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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
221/785

第五 六回 ①

ドルベン義君の影を射て闇中に消え

インジャ侍女の言に(さと)りて妻妾を(ゆる)

 さて、山塞軍はナオルら四人の好漢(エレ)をタムヤ城内に送り込み、(バラガスン)を抜く準備を進めていた。


 その夜、そうとは知らぬ小ジョンシの(エルキム)ウルゲンは、上機嫌でドルベン・トルゲを相手に杯を傾けていた。


「四頭豹よ、お前の言うとおり城を奪って正解だったわ。フドウの小僧(ニルカ)も二万の兵を擁しながら、ただ(ガル)(こまぬ)いておるばかりだ。そのうち諦めて退くであろう」


「そうであればよいのですが」


「ふふん、心配性だな。この城を破ることなどできん」


 ドルベンは眉根に皺を寄せて、


「まあ、おそらく(ブルガ)の辛抱もそろそろ限界でしょう。一旦軍を退()くに違いありません。そのあとのことですが……」


「何だ?」


城壁(へレム)を拡張しましょう。外側にもうひと(めぐ)り壁を築くのです。またミクケル・カンに使者を送り、再びこれと結びましょう。イシの知事(ダルガチ)ツォトンが仲介の労を()ってくれます。以前と違って山塞軍を破った実績がありますれば、先方から擦り寄ってくるはずです」


「ふふん、一度は我らを見放したというのに恥知らずな」


(いきどお)りはもっともですが……」


「解っている。ふふふ、それにしてもこの(ソオル)は痛快だ。フドウの小僧の落胆した様子が(ニドゥ)に浮かぶぞ」


 そう言うと杯をひと息に干し、げらげらと(わら)う。ドルベンは一礼すると、悦に入っているウルゲンを残してその場を辞した。




 四頭豹は自邸へ戻る途中、ふと遠く(ホル)で何かが爆発したと(おぼ)しき音を(チフ)にして、立ち止まった。


「何だ、今の音は。聞き違いか?」


 呟いて耳をすませたが、何も聞こえない。再び歩きだそうとしたときである。


 どん、とまたしても爆発音が響いた。はっとして目を上げたところへ次々に爆音が届く。それも(バリク)の方々から連続して起こる。今やはっきりとその音の正体に想到して、


「いかん!」


 あわてて駈け戻りつつ、叫んで言うには、


「誰か、今の爆発が何か(しら)べてまいれ!」


 あわててウルゲンに再び(まみ)えると、彼もまた気づいていたらしく不審な面持ちで尋ねた。


「おお、四頭豹。今の音は何だ?」


「もしやすると敵襲かもしれません。早急に出陣のご用意を」


「何だと!?」


 ウルゲンは思わず杯を取り落とす。かまわず退出すると、急いで(カラ)を下して兵を整えた。そこへあわてて伝令が駈け込んでくる。


「ドルベン様! (バリク)の各処が爆破され、炎上しております!」


「解っている。何処だ?」


 その伝令は即座に答えられない。ドルベンは苛立って、


「しかと確かめてまいれ!」


 とてこれを追い出す。なおも待機して報告を待っていると、続々と急を告げる早馬(グユクチ)が至る。


厩舎(アラチュグ)糧秣庫(サン)および北門付近の城壁が破壊されました!」


「東門周辺の城壁の一部が崩れました!」


(バリク)の東北から出火しました。こちらは放火かと……」


 そうするうちにもまたひとつ爆音が轟く。


「ちっ、あれは南門の方角か」


 舌打ちすると即座に指令を出して、


「一隊は糧秣庫の消火に回れ。おそらく敵軍の仕業ぞ。残りの兵は南門の守備に向かう!」


 そこへ赤い(ヌル)のウルゲンがやっと鎧を(まと)って現れたが、前合後仰して足取りも怪しい有様。


「ど、ど、どうした?」


「敵の間諜が入り込んでいたようです。城壁が数箇所に(わた)って破壊されました。まもなく敵が乗り込んできましょう」


 それを聞くと、ひっと(ホオライ)を鳴らしてその場に座り込んでしまう。


「何をしているのです! 守らねば敗れますぞ!」


 叱咤したが、聞こえているのか、


「もう無理だ、奴らの強さは知っておる。城壁を破られては勝算がない」


「何を弱気な! さあ、(アクタ)に!」


 ()いてこれを馬に()せると、兵を連れて街路を駆ける。南門に至ればすでに激しい戦闘(カドクルドゥアン)が始まっている。それを見てまたもウルゲンは馬首を返そうとしたが、その手綱(デロア)を抑えて、


「まだ敵の侵入を許したわけではありません。みなが奮戦しているうちに加勢すれば勝機はあります」


「ま、ま、(まか)せる」


 ウルゲンはすっかり戦意を喪失している。気づかれぬようドルベンは舌打ちすると、決然と馬上に(チェエヂ)を反らして、大声で言うには、


「金鼓を鳴らせ! 何としてもここを死守するのだ!」


 応じて盛大に金鼓が打ち鳴らされる。

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