第六 八回 ③
カトメイ姦兇を除いて東城に主座を襲い
クニメイ叛詩を流して西市に客軍を迎える
「チルゲイ、次の策は?」
カトメイが問えば、
「もうしばらく様子を見よう。イシはミクケルの生命線、使者も一人ではあるまい。先に言ったとおり、残らず葬らねばならん」
「スクらは無事に着いただろうか」
「おそらく。ミクケルの使者より先に着けばよいのだ。もし間に合わねば明日の夕刻には戻るだろう。いずれにせよ明後日まではイシを離れられぬ」
翌日、カトメイは軍に命じて、すぐに出兵できるよう準備を整えさせた。またこの日も一騎、ミクケルの急使が来たが、やはり斬られた。夕刻、みなで話しているところに官吏がやってきて言った。
「カトメイ様に会いたいという方が来ていますが」
「何ものだ」
「はあ、カムタイより来たと言うばかりで、名乗ろうとしないのです」
それを聞いて顔を見合わせると、すぐに通すよう命じた。入ってきた男はいかにも商家のものらしくにこやかに拝礼したが、面上に笑容ありといえども肚裡に殺気ある端倪すべからざる人物。互いに挨拶を交わすと言うには、
「紅大郎の使いで参りました。二人の客人は無事にお着きになり、主人の邸で寛いでおられます」
みなほっと胸を撫で下ろす。カトメイが尋ねて、
「そちらの様子はどうだ?」
「はい。今朝、ミクケルより急使が来て、街は戦の予感に揺れています。大勢の壮丁が徴発されて、商家には糧食の供出が命じられました。もとより四姦の代官は怨嗟の的でしたが、さらに不満は高まり、人衆はズキン父子の遺徳を慕って嘆いております」
チルゲイも口を開くと、
「紅大郎から伝言があるだろう」
「はい。主人は事情を聴くとすぐに言いました。『万事承った。内より破るのは難くない。奇人殿は外から到れ』とのこと」
「約会の期日については?」
「今日より三日いただきたいとのことです」
おおいに満足して笑うと、
「紅大郎が易いというなら問題ない。三日間というのも悪くない。カトメイ、これで心配ないぞ」
「その押韻はうまくない」
好漢たちはおおいに笑ったが、この話はここまでにする。
さて、その日からカムタイの巷間に奇妙な歌が流行りはじめた。すなわち、
自ら大蛇は毒を飲む
動かざる天意に逆らって
車 の音に怯えたために
自ら大人は穴を掘る
動かざる天運に逃げられて
車の軸も折れてしまった
自ら大虎は街に立つ
動かざる天命に誘われて
車の上には懐かしき人……
四姦の意を受けてカムタイを宰領しているのはボルギン・サハルという佞臣であった。彼は困惑顔の側近にこれを告げられるや、顔を朱に染めて激怒した。
なぜならボルギンの渾名が「蝮蠍大人」だったからである。念のために云えば、「蝮」とは毒蛇のことである。
カントゥカ造反の報せを受けて神経を尖らせていたボルギンは、これを不吉に感じて人を使って取り締まったが収まらない。流行の根源を探ったが判然としない。大事の前ゆえ歌など放置しておけば、と諫めるものもあったが半ば意地になって弾圧を命じる。
もちろんこの歌は偶然流行したわけではない。作ったのは銀算盤チャオ。これをミヤーンが覚えてクニメイに伝え、配下のものを使って広めたという次第。
ときに巷間に流行する歌というのは時勢の真理を捉え、また将来をも予言することがあるが、ここでは自ら人衆の心奧にその下地を創ったのである。
ボルギンによる弾圧も功を奏さぬまま、二日が過ぎた。すなわちクニメイの約した三日が経ったことになる。
朝、城楼に上った門衛は我が目を疑った。城下に一万騎の軍勢が陣を張っていたのである。転げ落ちるように楼を下りると、おおあわてで報告に及ぶ。
ボルギンは叩き起こされてこれを知ると、やはり驚いて自ら楼に赴いた。見ればたしかに一万の軍勢が城下にある。
「ど、どこの兵だ、あれは。……まさか叛乱軍か?」
為す術もなく見下ろしていると、軍中より若い将軍が進み出る。城楼を仰いで大声で言うには、
「カムタイの知事ボルギン・サハル殿にお会いしたい!」
名指しされて一瞬怯んだが、咳払いして答えた。
「ボルギンはわしだ! お前らは何処のものか。大カンの街と知って攻めてきたのか!」
若い将軍はからからと笑うと、
「我らはイシの軍勢。私はツォトンの長子カトメイだ! 勅命を受けて、貴公とともに北上せんとて参った!」




