第五 四回 ①
義君タムヤを攻囲して万策を試み
紅郎インジャに謁見して火神を推す
さて、インジャの率いる二万騎の軍勢は、タムヤを占拠したウルゲンを討つべくオロンテンゲル山を下った。
客将四名を含む二十二名の好漢は、憤怒に燃えて西進した。というのも先に連丘で戦死したタロト部の右王マジカンと、エジシを逃すべく絶命したタンヤンの父クウイの弔い合戦でもあったからである。
先鋒のナオル軍は、道中格別のこともなくタムヤまであと十里というところに達した。まず飛生鼠ジュゾウが軽騎三百を率いて先行する。
すでにタムヤへは山塞軍出撃の報が届いており、四つの城門を閉ざして防備の構えを整えつつあった。城壁の側まで近づいて探ったが、敵は迎撃に出る気配もなく、斥候の任務を十分に果たすことができた。いささか気が削がれたので、
「矢の一本も飛んでこぬ。ひとつ揶揄ってやろう」
そう言うと、三百の兵を東門の前にずらりと並べて一斉に喊声を挙げさせた。にもかかわらず応答はなく、城内は静まりかえっている。
「ははは、臆したか」
せせら笑うと、散々に罵りながら退いた。ナオルに復命して、
「正面から探ってきましたが、敵は中で震えているようで何の反応もありませんでした」
ナオルはひどく怪しんで、トオリルに諮って言った。
「何か奸計があるのだろうか?」
「まだ判りません。とりあえず寄せてみましょう」
そこで前軍五千はタムヤに押し寄せて堂々と布陣した。ジュゾウは近辺を隈なく査べたが、兵を伏せた形跡はない。そこで金鼓の音も高らかに、軍中からアネクがカミタの二将を随えて進み出た。
「テンゲリに仇なす愚者を、テンゲリに替わって懲らしめに来たぞ! 羞じる心があるなら、出てきて死闘せん!」
美声を張って挑戦すれば、これに応えるように城内から銅鑼が鳴り響く。城壁沿いにどっと旌旗が押し立てられ、わっと喊声が挙がった。しかし門はしっかりと閉ざされたまま。
アネクは苛立つと、さらに挑発して言った。
「誰か私と手を合わせようという丈夫はいないのかい?」
門の前をぐるぐると回ってみたが誰も出てこない。ドクト、オノチも散々に罵言を並べる。すると門の上から、
「騒いでないで攻めてきたらどうだ。囀るばかりでは戦にならぬぞ」
これを聞いてアネクの怒るまいことか、かっと頭に血を昇らせるや、得物をうち振るって城門に押し寄せようとした。兵衆も遅れては一大事と口々に喊声を挙げて殺到する。
再び金鼓が轟いたかと思うと、城壁の上に射手が現れて、一斉に矢を放つ。山塞の兵は次々とその餌食となる。アネクらも弓を手にして射返したが、虚しく空を切るばかり。
後方で望見していたナオルは、三人の身を案じてあわてて退却の銅鑼を鳴らす。アネクらはおおいに悔しがったが、命令には逆らえない。
城内からは嘲笑混じりの歓声が挙がる。それを聞いたドクトは忿りを新たにして馬首を廻らした。と、そのとき一本の矢が飛来して、肩口に突き刺さった。
ドクトは、ぎゃっと悲鳴を挙げて仰け反り、落馬する。敵軍からは大歓声。アネクとオノチはあわててこれを助けて退いた。ナオルが青ざめてこれを迎える。
「ドクト、傷はどうだ?」
「いやはや面目ない。うっかりした。何のこれしき、心配は無用」
しかしその顔はすっかり血の気を失っている。大事を取ってキノフのいる山塞に返すことにした。ドクトは頑強に抵抗したがナオルも譲らず、強いて車に押し込んで、ナハンコルジに山塞まで送らせた。
「ああ、敵に接して間もないのに、早くも一将に傷を負わせてしまった」
軽率に接近させたことを悔やんだが、みなでこれを励まして攻略の方策を話し合った。トオリルが言うには、
「これで敵の意図がある程度は解りました。あくまで籠城して門を開けぬつもりです。ここは待機して中軍の到着を待つのがよろしいでしょう」
ほかに妙案もないので、これに順うことになった。
一応、その後もアネク、オノチ、ジュゾウが城下に寄せてはみたが、同じことが繰り返されただけであった。以後は迂闊に攻めかかることは控えたので、両軍の間ではたいした戦闘は行われなかった。
そうこうするうちにインジャ率いる中軍が着いたとの報せ。ナオルは諸将とともにこれを迎えると、ドクトの負傷を告げて罰を請うた。インジャは驚き、怒ったが、ナオルを咎めることはなかった。前軍の諸将は陳謝して闘志を新たにした。
インジャは早速軍議を開いた。ナオルが敵情を陳べると、みな眉間に皺を寄せて唸った。トオリルが残念そうに言うには、
「まったく門を開く気はなさそうです」
「ともかく明日から交替で攻めかかってみよう。敵は僅か三千、そのうちに疲れが見えるはず。そうなれば焦って撃って出ることもあろう。まずは包囲して圧力を加えよう」
異を唱えるものもなかったので、即座にタムヤを囲んで布陣する。まさに蟻の這い出る隙間もなく、メンドゥ河に接した西側を除いて完全に包囲した。




