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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
266/785

第六 七回 ②

ミヤーン(つい)に奇人に(うべな)い三策を示され

カトメイ密かに好漢を訪ねて二択を迫らる

 楽しそうにミヤーンを制して、チルゲイが言うには、


「まず下策は、(クチ)を用いる。隙を見てカトメイを拘束し、無理に叛乱(ブルガ)に加えようというものだ。カトメイの名をもって叛を宣すれば、きっとイシの兵衆は二分される。そうして父子を相争わせれば、ツォトンはミクケルを助けることができぬ」


 これには三人とも(フムスグ)(ひそ)める。


「中策とは謀を用いて、カトメイが叛乱に荷担せざるをえぬようにするものだ。すなわち『上屋抽梯(じょうおくちゅうてい)の計』と呼ばれるもので、カトメイを(おとしい)れてツォトンに(そむ)かせれば、やはりイシはミクケルの(ガル)を離れる」


 三人はううむと唸る。


「上策とは(ヨス)を説いて、カトメイ自身に叛乱を同意させる。然るのちにツォトンを捕縛して、無傷でイシを手に入れる」


 チルゲイは三人の(ヌル)を等分に見比べて、


「さあ、策は出揃ったぞ。先に私の言ったことが解っただろう。さあ、どれが良い。三択、三択」


 みな腕組みして考え込む。スク・ベクが(ようや)く言うには、


「上策が難しい(ヘツウ)のはよく解った。でもほかの二策はいかにも後味が悪い」


 これに対してミヤーンは、


「しかし先にも言ったが、言葉(ウゲ)をもって親に(そむ)かせることができるだろうか。ここは中策を採るのがもっとも実情(アブリ)に即していると思うが」


「下策っていう手はないのかい?」


 チルゲイがにやにやしながら尋ねてみれば、


「それはいかにも下策だろう。たしかにツォトンは援軍どころではなくなろうが、あまりに利が薄い(ニムゲン)。しかも危険(アヨール)ではないか」


「私が先にそう言ったではないか」


「解っているのなら最初から言うな」


 四人はそんな調子で話し合うことおよそ一刻、決した策はやはり上策であった。


「よし、早速カトメイに会おう。我らに与えられた時日はおそらく二、三日だ。そこでことが決しなければ、同志(イル)に合わせる顔はない」


 チルゲイはそう言うと三人を(うなが)して真っ先に飛び出していく。スク・ベク、チャオ、ミヤーンはあわててこれを追う。


 急ぎ足で大路(テルゲウル)を過ぎ、(バリク)中央(オルゴル)にある庁舎を訪ねる。門衛(エウデチ)にカトメイの所在を尋ねれば、渡し場(オングチャドゥ)にいるとのことだったので、あわてて引き返す。


 メンドゥ(ムレン)に面した渡し場も、特に変わった様子はなく、出入りする舟で賑わっていた。四人はあちこち(ニドゥ)を配ってカトメイを捜しながら進んでいく。すると彼方から、


「やあ、チルゲイ。またメンドゥを渡るのか」


 陽気な(ダウン)がかかったので、振り向いて見れば何とカトメイその人。四人はおおいに喜んで歩み寄る。カトメイは、スク・ベクを見てはっとすると、


「……おお、久しぶりだな。息災だったか(メンドー)?」


 やや硬い表情で呼びかける。というのも、もちろんスクの(エチゲ)(アカ)が誅殺されたことを知っていたからである。スクが何げない顔で挨拶を返したので、ほっと息を漏らす。


 またミヤーンともタムヤ攻略以来だったので久闊を叙し、初見のチャオとは名乗り合って丁寧に礼を交わした。カトメイは笑みを浮かべると、チルゲイを顧みて、


「珍しい組み合わせではないか。また何か企んでいるのか」


 これを聞いた奇人、(ハツァル)を膨らませて言った。


「まったくどいつもこいつも久々に顔を合わせれば、『何か企んでいるのか』と問うてくる。私を何だと思っているのだ」


 これにはみなおおいに笑う。笑い収めたところで、


「まあ、たしかに企みがなくもない。わざわざやってきたのは君に用があったからだ。暇はあるか? 内密の話なのだが」


「今は手が放せぬ。向こうで待っていてくれないか」


 無論異存のあるはずもない。カトメイは役人(ドゥシメット)を呼んで四人の案内を命じると、自身は任務に戻った。四人は役人に(したが)って天幕(チャチル)に入り、これを待つ。


 しばらくしてやっとカトメイがやってきた。側使い(エムチュ)に命じて酒食を運ばせる。用意が整うと乾杯して再会を祝す。


「いったい今日は何の用だ? 前回(※タムヤ攻略のこと)は驚かされたが」


 低い声で問えば、チルゲイはすぐには答えない。


「どうした? 用があるのだろう」


 やっと(アマン)を開いて言うには、


「今回はタムヤの件の比ではない。容易ならぬことを報せに来た。そしてそれは君自身の今後にもおおいに関連がある」


 ただならぬ様子に(いぶか)りつつ尋ねて言うには、


「何だ? とてつもないことが起こったようだが想像もつかぬ。もったいぶらずに言え」


 傍ら(デルゲ)のスク・ベクがたまらず口を添えて、


「カトメイは信頼(イトゥゲルテン)しているが、迂闊に話せることではないのだ」


「よほどの大事らしいな。もちろん他言はしないと誓おう。ここで話しづらいなら、またミヤーンの家に行こうか」


 チルゲイは大仰に喜んで、


「おお、是非そうしてくれ。今夜、やはり誰にも告げずに来てくれ。実はこのようなところで話すのを躊躇(ためら)っていたのだ」


 夜の再会を約して別れたが、くどくどしい話は抜きにする。

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