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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
261/785

第六 六回 ①

ボッチギン詭計を用いて巧みに雄族を(あざむ)

アサン形名を説きて因りて猛将を擁す

 さて、ミクケル・カンに叛旗を(ひるがえ)したヒラトらは、アサン・セチェンの「先んずればすなわち人を制し、(おく)るればすなわち人に制せらる」の言葉(ウゲ)(したが)ってシモウル氏のアイルを襲い、族長(ノヤン)のマクシ・ヂェーを討ちとった。


 一方のカントゥカ率いるスンワ軍七千騎も、予定どおりウラカン氏のアイルを目指した。道中、ボッチギンが言った。


「相手はまだ我らの謀叛(ブルガ)を知らぬ。いたずらに攻撃するより策を用いよう」


「策とは?」


「すなわち『屋に上げて(はしご)(はず)す』と呼ばれる策だ」


「わけがわからぬ」


 カントゥカが(フムスグ)(しか)めて言えば、ボッチギンは笑って、


(チフ)を貸せ」


 (アクタ)を寄せて何ごとか(ささや)けば、その表情はみるみる喜色に変わる。やや興奮して言うには、


「さすがは渾沌郎君、妙計だ」


 このあと、カントゥカは兵を休めて夜が明けるのを待った。夜が明けると、スンワ軍は堂々と(トグ)を押し立てて、ウラカン氏の牧地(ヌントゥグ)に現れた。アイルからあわてて来意を問う使者がやってくる。カントゥカはこれを引見して言った。


「大事が出来(しゅったい)したゆえ、至急アイルを預かる将に会いたい」


「何が起こったのですか」


「カオエン氏が叛乱を起こした。よってこのカントゥカが勅命(ヂャルリク)を帯びて討伐に向かうのだ」


 使者は跳び上がらんばかりに驚くと、わなわなと震えつつ、


「そ、それは(ウネン)ですか?」


阿呆(アルビン)め! 偽言(クダル)でこれほどの兵が動くか!」


 使者があわてふためいて駆け去ると、カントゥカたちはその様子を見て大笑い。再び進軍を命じる。進んでいくと、幾人かの従臣(コトチン)を連れた男がおおあわてで駆けてくるのに出会った。カントゥカの姿(カラア)を見て言うには、


「おお、カントゥカ! カオエンが叛したとはまことか?」


「お前がアイルを預かる将か。それほどの男が何を愚かなことを。この旗を見よ、大カンの在るスンワの正規軍のものだぞ。ゆえなく動かすことなどできようか」


 ウラカンの将はすっかり青ざめて、


「ま、まさしく……。では真に……」


「くどい! まもなくカンの正使も到ろうぞ」


 将は驚いて、ともかくカントゥカとボッチギンをゲルへ案内する。将はフフブルと名乗った。カントゥカは数人の兵を従えてゲルに入る。ボッチギンは周囲に抜かりなく兵を配した。また密かに兵を分けて厩舎(アラチュグ)食糧庫(サン)などの要所を押さえた。


 ウラカン氏の族長(ノヤン)はイシの知事(ダルガチ)ツォトンであるが、もちろんここにはいない。その留守(アウルグ)を預かるフフブルは、二人を客座に着かせると改めて尋ねた。


「カオエンが叛したとのことだが……」


 カントゥカはおもむろに(アマン)を開くと、


いかにも(ヂェー)。執政のヒラトが逃亡(オロア)して兵を挙げた。大カンは近衛軍(ケシクテン)を率いて先行している」


「わ、我々も兵馬を整えるべきだろうか」


 蒼白な(ヌル)で問えば、ボッチギンが答えて、


「大カンの使者が命を携えて来るだろう。準備はしておいたほうがよい」


わかった(ヂェー)。諸将に急を告げよう」


 すぐに部将たちが集められ、カオエン造反が告げられた。みな驚き、耳を疑ったが、何も言わずにただ(うつむ)く。フフブルも狼狽(うろた)えるばかりで、(ニドゥ)をしばたたかせながらカントゥカらの顔色を窺う。カントゥカは傍ら(デルゲ)のボッチギンに(ささや)いた。


「ウラカンに人はおらぬのか。魯鈍な奴ばかりだ」


 やはり低く答えて、


「やりやすいではないか。もっともウラカンで有能なのは、ツォトンとカトメイの父子だけだが」


「まさしく」


 と、そこへあわただしく駈け込んできたものがあった。言うには、


「勅使が参りました!」


「と、通せ」


 フフブルがわななく(ダウン)で言うと、軍装の男が二人入ってきた。カントゥカたちはそっと立ち上がって、諸将の陰に隠れる。二人の使者はそれに気づくことなく傲然と言うには、


永えの(モンケ・テンゲリ)天の力(・イン・クチュン)にて(・ドゥル)、大カンの勅命を伝える。カオエンのヒラトが(バルアナチャ)を率いて造反の暴挙に及んだ。ついては……」


 諸将の顔に緊張の色が走る。


 と、そのとき、


「ははは、ここにあるものはすでに承知しておるわ!」


 (にわ)かに大声を挙げてカントゥカが進み出たので、勅使は驚愕のあまり目を見開いて身動きもできない。やっとのことで言うには、


「お、お、お前はカントゥカ……」


「ウラカンの人衆(ウルス)はミクケルには(くみ)せぬぞ! 我らとともに悪逆非道の(エルキム)を討ち滅ぼすと誓ったわ!」


 そう叫ぶや否や、腰に吊るした戦斧を一閃、たちまち一人の顔を叩き潰してしまった。

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