第六 五回 ①
カントゥカ吏を殺して敵地に兵馬を奪い
アサン理を示して諸将に計策を陳べる
さて、大カンのオルドで四姦に糾弾されたヒラトはあわてて飛び出すと、矮狻猊タケチャクとともにアサン父子を救い出して逃走した。
だが途中、アサンの父ヘンケ・セチェンを喪う。三人は悲憤慷慨しつつ駆け続けたが、一向に追撃を振りきることができずにいた。
そこに偶々旧知の妖豹姫ガネイが馬群を連れているのに遇った。彼女は多くを聞かずに、荒馬を追撃の侍衛兵の中に放って三人を逃がした。
何とか危地を脱することができたので、三人はほっと胸を撫で下ろす。ガネイの身を案じながらなおもしばらく進んでいると、卒かに前方に砂塵が上がるのが見えた。
「どこの軍勢だ? よもや……」
身構えていたが、タケチャクが突如として歓喜の声を挙げる。テンゲリを指して言うには、
「おお、あれは! ヒラト、アサン、あれを見ろ!」
指差すほうを見れば、軍を先導するかのごとく舞う大鷹の雄姿。
「あれは蒼鷹娘のモンケ(※鷹の名)ではないか!?」
タケチャクの予想のとおり、果たしてそれは蒼鷹娘ササカ率いる三百騎の軍勢だった。ササカは三人の姿を認めると、駆け寄ってこれを迎えた。ヒラトが満面に笑みを浮かべて、
「おお、ササカ。よく迎えに来てくれた」
答えて言うには、
「奇人が行けって言ったのよ」
「チルゲイが? 奴はどうした」
「そう言い残して、スク・ベクと一緒にイシへ向かったわ」
ともかくヒラトらは改めて謝辞を述べると、用意された替馬に騎り替えてアイルを目指した。道中、ササカはヘンケの最期を聞かされて涙で美貌を濡らした。のみならず軍中に襟を濡らさぬものはなく、みなひとしく復讐を誓った。
何とかアイルに戻れば、娃白貂クミフや、笑破鼓クメンがこれを迎えておおいに沸き立つ。しかしここでもヘンケの死が伝えられると、誰もが憤って断腸の思いに身を焦がした。ヒラトは群衆を前に叫んで言うには、
「かくも非道の主を戴くことはできぬ! テンゲリに替わってヘンケ・セチェンの仇を討ち、旧弊を一掃するのだ!」
人衆は応じてわっと喊声を挙げる。チルゲイの建策によって、すでにカオエン軍七千騎はいつでも出撃できるよう整えられていた。また女や子どもはゲルを畳み、雪花姫カコに従って南へ去った。
ヒラトは早速全軍を編成し、花貌豹サチを先鋒とし、蒼鷹娘ササカと娃白貂クミフを副将とした。さらに自らはアサンを伴って中軍にあり、後軍は笑破鼓クメンにこれを率いさせた。矮狻猊タケチャクには遊軍を預けた。
次いで、ネサク氏、ダマン氏に急使を立てて約会の地を知らせた。彼らもすでに兵甲を整えており、併せて五千騎が来るはずだった。
また近隣の小氏族にも使者を派遣して、ヘンケ・セチェンが討たれたことを報せて決起を呼びかけた。すなわちクムドゥ氏、ナイドゥク氏、アイバン氏、タガラン氏などの類である。
これらの小氏族は、特に奸臣に搾取されること甚だしく、多くのものが処刑追放されていた。またそれゆえ族長が若い世代に交代していたため、事と次第によってはともに起つことを期待できた。
それだけの手配をすませると、ヒラトはいよいよ進軍を命じた。
「いざ約会の地へ」
こうして叛カンの旗の下、ついに好漢たちは立ち上がったのであるが、いかんせん兵力においてはまだカンに分があった。
叛乱軍は、カオエン氏、ネサク氏、ダマン氏を中心に一万二千騎ほどだったが、対するミクケルは近衛軍だけでも一万騎を数え、これに加えて大はスンワ氏、シモウル氏、ウラカン氏があり、小はイギタ氏、ウランダン氏などがあった。
その総力を結集すれば、四万騎を優に超える。軍備が整わないうちにこれを叩くべきだった。さらに南方でのチルゲイらの策動が外れれば、イシ、カムタイに常駐している併せて二万近い兵まで北上してくる恐れがある。
「まだスンワにあるカントゥカが、どれだけの兵を抜いてこられるか……」
ヒラトは誰にともなく呟いた。これを聞いたアサンが言った。
「スンワ氏は必ず二分されましょう。ミクケルの足許が揺らげば、他氏の族長も趨勢を見ないわけにはいきますまい」
「そううまく運ぶだろうか」
「カントゥカとボッチギンがいるのです。心配は要りません」
アサンはヒラトを励ましつつ軍を進めたが、くどくどしい話は抜きにする。




