第五 六回 ①
ドルベン義君の影を射て闇中に消え
インジャ侍女の言に覚りて妻妾を恕す
さて、山塞軍はナオルら四人の好漢をタムヤ城内に送り込み、城を抜く準備を進めていた。
その夜、そうとは知らぬ小ジョンシの主ウルゲンは、上機嫌でドルベン・トルゲを相手に杯を傾けていた。
「四頭豹よ、お前の言うとおり城を奪って正解だったわ。フドウの小僧も二万の兵を擁しながら、ただ手を拱いておるばかりだ。そのうち諦めて退くであろう」
「そうであればよいのですが」
「ふふん、心配性だな。この城を破ることなどできん」
ドルベンは眉根に皺を寄せて、
「まあ、おそらく敵の辛抱もそろそろ限界でしょう。一旦軍を退くに違いありません。そのあとのことですが……」
「何だ?」
「城壁を拡張しましょう。外側にもうひと環り壁を築くのです。またミクケル・カンに使者を送り、再びこれと結びましょう。イシの知事ツォトンが仲介の労を執ってくれます。以前と違って山塞軍を破った実績がありますれば、先方から擦り寄ってくるはずです」
「ふふん、一度は我らを見放したというのに恥知らずな」
「憤りはもっともですが……」
「解っている。ふふふ、それにしてもこの戦は痛快だ。フドウの小僧の落胆した様子が目に浮かぶぞ」
そう言うと杯をひと息に干し、げらげらと嗤う。ドルベンは一礼すると、悦に入っているウルゲンを残してその場を辞した。
四頭豹は自邸へ戻る途中、ふと遠くで何かが爆発したと思しき音を耳にして、立ち止まった。
「何だ、今の音は。聞き違いか?」
呟いて耳をすませたが、何も聞こえない。再び歩きだそうとしたときである。
どん、とまたしても爆発音が響いた。はっとして目を上げたところへ次々に爆音が届く。それも街の方々から連続して起こる。今やはっきりとその音の正体に想到して、
「いかん!」
あわてて駈け戻りつつ、叫んで言うには、
「誰か、今の爆発が何か査べてまいれ!」
あわててウルゲンに再び見えると、彼もまた気づいていたらしく不審な面持ちで尋ねた。
「おお、四頭豹。今の音は何だ?」
「もしやすると敵襲かもしれません。早急に出陣のご用意を」
「何だと!?」
ウルゲンは思わず杯を取り落とす。かまわず退出すると、急いで命を下して兵を整えた。そこへあわてて伝令が駈け込んでくる。
「ドルベン様! 街の各処が爆破され、炎上しております!」
「解っている。何処だ?」
その伝令は即座に答えられない。ドルベンは苛立って、
「しかと確かめてまいれ!」
とてこれを追い出す。なおも待機して報告を待っていると、続々と急を告げる早馬が至る。
「厩舎、糧秣庫および北門付近の城壁が破壊されました!」
「東門周辺の城壁の一部が崩れました!」
「街の東北から出火しました。こちらは放火かと……」
そうするうちにもまたひとつ爆音が轟く。
「ちっ、あれは南門の方角か」
舌打ちすると即座に指令を出して、
「一隊は糧秣庫の消火に回れ。おそらく敵軍の仕業ぞ。残りの兵は南門の守備に向かう!」
そこへ赤い顔のウルゲンがやっと鎧を纏って現れたが、前合後仰して足取りも怪しい有様。
「ど、ど、どうした?」
「敵の間諜が入り込んでいたようです。城壁が数箇所に亘って破壊されました。まもなく敵が乗り込んできましょう」
それを聞くと、ひっと喉を鳴らしてその場に座り込んでしまう。
「何をしているのです! 守らねば敗れますぞ!」
叱咤したが、聞こえているのか、
「もう無理だ、奴らの強さは知っておる。城壁を破られては勝算がない」
「何を弱気な! さあ、馬に!」
強いてこれを馬に騎せると、兵を連れて街路を駆ける。南門に至ればすでに激しい戦闘が始まっている。それを見てまたもウルゲンは馬首を返そうとしたが、その手綱を抑えて、
「まだ敵の侵入を許したわけではありません。みなが奮戦しているうちに加勢すれば勝機はあります」
「ま、ま、委せる」
ウルゲンはすっかり戦意を喪失している。気づかれぬようドルベンは舌打ちすると、決然と馬上に胸を反らして、大声で言うには、
「金鼓を鳴らせ! 何としてもここを死守するのだ!」
応じて盛大に金鼓が打ち鳴らされる。




