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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
271/785

第六 八回 ③

カトメイ姦兇を除いて東城に主座を襲い

クニメイ叛詩を流して西市に客軍を迎える

「チルゲイ、次の策は?」


 カトメイが問えば、


「もうしばらく様子を見よう。イシはミクケルの生命線、使者も一人ではあるまい。先に言ったとおり、残らず葬らねばならん」


「スクらは無事に着いただろうか」


「おそらく。ミクケルの使者より先に着けばよいのだ。もし間に合わねば明日の夕刻(ヂルダ)には戻るだろう。いずれにせよ明後日まではイシを離れられぬ」


 翌日、カトメイは軍に命じて、すぐに出兵できるよう準備を整えさせた。またこの(ウドゥル)も一騎、ミクケルの急使(グユクチ)が来たが、やはり斬られた。夕刻、みなで話しているところに官吏(ドゥシメット)がやってきて言った。


「カトメイ様に会いたいという方が来ていますが」


「何ものだ」


「はあ、カムタイより来たと言うばかりで、名乗ろうとしないのです」


 それを聞いて(ヌル)を見合わせると、すぐに通すよう命じた。入ってきた男はいかにも商家のものらしくにこやかに拝礼したが、面上に笑容ありといえども肚裡(とり)に殺気ある端倪すべからざる人物。互いに挨拶を交わすと言うには、


紅大郎(アル・バヤン)の使いで参りました。二人の客人(ヂョチ)は無事にお着きになり、主人(エヂェン)の邸で(くつろ)いでおられます」


 みなほっと(オモリウド)を撫で下ろす。カトメイが尋ねて、


「そちらの様子はどうだ?」


はい(ヂェー)。今朝、ミクケルより急使が来て、(バリク)(ソオル)予感(ヂョン)に揺れています。大勢の壮丁(ヂャラウス)が徴発されて、商家には糧食(イヂェ)の供出が命じられました。もとより四姦(ドルベン・クラガイ)代官(ダルガチ)は怨嗟の的でしたが、さらに不満は高まり、人衆(ウルス)はズキン父子の遺徳を慕って嘆いております」


 チルゲイも(アマン)を開くと、


「紅大郎から伝言があるだろう」


はい(ヂェー)。主人は事情(アブリ)を聴くとすぐに言いました。『万事(うけたまわ)った。内より破るのは難くない。奇人殿は外から到れ(クル)』とのこと」


約会(ボルヂャル)期日(ウドゥル)については?」


「今日より三日いただきたいとのことです」


 おおいに満足して笑うと、


「紅大郎が易い(アマルハン)というなら問題ない。三日間というのも悪くない。カトメイ、これで心配ないぞ」


「その押韻(おういん)はうまくない」


 好漢(エレ)たちはおおいに笑ったが、この話はここまでにする。




 さて、その日からカムタイの巷間に奇妙な(ドー)が流行りはじめた。すなわち、



  自ら大蛇(マングス)は毒を飲む

  動かざる(ヌンヂ)天意に逆らって

  車 (テルゲン)の音に怯えたために


  自ら大人(バヤン)は穴を掘る

  動かざる天運に逃げられて

  車の軸(テンギリゲ)も折れてしまった


  自ら大虎(カブラン)(バリク)に立つ

  動かざる天命に(いざな)われて

  車の上には懐かしき人……



 四姦の意を受けてカムタイを宰領しているのはボルギン・サハルという佞臣であった。彼は困惑顔の側近(コトチン)にこれを告げられるや、顔を朱に染めて激怒(デクデグセン)した。


 なぜならボルギンの渾名(あだな)が「蝮蠍(ふくけつ)大人」だったからである。念のために云えば、「蝮」とは毒蛇のことである。


 カントゥカ造反の報せを受けて神経を尖らせていたボルギンは、これを不吉(ベリクウダイ)に感じて人を使って取り締まったが収まらない。流行の根源(ウヂャウル)を探ったが判然としない。大事の前ゆえ歌など放置しておけば、と諫めるものもあったが半ば意地になって弾圧を命じる。


 もちろんこの歌は偶然流行したわけではない。作ったのは銀算盤チャオ。これをミヤーンが覚えてクニメイに伝え、配下のものを使って広めたという次第。


 ときに巷間に流行する歌というのは時勢の真理(ウネン)(とら)え、また将来をも予言することがあるが、ここでは自ら人衆の心奧にその下地を創ったのである。


 ボルギンによる弾圧も功を奏さぬまま、二日が過ぎた。すなわちクニメイの約した三日が経ったことになる。


 朝、城楼に上った門衛(エウデチ)は我が(ニドゥ)を疑った。城下に一万騎(トゥメン)の軍勢が(トイ)を張っていたのである。転げ落ちるように楼を下りると、おおあわてで報告に及ぶ。


 ボルギンは叩き起こされてこれを知ると、やはり驚いて自ら楼に赴いた。見ればたしかに一万の軍勢が城下にある。


「ど、どこの兵だ、あれは。……まさか叛乱軍(ブルガ)か?」


 為す術もなく見下ろしていると、軍中より若い(ヂャラウ)将軍が進み出る。城楼を仰いで大声で言うには、


「カムタイの知事(ダルガチ)ボルギン・サハル殿にお会いしたい!」


 名指しされて一瞬怯んだ(カルタリル)が、咳払いして答えた。


「ボルギンはわしだ! お前らは何処のものか。大カンの(バリク)と知って攻めてきたのか!」


 若い将軍はからからと笑うと、


「我らはイシの軍勢。私はツォトンの長子(クウ)カトメイだ! 勅命(ヂャルリク)を受けて、貴公とともに北上せんとて参った!」

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