転じて再び二人に対した。サチが教えて言うには、
「矮狻猊、あれはイシャンとチトボの息子だ。ともに強力の主、侮るな」
タケチャクは驚いて、
「二将に驍勇の子があるとは聞いていたが、あれがそうかい。スンワじゃ、ちょっと有名な小僧たちだぜ」
その言葉どおり二人にはそれぞれ渾名があって、将来を嘱望されていた。すなわちムカリは「亜喪神」、ボロウルは「醜面亀」。
ともかくサチとタケチャクは得物を手に挑みかかる。かくして四将入り乱れての激戦となった。今度はサチも一歩も退かず、槍を操ってムカリと存分に打ち合う。
ところがタケチャクは短刀をもってはボロウルの錫杖を支えきれず、たちまち窮地に追い込まれる。ついに得物を弾き飛ばされた。
「矮狻猊!」
サチが青ざめて叫ぶ。ボロウルは錫杖を持ちなおすと、哄笑とともにタケチャクの脳天を叩き割ろうとした。咄嗟にこれを避けると、なおも強気の口調で、
「この肥満児め。そんなに鈍くては俺を打つことはできぬぞ!」
言い捨てて一散に逃げ去る。ボロウルはおおいに怒って執拗にこれを追う。サチはこれを救わんとしたが、眼前のムカリがそれを許さない。タケチャクはちらちらと振り返りながら逃げていたが、頃合いを見てさっと馬首を転じたかと思うと、
「短気なところは親父とそっくりだ」
呟いて卒かに飛刀を投げつける。
「な、何っ!?」
突如の攻撃に驚くと、手綱を引いて身を伏せた。
「外したか。見かけによらず機敏な奴だ」
タケチャクは舌打ちしたが、この隙に遠く逃げ去った。ボロウルはおおいに悔しがったが、諦めて手近の敵兵に鬱憤をぶつける。
一方の花貌豹はまだ亜喪神と戦っていたが、決着を見ぬまま乱戦の波が押し寄せて二騎を引き離してしまった。サチはこれを機と見て去り、ムカリはおおいに罵りつつ、まさに鬼神のごとく雑兵を斬り飛ばす。
戦況はなおも予断を許さず、互角の形勢が続く。焦ったミクケルは傍らのチンサンに諮って言った。
「ウラカンはまことに来るのか? 我が軍はよく戦っているが、それもツォトンの援兵を恃んでのこと。このままでは将兵に疑心が生じるぞ」
何より当のミクケルが疑心の虜となりつつある。チンサンもそれを諫めるばかりか、さすがは四姦一の侫者と言われた男、拱手して言うには、
「ツォトンの言動はもとより疑い多く、先の献策もその実は己の身を逃すためであったのでしょう。彼奴は遠く去ったのみならず、叛賊に我らを売ったのかもしれません」
ミクケルは顔を真っ赤に染めて激昂すると、
「何だと! それではわしはシルドゥまで何をしに来たのだ! 即刻退くぞ。この戦は無意味だ!」
チンサンはツォトンが忠実な臣であることは先刻承知しており、何とかして追い落としたかったので内心おおいに喜んだ。
「それが良策かと存じます。そもそもツォトンはイシを奪われた凡将。大カンをお救いする策などあるわけがないのです。ここは退いて兵を保全することこそ上策」
ミクケルは幾度も頷くと、フワヨウ、ムカリ、ボロウルを殿軍に任じて退却を命じようとした。
(注1)【喪神鬼イシャン】かつてインジャやマタージを苦しめたウラカン氏の猛将。初登場は第二 三回①参照。最期は山塞にてサノウの計に嵌まり戦死。第二 九回①参照。
(注2)【チトボ】山塞の役にてアネクに挑戦したが敗れて戦死。第三 一回①参照。




