表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻四
213/785

第五 四回 ①

義君タムヤを攻囲して万策を試み

紅郎インジャに謁見して火神を推す

 さて、インジャの率いる二万騎の軍勢は、タムヤを占拠したウルゲンを討つべくオロンテンゲル(アウラ)を下った。


 客将四名を含む二十二名の好漢(エレ)は、憤怒(アウルラアス)に燃えて西進した。というのも先に連丘で戦死したタロト部の右王マジカンと、エジシを逃すべく絶命したタンヤンの(エチゲ)クウイの弔い合戦でもあったからである。


 先鋒(アルギンチ)のナオル軍は、道中格別のこともなくタムヤまであと十里というところに達した。まず飛生鼠ジュゾウが軽騎三百を率いて先行する。


 すでにタムヤへは山塞軍出撃の報が届いており、四つの城門(エウデン)を閉ざして防備の構えを整えつつあった。城壁(ヘレム)の側まで近づいて探ったが、(ブルガ)は迎撃に出る気配もなく、斥候(カラウルスン)任務(アルバ)を十分に果たすことができた。いささか気が()がれたので、


「矢の一本も飛んでこぬ。ひとつ揶揄(からか)ってやろう」


 そう言うと、三百の兵を東門の前にずらりと並べて一斉に喊声を挙げさせた。にもかかわらず応答はなく、城内は静まりかえっている。


「ははは、臆したか」


 せせら笑うと、散々に罵りながら退いた。ナオルに復命して、


「正面から探ってきましたが、敵は中で震えているようで何の反応もありませんでした」


 ナオルはひどく怪しんで、トオリルに(はか)って言った。


「何か奸計があるのだろうか?」


「まだ判りません。とりあえず寄せてみましょう」


 そこで前軍五千はタムヤに押し寄せて堂々と布陣した。ジュゾウは近辺を(くま)なく(しら)べたが、兵を伏せた形跡はない。そこで金鼓の音も高らか(ホライタラ)に、軍中からアネクがカミタの二将を(したが)えて進み出た。


「テンゲリに仇なす愚者を、テンゲリに替わって懲らしめに来たぞ! 羞じる(セトゲル)があるなら、出てきて死闘せん(ウクルドゥイエー)!」


 美声を張って挑戦すれば、これに応えるように城内から銅鑼が鳴り響く。城壁沿いにどっと旌旗(トグ)が押し立てられ、わっと喊声が挙がった。しかし門はしっかりと閉ざされたまま。


 アネクは苛立つと、さらに挑発して言った。


「誰か私と手を合わせようという丈夫(エレ)はいないのかい?」


 門の前をぐるぐると回ってみたが誰も出てこない。ドクト、オノチも散々に罵言を並べる。すると門の上から、


「騒いでないで攻めてきたらどうだ。(さえず)るばかりでは(ソオル)にならぬぞ」


 これを聞いてアネクの怒るまいことか、かっと(テリウ)(ツォサン)を昇らせるや、得物をうち振るって城門に押し寄せようとした。兵衆も遅れては一大事と口々に喊声を挙げて殺到する。


 再び金鼓が轟いたかと思うと、城壁の上に射手(ホルチン)が現れて、一斉に矢を放つ。山塞の兵は次々とその餌食となる。アネクらも弓を(ガル)にして射返したが、虚しく空を切るばかり。


 後方で望見していたナオルは、三人の身を案じてあわてて退却の銅鑼を鳴らす。アネクらはおおいに悔しがったが、命令(カラ)には逆らえない。


 城内からは嘲笑混じりの歓声が挙がる。それを聞いたドクトは忿(いか)りを新たにして馬首を(めぐ)らした。と、そのとき一本の矢が飛来して、肩口(ムル)突き刺さった(カドゥグタダアス)


 ドクトは、ぎゃっと悲鳴を挙げて()()り、落馬する。敵軍からは大歓声。アネクとオノチはあわててこれを助けて退いた。ナオルが青ざめてこれを迎える。


「ドクト、傷はどうだ?」


「いやはや面目ない。うっかりした。何のこれしき、心配は無用」


 しかしその(ヌル)はすっかり血の気を失っている。大事を取ってキノフのいる山塞に返すことにした。ドクトは頑強(コキル)に抵抗したがナオルも譲らず、()いて(テルゲン)に押し込んで、ナハンコルジに山塞まで送らせた。


「ああ、敵に接して間もないのに、早くも一将に傷を負わせてしまった」


 軽率に接近(カルク)させたことを悔やんだが、みなでこれを励まして攻略の方策を話し合った。トオリルが言うには、


「これで敵の意図(オロ)がある程度は解りました。あくまで籠城して門を開けぬつもりです。ここは待機して中軍(イェケ・ゴル)の到着を待つのがよろしいでしょう」


 ほかに妙案もないので、これに(したが)うことになった。


 一応、その後もアネク、オノチ、ジュゾウが城下に寄せてはみたが、同じことが繰り返されただけであった。以後は迂闊に攻めかかることは控えたので、両軍の間ではたいした戦闘(カドクルドゥアン)は行われなかった。


 そうこうするうちにインジャ率いる中軍が着いたとの報せ。ナオルは諸将とともにこれを迎えると、ドクトの負傷を告げて罰を請うた。インジャは驚き、怒ったが、ナオルを(とが)めることはなかった。前軍の諸将は陳謝して闘志を新たにした。


 インジャは早速軍議を開いた。ナオルが敵情を()べると、みな眉間に皺を寄せて唸った。トオリルが残念そうに言うには、


「まったく門を開く気はなさそうです」


「ともかく明日から交替で攻めかかってみよう。敵は僅か三千、そのうちに疲れが見えるはず。そうなれば焦って撃って出ることもあろう。まずは包囲(ボソヂュ)して圧力を加えよう」


 異を唱えるものもなかったので、即座にタムヤを囲んで布陣する。まさに蟻の這い出る隙間もなく、メンドゥ(ムレン)に接した西側を除いて完全(ブドゥン)に包囲した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ