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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
264/785

第六 六回 ④

ボッチギン詭計を用いて巧みに雄族を(あざむ)

アサン形名を説きて因りて猛将を擁す

 シンが興奮して、


「なるほど、合流(ベルチル)した今、主将を決めねばならんのだな。だがそれならすでに決まっているぞ!」


 ヒラトは頷くと、


そうだ(ヂェー)。すでに新たなカンは決まっている」


 そう言うと、(ニドゥ)でカントゥカを示す。みなも首肯する。ボッチギンが(おごそ)かな口調で宣して言った。


「ここにあるカオエン、スンワ、ネサク、ダマンをはじめとする全ウリャンハタのカンとして、カントゥカを推戴しよう」


 ガネイが欣喜雀躍して、


「わあ、すごいね、カントゥカ! やったね!」


 居並ぶ諸将は大笑い。もちろん誰一人異存のないことからカントゥカは叛乱軍(ブルガ)の主将となり、ミクケル討滅が成ればカンとして即位することが決まった。すなわちのちのカントゥカ・カン、称して「エルケトゥ・カン(威徳合罕)」である。


 壇を築いてこれを上らせると、全軍を集めてこれを告げた。もとよりその武威はあまねく知られていたので、みな歓呼してこれを迎えた。この瞬間をもって彼らの戴く主君(エヂェン)は交替したのである。つまり大義名分においてミクケルに矛を向けるのに逡巡する必要(ヘレグテイ)がなくなったことになる。


 またヒラトは執政として全人衆(ウルス)に将来の安寧を約した。アサンは顧問として軍民両政に(あず)かり、タクカ、ボッチギンは参謀として策戦の立案を(まか)された。シン・セクはやはり先鋒(ウトゥラヂュ)を務めることになった。


 その他、人事はことごとく明らかとなり、将兵の士気はおおいに高まったが、この話もここまでとする。




 さて、カントゥカとミクケルの決戦を前にどうしても話しておかねばならぬことがある。すなわちイシへ向かったチルゲイとスク・ベクのことである。二人は替馬(コトル)を連れて、(モル)を倍にして駆け続けた。


 果たして十日の道程を四日で走破し、(アミ)を切らしながらその城門(エウデン)をくぐる。イシには当然まだカオエン造反の報は達していない。常と変わらぬ喧騒が辺りを包んでいる。チルゲイは満足げに言った。


「これほど駆けたことはない。(ボコレ)が痛い」


「休んでいる暇はないぞ」


「解っている。行こう、行こう」


 チルゲイは先に立って(くだん)のミヤーン邸へ向かう。てっきりカトメイに会うのだと思っていたスクは、あわててあとに(したが)う。


 そのミヤーンは庭で薪を割っている最中だったが、案内も請わずに乗り込んできた二人を見ておおいに驚く。チルゲイが陽気に(ダウン)をかけて、


「やあ、ミヤーン! 相変わらず(ザウタイ)そうだな」


「暇なもんか。君のほうこそ草原(ケエル)に帰ったのではなかったか」


「それよ。その草原のこと(ケエリイン・ウィレ)だ。また(クチ)を借りるぞ」


 するともちろん(フムスグ)(しか)めて、


「君が来ると必ず騒動に巻き込まれる……」


 ぼやきながらも斧を放り出して、二人を邸内に招き入れる。奥から出てきた銀算盤チャオも、チルゲイの(ヌル)を見てやはり驚く。


 席に着くや、チルゲイが身を乗り出して言った。


「驚かずに聞け。我々の同志(イル)が、ミクケルに対して叛乱(ブルガ)を起こした」


「何だって!?」


 間髪入れずにおおいに驚く。チルゲイは不満げに眉間に皺を寄せて、


「……驚くなと言っただろう」


「驚くわ!」


 ミヤーンはテンゲリを仰ぐと、おそるおそる尋ねて、


「で、まさか君も……」


「もちろん」


 躊躇なく即答したので深く溜息を吐く。それにはかまわずチルゲイは、


「ここにあるのはやはり同志でスク・ベクだ」


 傍ら(デルゲ)のスクを、ミヤーンとチャオに紹介する。互いに一瞥して好漢(エレ)であることを看て取ると、三人とも席を立って丁重に挨拶を交わす。再び席に着いて、


「信じられぬ。君らは正気か?」


 そうチャオが問えば、ひらひらと(ガル)を振って、


「正気、正気。かつてないほど正気さ。私とスク・ベクは、挙兵の(ウドゥル)より駆けどおしでここに来たのだ」


 ミヤーンは探るような目で言った。


「……で、俺に何の用だ?」


「言っただろう。力を貸してもらうぞ。かかる大事を聞いてしまったからには、いや(ブルウ)とは言わせぬ」


いやだ(ブルウ)! いやに決まっているだろう! まったく君ときたらいつもそうだ。だいたい俺が何の役に……」


 くどくどと不平を並べ立てようとしたが、チルゲイはそれを両手で制すると早口で言った。


「悪いが聞いてる暇がない。ミクケルを斬ってからにしてくれ」


 このひと言で諦めて(アマン)(つぐ)む。


 ここでチルゲイが話したことから、遠く(ホル)は奸臣の(エレグ)を冷やし、近く(オイル)盟友(アンダ)の憂を呼ぶことになる。まさしく義は孝に勝り、衆は個に先んじるとの(ヨス)は犯しがたく、口舌(ビルヂウル)をもって一城開き、謀計をもって一城を得るといったところ。果たしてチルゲイは何と言ったか。それは次回で。

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