第六 七回 ②
ミヤーン竟に奇人に諾い三策を示され
カトメイ密かに好漢を訪ねて二択を迫らる
楽しそうにミヤーンを制して、チルゲイが言うには、
「まず下策は、力を用いる。隙を見てカトメイを拘束し、無理に叛乱に加えようというものだ。カトメイの名をもって叛を宣すれば、きっとイシの兵衆は二分される。そうして父子を相争わせれば、ツォトンはミクケルを助けることができぬ」
これには三人とも眉を顰める。
「中策とは謀を用いて、カトメイが叛乱に荷担せざるをえぬようにするものだ。すなわち『上屋抽梯の計』と呼ばれるもので、カトメイを陥れてツォトンに背かせれば、やはりイシはミクケルの手を離れる」
三人はううむと唸る。
「上策とは理を説いて、カトメイ自身に叛乱を同意させる。然るのちにツォトンを捕縛して、無傷でイシを手に入れる」
チルゲイは三人の顔を等分に見比べて、
「さあ、策は出揃ったぞ。先に私の言ったことが解っただろう。さあ、どれが良い。三択、三択」
みな腕組みして考え込む。スク・ベクが漸く言うには、
「上策が難しいのはよく解った。でもほかの二策はいかにも後味が悪い」
これに対してミヤーンは、
「しかし先にも言ったが、言葉をもって親に背かせることができるだろうか。ここは中策を採るのがもっとも実情に即していると思うが」
「下策っていう手はないのかい?」
チルゲイがにやにやしながら尋ねてみれば、
「それはいかにも下策だろう。たしかにツォトンは援軍どころではなくなろうが、あまりに利が薄い。しかも危険ではないか」
「私が先にそう言ったではないか」
「解っているのなら最初から言うな」
四人はそんな調子で話し合うことおよそ一刻、決した策はやはり上策であった。
「よし、早速カトメイに会おう。我らに与えられた時日はおそらく二、三日だ。そこでことが決しなければ、同志に合わせる顔はない」
チルゲイはそう言うと三人を促して真っ先に飛び出していく。スク・ベク、チャオ、ミヤーンはあわててこれを追う。
急ぎ足で大路を過ぎ、街の中央にある庁舎を訪ねる。門衛にカトメイの所在を尋ねれば、渡し場にいるとのことだったので、あわてて引き返す。
メンドゥ河に面した渡し場も、特に変わった様子はなく、出入りする舟で賑わっていた。四人はあちこち目を配ってカトメイを捜しながら進んでいく。すると彼方から、
「やあ、チルゲイ。またメンドゥを渡るのか」
陽気な声がかかったので、振り向いて見れば何とカトメイその人。四人はおおいに喜んで歩み寄る。カトメイは、スク・ベクを見てはっとすると、
「……おお、久しぶりだな。息災だったか?」
やや硬い表情で呼びかける。というのも、もちろんスクの父と兄が誅殺されたことを知っていたからである。スクが何げない顔で挨拶を返したので、ほっと息を漏らす。
またミヤーンともタムヤ攻略以来だったので久闊を叙し、初見のチャオとは名乗り合って丁寧に礼を交わした。カトメイは笑みを浮かべると、チルゲイを顧みて、
「珍しい組み合わせではないか。また何か企んでいるのか」
これを聞いた奇人、頬を膨らませて言った。
「まったくどいつもこいつも久々に顔を合わせれば、『何か企んでいるのか』と問うてくる。私を何だと思っているのだ」
これにはみなおおいに笑う。笑い収めたところで、
「まあ、たしかに企みがなくもない。わざわざやってきたのは君に用があったからだ。暇はあるか? 内密の話なのだが」
「今は手が放せぬ。向こうで待っていてくれないか」
無論異存のあるはずもない。カトメイは役人を呼んで四人の案内を命じると、自身は任務に戻った。四人は役人に随って天幕に入り、これを待つ。
しばらくしてやっとカトメイがやってきた。側使いに命じて酒食を運ばせる。用意が整うと乾杯して再会を祝す。
「いったい今日は何の用だ? 前回(※タムヤ攻略のこと)は驚かされたが」
低い声で問えば、チルゲイはすぐには答えない。
「どうした? 用があるのだろう」
やっと口を開いて言うには、
「今回はタムヤの件の比ではない。容易ならぬことを報せに来た。そしてそれは君自身の今後にもおおいに関連がある」
ただならぬ様子に訝りつつ尋ねて言うには、
「何だ? とてつもないことが起こったようだが想像もつかぬ。もったいぶらずに言え」
傍らのスク・ベクがたまらず口を添えて、
「カトメイは信頼しているが、迂闊に話せることではないのだ」
「よほどの大事らしいな。もちろん他言はしないと誓おう。ここで話しづらいなら、またミヤーンの家に行こうか」
チルゲイは大仰に喜んで、
「おお、是非そうしてくれ。今夜、やはり誰にも告げずに来てくれ。実はこのようなところで話すのを躊躇っていたのだ」
夜の再会を約して別れたが、くどくどしい話は抜きにする。




