表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻五
257/785

第六 五回 ①

カントゥカ吏を殺して敵地に兵馬を奪い

アサン理を示して諸将に計策を()べる

 さて、大カンのオルドで四姦(ドルベン・クラガイ)に糾弾されたヒラトはあわてて飛び出すと、矮狻猊(わいさんげい)タケチャクとともにアサン父子を救い出して逃走(オロア)した。


 だが途中、アサンの(エチゲ)ヘンケ・セチェンを(うしな)う。三人は悲憤慷慨しつつ駆け続けたが、一向に追撃を振りきることができずにいた。


 そこに偶々(たまたま)旧知の妖豹姫ガネイが馬群(アドゥ)を連れているのに()った。彼女は多くを聞かずに、荒馬(エムネグ)を追撃の侍衛兵(トゥルガグ)の中に放って三人を逃がした。


 何とか危地を脱することができたので、三人はほっと(オモリウド)を撫で下ろす。ガネイの身を案じながらなおもしばらく進んでいると、(にわ)かに前方に砂塵が上がるのが見えた。


「どこの軍勢だ? よもや……」


 身構えていたが、タケチャクが突如として歓喜(ヂルガラン)(ダウン)を挙げる。テンゲリを指して言うには、


「おお、あれは! ヒラト、アサン、あれを見ろ!」


 指差すほうを見れば、軍を先導するかのごとく舞う大鷹(シバウン)の雄姿。


「あれは蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)のモンケ(※鷹の名)ではないか!?」


 タケチャクの予想(ヂョン)のとおり、果たしてそれは蒼鷹娘ササカ率いる三百騎の軍勢だった。ササカは三人の姿(カラア)を認めると、駆け寄ってこれを迎えた。ヒラトが満面に笑みを浮かべて、


「おお、ササカ。よく迎えに来てくれた」


 答えて言うには、


「奇人が行け(ヤブ)って言ったのよ」


「チルゲイが? 奴はどうした」


「そう言い残して、スク・ベクと一緒にイシへ向かったわ」


 ともかくヒラトらは改めて謝辞を述べると、用意された替馬(コトル)()り替えてアイルを目指した。道中、ササカはヘンケの最期を聞かされて涙で美貌(オンゲ)を濡らした。のみならず軍中に(ヂャカ)を濡らさぬものはなく、みなひとしく復讐(オソン)を誓った。


 何とかアイルに戻れば、娃白貂(あいはくちょう)クミフや、笑破鼓クメンがこれを迎えておおいに沸き立つ。しかしここでもヘンケの死が伝えられると、誰もが(いきどお)って断腸の思いに身を焦がした。ヒラトは群衆(バルアナチャ)を前に叫んで言うには、


「かくも非道の(エルキム)を戴くことはできぬ! テンゲリに替わってヘンケ・セチェンの(オソル)を討ち、旧弊を一掃するのだ!」


 人衆(ウルス)は応じてわっと喊声を挙げる。チルゲイの建策によって、すでにカオエン軍七千騎はいつでも出撃できるよう整えられていた。また(ブスクイ)子ども(クウヘド)はゲルを畳み、雪花姫(ツァサン・ツェツェク)カコに従って(ウリダ)へ去った。


 ヒラトは早速全軍を編成し、花貌豹サチを先鋒(ウトゥラヂュ)とし、蒼鷹娘ササカと娃白貂クミフを副将とした。さらに自らはアサンを伴って中軍(イェケ・ゴル)にあり、後軍(ゲヂゲレウル)は笑破鼓クメンにこれを率いさせた。矮狻猊タケチャクには遊軍を預けた。


 次いで、ネサク氏、ダマン氏に急使(グユクチ)を立てて約会(ボルヂャル)(ガヂャル)を知らせた。彼らもすでに兵甲を整えており、併せて五千騎が来るはずだった。


 また近隣(サーハルト)の小氏族(オノル)にも使者を派遣して、ヘンケ・セチェンが討たれたことを報せて決起を呼びかけた。すなわちクムドゥ氏、ナイドゥク氏、アイバン氏、タガラン氏などの類である。


 これらの小氏族(オノル)は、特に奸臣に搾取されること甚だしく、多くのものが処刑追放されていた。またそれゆえ族長(ノヤン)が若い世代に交代していたため、事と次第によってはともに起つことを期待できた。


 それだけの手配をすませると、ヒラトはいよいよ進軍を命じた。


「いざ約会の地へ」


 こうして叛カンの(トグ)の下、ついに好漢(エレ)たちは立ち上がったのであるが、いかんせん兵力においてはまだカンに分があった。


 叛乱軍(ブルガ)は、カオエン氏、ネサク氏、ダマン氏を中心に一万二千騎ほどだったが、対するミクケルは近衛軍(ケシクテン)だけでも一万騎(トゥメン)を数え、これに加えて大はスンワ氏、シモウル氏、ウラカン氏があり、小はイギタ氏、ウランダン氏などがあった。


 その総力を結集すれば、四万騎を優に超える。軍備が整わないうちにこれを叩くべきだった。さらに南方でのチルゲイらの策動が外れれば、イシ、カムタイに常駐している併せて二万近い兵まで北上してくる恐れがある。


「まだスンワにあるカントゥカが、どれだけの兵を抜いてこられるか……」


 ヒラトは誰にともなく呟いた。これを聞いたアサンが言った。


「スンワ氏は必ず二分されましょう。ミクケルの足許(あしもと)が揺らげば、他氏の族長(ノヤン)も趨勢を見ないわけにはいきますまい」


「そううまく運ぶだろうか」


「カントゥカとボッチギンがいるのです。心配は要りません」


 アサンはヒラトを励ましつつ軍を進めたが、くどくどしい話は抜きにする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ