第六 六回 ①
ボッチギン詭計を用いて巧みに雄族を誑き
アサン形名を説きて因りて猛将を擁す
さて、ミクケル・カンに叛旗を翻したヒラトらは、アサン・セチェンの「先んずればすなわち人を制し、後るればすなわち人に制せらる」の言葉に順ってシモウル氏のアイルを襲い、族長のマクシ・ヂェーを討ちとった。
一方のカントゥカ率いるスンワ軍七千騎も、予定どおりウラカン氏のアイルを目指した。道中、ボッチギンが言った。
「相手はまだ我らの謀叛を知らぬ。いたずらに攻撃するより策を用いよう」
「策とは?」
「すなわち『屋に上げて梯を抽す』と呼ばれる策だ」
「わけがわからぬ」
カントゥカが眉を顰めて言えば、ボッチギンは笑って、
「耳を貸せ」
馬を寄せて何ごとか囁けば、その表情はみるみる喜色に変わる。やや興奮して言うには、
「さすがは渾沌郎君、妙計だ」
このあと、カントゥカは兵を休めて夜が明けるのを待った。夜が明けると、スンワ軍は堂々と旗を押し立てて、ウラカン氏の牧地に現れた。アイルからあわてて来意を問う使者がやってくる。カントゥカはこれを引見して言った。
「大事が出来したゆえ、至急アイルを預かる将に会いたい」
「何が起こったのですか」
「カオエン氏が叛乱を起こした。よってこのカントゥカが勅命を帯びて討伐に向かうのだ」
使者は跳び上がらんばかりに驚くと、わなわなと震えつつ、
「そ、それは真ですか?」
「阿呆め! 偽言でこれほどの兵が動くか!」
使者があわてふためいて駆け去ると、カントゥカたちはその様子を見て大笑い。再び進軍を命じる。進んでいくと、幾人かの従臣を連れた男がおおあわてで駆けてくるのに出会った。カントゥカの姿を見て言うには、
「おお、カントゥカ! カオエンが叛したとはまことか?」
「お前がアイルを預かる将か。それほどの男が何を愚かなことを。この旗を見よ、大カンの在るスンワの正規軍のものだぞ。ゆえなく動かすことなどできようか」
ウラカンの将はすっかり青ざめて、
「ま、まさしく……。では真に……」
「くどい! まもなくカンの正使も到ろうぞ」
将は驚いて、ともかくカントゥカとボッチギンをゲルへ案内する。将はフフブルと名乗った。カントゥカは数人の兵を従えてゲルに入る。ボッチギンは周囲に抜かりなく兵を配した。また密かに兵を分けて厩舎や食糧庫などの要所を押さえた。
ウラカン氏の族長はイシの知事ツォトンであるが、もちろんここにはいない。その留守を預かるフフブルは、二人を客座に着かせると改めて尋ねた。
「カオエンが叛したとのことだが……」
カントゥカはおもむろに口を開くと、
「いかにも。執政のヒラトが逃亡して兵を挙げた。大カンは近衛軍を率いて先行している」
「わ、我々も兵馬を整えるべきだろうか」
蒼白な顔で問えば、ボッチギンが答えて、
「大カンの使者が命を携えて来るだろう。準備はしておいたほうがよい」
「わかった。諸将に急を告げよう」
すぐに部将たちが集められ、カオエン造反が告げられた。みな驚き、耳を疑ったが、何も言わずにただ俯く。フフブルも狼狽えるばかりで、目をしばたたかせながらカントゥカらの顔色を窺う。カントゥカは傍らのボッチギンに囁いた。
「ウラカンに人はおらぬのか。魯鈍な奴ばかりだ」
やはり低く答えて、
「やりやすいではないか。もっともウラカンで有能なのは、ツォトンとカトメイの父子だけだが」
「まさしく」
と、そこへあわただしく駈け込んできたものがあった。言うには、
「勅使が参りました!」
「と、通せ」
フフブルがわななく声で言うと、軍装の男が二人入ってきた。カントゥカたちはそっと立ち上がって、諸将の陰に隠れる。二人の使者はそれに気づくことなく傲然と言うには、
「永えの天の力にて、大カンの勅命を伝える。カオエンのヒラトが衆を率いて造反の暴挙に及んだ。ついては……」
諸将の顔に緊張の色が走る。
と、そのとき、
「ははは、ここにあるものはすでに承知しておるわ!」
卒かに大声を挙げてカントゥカが進み出たので、勅使は驚愕のあまり目を見開いて身動きもできない。やっとのことで言うには、
「お、お、お前はカントゥカ……」
「ウラカンの人衆はミクケルには与せぬぞ! 我らとともに悪逆非道の主を討ち滅ぼすと誓ったわ!」
そう叫ぶや否や、腰に吊るした戦斧を一閃、たちまち一人の顔を叩き潰してしまった。




