第六 六回 ④
ボッチギン詭計を用いて巧みに雄族を誑き
アサン形名を説きて因りて猛将を擁す
シンが興奮して、
「なるほど、合流した今、主将を決めねばならんのだな。だがそれならすでに決まっているぞ!」
ヒラトは頷くと、
「そうだ。すでに新たなカンは決まっている」
そう言うと、目でカントゥカを示す。みなも首肯する。ボッチギンが厳かな口調で宣して言った。
「ここにあるカオエン、スンワ、ネサク、ダマンをはじめとする全ウリャンハタのカンとして、カントゥカを推戴しよう」
ガネイが欣喜雀躍して、
「わあ、すごいね、カントゥカ! やったね!」
居並ぶ諸将は大笑い。もちろん誰一人異存のないことからカントゥカは叛乱軍の主将となり、ミクケル討滅が成ればカンとして即位することが決まった。すなわちのちのカントゥカ・カン、称して「エルケトゥ・カン(威徳合罕)」である。
壇を築いてこれを上らせると、全軍を集めてこれを告げた。もとよりその武威はあまねく知られていたので、みな歓呼してこれを迎えた。この瞬間をもって彼らの戴く主君は交替したのである。つまり大義名分においてミクケルに矛を向けるのに逡巡する必要がなくなったことになる。
またヒラトは執政として全人衆に将来の安寧を約した。アサンは顧問として軍民両政に与かり、タクカ、ボッチギンは参謀として策戦の立案を委された。シン・セクはやはり先鋒を務めることになった。
その他、人事はことごとく明らかとなり、将兵の士気はおおいに高まったが、この話もここまでとする。
さて、カントゥカとミクケルの決戦を前にどうしても話しておかねばならぬことがある。すなわちイシへ向かったチルゲイとスク・ベクのことである。二人は替馬を連れて、道を倍にして駆け続けた。
果たして十日の道程を四日で走破し、息を切らしながらその城門をくぐる。イシには当然まだカオエン造反の報は達していない。常と変わらぬ喧騒が辺りを包んでいる。チルゲイは満足げに言った。
「これほど駆けたことはない。尻が痛い」
「休んでいる暇はないぞ」
「解っている。行こう、行こう」
チルゲイは先に立って件のミヤーン邸へ向かう。てっきりカトメイに会うのだと思っていたスクは、あわててあとに順う。
そのミヤーンは庭で薪を割っている最中だったが、案内も請わずに乗り込んできた二人を見ておおいに驚く。チルゲイが陽気に声をかけて、
「やあ、ミヤーン! 相変わらず暇そうだな」
「暇なもんか。君のほうこそ草原に帰ったのではなかったか」
「それよ。その草原のことだ。また力を借りるぞ」
するともちろん眉を顰めて、
「君が来ると必ず騒動に巻き込まれる……」
ぼやきながらも斧を放り出して、二人を邸内に招き入れる。奥から出てきた銀算盤チャオも、チルゲイの顔を見てやはり驚く。
席に着くや、チルゲイが身を乗り出して言った。
「驚かずに聞け。我々の同志が、ミクケルに対して叛乱を起こした」
「何だって!?」
間髪入れずにおおいに驚く。チルゲイは不満げに眉間に皺を寄せて、
「……驚くなと言っただろう」
「驚くわ!」
ミヤーンはテンゲリを仰ぐと、おそるおそる尋ねて、
「で、まさか君も……」
「もちろん」
躊躇なく即答したので深く溜息を吐く。それにはかまわずチルゲイは、
「ここにあるのはやはり同志でスク・ベクだ」
傍らのスクを、ミヤーンとチャオに紹介する。互いに一瞥して好漢であることを看て取ると、三人とも席を立って丁重に挨拶を交わす。再び席に着いて、
「信じられぬ。君らは正気か?」
そうチャオが問えば、ひらひらと手を振って、
「正気、正気。かつてないほど正気さ。私とスク・ベクは、挙兵の日より駆けどおしでここに来たのだ」
ミヤーンは探るような目で言った。
「……で、俺に何の用だ?」
「言っただろう。力を貸してもらうぞ。かかる大事を聞いてしまったからには、いやとは言わせぬ」
「いやだ! いやに決まっているだろう! まったく君ときたらいつもそうだ。だいたい俺が何の役に……」
くどくどと不平を並べ立てようとしたが、チルゲイはそれを両手で制すると早口で言った。
「悪いが聞いてる暇がない。ミクケルを斬ってからにしてくれ」
このひと言で諦めて口を噤む。
ここでチルゲイが話したことから、遠くは奸臣の肝を冷やし、近くは盟友の憂を呼ぶことになる。まさしく義は孝に勝り、衆は個に先んじるとの理は犯しがたく、口舌をもって一城開き、謀計をもって一城を得るといったところ。果たしてチルゲイは何と言ったか。それは次回で。




