第七 一回 ②
ミクケル北に敗れて宿将策計を語り
カントゥカ南に戦いて鋭鋒腹背に迫る
「おお、それで策とは?」
ミクケルは今や身を乗り出している。ツォトンは咳払いすると言った。
「まず私が留守の間に騙し取られたウラカン軍を密かに取り戻します。そして日を約して兵を出さしめ、背後より敵を襲わせれば、ことは容易に成ろうかと存じます。ウラカンはもとより忠順なる氏族、用いれば喜んで戦いましょう」
ミクケルは難色を示していたが、信頼あるツォトンの説得により、ついに承諾する。さらにツォトンの勧めに順って、陣をシルドゥ平原に移した。ツォトン自身はそのまま北へ、ウラカン氏のアイルへ向かった。
さて、カントゥカらは戦果を完全にするべく、軍議を開いて戦略を練った。そこへミクケルが移動したことが伝わる。シルドゥはバイタスより五十里も北である。知世郎タクカが言った。
「敵が移ったのは決戦に備えているということだ。そもそもシルドゥ平原は四方へ繋がる要地。しかし守るに難く攻めるに易い。わざわざそのような土地に出てきたというのは、こちらの威勢が高まっているので焦ったに違いない。即刻軍を率いてこれを討てば、勝利は疑いないだろう」
ボッチギンも賛同して、
「タクカの言うとおりだ。今回も新参の兵は用いず、我ら四氏で戦おう。敵は僅か一万数千、しかも精強を誇る近衛軍はすでに半ばを討った。自ら死地に赴いた敵を望みどおり葬ってやろう」
その言葉に諸将はことごとく賛成して、早速出陣が決する。編成は先日のとおりである。総じて二万騎がシン・セクを先頭に意気揚々とシルドゥ平原へ向かった。
ミクケル軍は堅固な方陣をもってこれを迎え撃った。麒麟児シンは勢いに任せて突撃を敢行したが、堅陣破れがたく思わぬ苦戦を強いられる。
先に近衛軍の半数を失ったフワヨウは、汚名を晴らそうと獅子奮迅の活躍でネサク軍を苦しめた。戦は一挙に膠着し、焦ったシンは幾度となく突破を試みたが、空しく撥ね返されるばかり。
ボッチギンは戦況を打破するべくヨツチを投入したが、たちまち乱戦に巻き込まれて進退に窮する。カントゥカはもとより生来の武人にて怒り心頭に発すると、
「自ら突き入って勝利を招かん」
そう言って二丁の戦斧を把んだが、即座にボッチギンに止められる。
「君は今やウリャンハタの大カン。軽率なことをされては困る。ここは花貌豹に兵を預けよう。我が軍は兵力において勝っている。広く兵を展開して、左右からカオエンの精兵を突入させれば敵は能く支ええまい。ここは自重せよ」
カントゥカは不満だったが、ぐっと堪えて順った。ボッチギンは戦鼓を打ち鳴らさせる。サチは瞬時に意図を悟って、
「さあ、麒麟児と急火箭を援けよう」
とて駆けだせば、スンワ勢三千騎があとに続く。さらにボッチギンはヒラトに伝令を送って、
「兵を分け、左右より楔を打て」
と言わしめれば、ヒラトは頷いてササカとクミフを呼び、
「蒼鷹娘は二千騎をもって敵の右翼を撃て。娃白貂はやはり二千騎をもって左翼より入れ」
二将は早速兵を率いて飛び出した。それを見てミクケルもそれぞれイギタ軍とウランダン軍をもって応戦する。
すでに戦場はシルドゥ平原を覆わんばかりに広く展開し、方々で一進一退の攻防が繰り広げられる。勝敗はいずれとも決しがたく、渾沌郎君の計算は外れ、容易にミクケル軍は崩れない。
アサン・セチェンが眉を顰めて進言するには、
「敵の戦意を量るに、何か必勝の策があるように思われます。一度退いて様子を見たほうがよくありませんか」
しかしボッチギンが猛然と反対して、
「ミクケルはすでに孤立無援、擁する兵力は今対している一万数千だけだ。必死に抵抗しているのはあとがないことを知っているからに過ぎぬ。策を弄しようにも敵軍はすべて姿を晒している。どうして策を用いることができよう。さらに押せば諦めて崩れるに違いない」
カントゥカはもちろん退くことを肯じない気性だったので、これに同意してさらなる猛攻を命じた。アサンも敵に策があるという確信がなかったので、二度は言わなかった。
さて、麒麟児シンは好転しない戦況に苛立っていたが、敵中にフワヨウの姿を見つけると思うに、
「奴こそ唯一の猛将、これを討てば勝てるだろう」
黒亜騏の腹を蹴ると、七星嘆を手に襲いかかる。フワヨウも気づいて戟を構えなおし、怒号とともに迎え撃つ。
かくして両雄は再び互いに技を尽くす。まことに好敵手と呼ぶに相応しく、十合、二十合と打ち合ってもやはり勝負が決しない。




