第六 九回 ④
クニメイ火砲を並べて俄かに衛兵を驚かし
ボルギン醜悪を暴わして卒かに清官に弑さる
スクはううむと唸ると、咳払いして口を開く。しかし官吏たちはそれを制して言った。
「我らは恩賞が欲しくてことに及んだわけではありません。ただ暴虐極まる大人を討つ機会を待っていたのです。ズキン様が天兵を率いて入城したとの噂にやっと勇気を得て、かの奸賊を討ち果たすことができたのです」
ますます困った顔で言うには、
「それは何だかすまなかったなあ。騙すつもりはなかったのだが、俺も知らぬ間にそういう話になってしまって……」
官吏たちは怪訝な表情を浮かべて、
「スク様は何を謝っているのです?」
「いや、父かと思って喜んだのだろう。なのに……」
頭を掻きながら言えば、官吏たちは口々に、
「とんでもないことです! ズキン様の遺児であるスク様が、我らの主になる日が来ようとは夢のようです! それにスク様はまことにズキン様によく似ておられます」
「じっと堪え忍んできたのが報われました!」
「ボルギンが連れてきた貪官汚吏の類はことごとく遁走いたしました。残ったのはみな忠誠を誓うものばかりです」
スクは何をどうしたものかと居並ぶ好漢に視線を向けて救いを求めたが、誰も笑うばかりで答えようとしない。ついにクニメイが恭しく拝礼して言うには、
「さあ、新知事、ご入廷ください」
好漢たちは大笑い。
カトメイはその場で命じて、兵を方々に派遣してスク・ベクの知事就任を伝えさせた。人衆は先の官吏と同じようにズキンの死を再確認して一度は落胆したが、スクの就任についてはおおいに歓迎した。
ズキンが「鎮西虎」と称されていたのに因んで、スクを「小虎公」と呼んで敬慕するに至ったのである。また、彼が長槍を扱わせてはウリャンハタ随一であることを称えて「一角虎」の渾名をも奉った。
チルゲイらはスク・ベクとともに内城に入り、混乱した政務処理に携わった。ボルギンを討った清官たちは、新たな官職を授けられて新政の中核を担った。
また実質崩壊している軍政についても討議され、しばらくはイシ軍の一部を駐留させて再建を急ぐことになった。
クニメイは功績第一として通商に関するさまざまな権限を与えられた。称賛を浴びると笑みを浮かべて言うには、
「私は己の商道に則してはたらいただけです。信に応えて義を売ったのであり、利を量って命を売ったのです。代価はありがたくいただきますが、賛辞はいただけません」
以後はその才略を買われて、軍民両政に顧問として参画することになった。スク・ベクは拝礼して言った。
「俺は武事一辺倒で、政事はよくわからぬ。紅大郎の助力がなければ、カムタイを治めることなどかなわぬ」
クニメイはからからと笑って、
「そんなこともないでしょうが、いいでしょう。新たな契約を結ぶとしましょう。貴公の多大な信頼を代価に、私の些細な智恵を振るいましょう」
そしてすかさず市井の人材として三人を推挙した。誰かといえば、工人イェスゲイ、医人ハヤスン、商人オクドゥの三名。早速会ってみればいずれも異能の主。スクはおおいに喜んで、彼らを厚く遇した。
特にイェスゲイは、あの紅火砲をクニメイとともに造った男であった。チルゲイはおおいに興味を示して、
「あれは大発明だぞ。改良すれば恐るべき攻城兵器になるかもしれぬ。逆に城壁に設置すれば防禦に有用だろう。楽しみ、楽しみ」
スクも目の前でその威力を見たので異論はなく、さらに研究させることにした。またハヤスンは民情に通じているので内政の輔弼とし、オクドゥは文武兼資だったからクニメイとともに重任を託した。
そうして数日カムタイに留まったあと、チルゲイ、カトメイ、チャオ、ミヤーンの四人は後顧の憂いなくイシに帰った。
何はともあれ、チルゲイの所期の目的だった双城の掌握は達成された。東城にはカトメイが、西城にはスク・ベクがあり、南より脅かされる懸念はなくなった。あとは草原で直截ミクケルを撃ち破るだけである。
カトメイらは意気揚々と凱旋したが、戻るや否や大事件が勃発したことを知らされた。留守を託したイェシノルとヤムルノイが恐懼しつつ、それを告げた。
「実は昨夜のことなのですが……」
「どうした?」
互いに顔を見合わせていたが、イェシノルが意を決して言った。
「ご父君が、ツォトン様が昨夜、旧臣の手により脱獄いたしました。気づいたときにはすでに……。申し訳ありません」
二人は平伏して罰を乞う。カトメイはこれを助け起こして恕したが、一同すぐには言葉も出ない。
「父上が……。何ということだ。これで完全に敵対してしまった。いずれ同志の手で父は討たれるだろう……」
そう言うと俄かに地に伏せて号泣する。誰もこれを止めるものはなく、為す術なく立ち尽くすばかり。
このことから舞台は再び城外に戻り、草原は風雲急を告げることになるわけだが、まさしく暴戻の主といえども宿年の君恩忘れがたく、義子の栄達を見ずして忠に殉ずるといったところ。
乱世の理なれば、父を殺され子を失うは常なれど、父子分かれて相争うは常にはあらず、その心境を慮れば盟友も言葉を失うのは当然というもの。果たしてこのあと好漢たちはいかなる策を講ずるか。それは次回で。




