第三 一回 ①
アネク山道に三将を討って功を顕し
カントゥカ平原に四雄を退け軍を保つ
さて、アネクを先頭に山塞の一万三千騎はことごとく門を出て、ウリャンハタ一万騎との決戦に臨んだ。アネクは自慢の鉄鞭を掲げて、敵の前軍に突撃する。続くカトラ、タミチも名の知れた勇将。
対するウリャンハタからは、マムル、バクチェ、ボチュの三将が出て、これを迎え撃つ。
「さあ、命の惜しくない奴はかかっておいで!」
アネクが叫ぶと、まずはボチュが得物を執って打ちかかる。しかし一合も交えずに鉄鞭を喰らって落馬する。
「もっと強い漢はいないのか!」
鉄鞭の威力はいよいよ凄まじく、当たるべくもない。ベルダイの二千騎も勇を得て押しまくる。
マムルは二丁の短剣を自在に操る豪のものであったが、これもタミチの前には児戯に等しく戦場の露と消える。
残る一将、バクチェは独り奮戦したが、敵すべくもなく徐々に後退する。ミクケルは不利を覚って傍らのヤンテを加勢に出す。ところが、それを遮るようにコヤンサン率いる二千騎が突出する。
コヤンサンは戦が始まってから今日まで、辛抱に辛抱を重ねていたので怒気は上天を衝かんばかり、手の届くところは片端から討ちとろうと鼻息も荒く突撃したものだから、ヤンテはバクチェを助けるどころか、支えきれずにどっと浮足立つ。
そこをコヤンサンがアネクと兵を併せて突き崩せば、ウリャンハタ軍はおおいに乱れる。
「どいつもこいつもかかってきやがれ!」
コヤンサンはここぞとばかりに得物を振り回し、鬼神のようなはたらきで敵を薙ぎ倒す。運が悪いといえば彼の前に立ったこと、テンゲリに祈る暇もあらばこそ、血煙を上げては倒れ伏す。
乱戦の中、バクチェはアネクに、ヤンテはコヤンサンにそれぞれ一刀の下に討ちとられた。ミクケルは歯噛みして悔しがる。すると宿将のチトボが進み出て、
「私にお委せください。小娘にひと泡吹かせてご覧に入れましょう」
「おお、チトボ。お前なら安心だ。行って小娘を討ちとってまいれ」
チトボは巨体を揺すると、手勢を率いて前線に繰り出した。アネクは探すまでもなく戦場で武威ひと際輝いていた。チトボは群がる敵騎を薙ぎ倒しつつ、アネクに迫って言うには、
「やい、小娘。この俺と勝負しろ!」
アネクは一瞥をくれると、
「ふん、お前みたいな醜男に興味はないよ」
これにはもちろんおおいに怒り、得物の戦斧を振り回して打ちかかる。さっと身を躱せば戦斧は空を切った。アネクは内心思うに、
「鉄鞭ではあの斧は受けきれない。ここはわざと負けたふりをしよう」
そう決めるが早いか、さっと馬首を廻らした。
「逃げるか!」
怒ってこれを追えば、アネクは振り返って、
「その肥満した身体で追いつけるかしら。馬も息が上がってるじゃない」
チトボはぶるぶると唇を震わせ、顔を紫に染めた。その瞬間である。アネクはさっと弓を構えると、目にも留まらぬ早業で矢を放った。
「あっ!」
追うに必死だったチトボは、避けられずに額を射抜かれて落馬する。ウリャンハタの兵衆は、部族の誇る猛将があまりにあっさりと討ちとられてしまったのでおおいに動揺した。アネクはカトラ、タミチとともにすかさずこれを追い散らす。
チトボ討死の報が伝えられると、ミクケルはテンゲリを仰いで嘆いた。
「あの男は粗暴ではあったが、ともに苦労してきた宿将。それが小娘ごときに容易く敗れようとは……」
そうするところへ馬を飛ばしてきたものがあった。見ればカオエン氏のジュン・ヒラト。ミクケルは声を荒らげて言った。
「どうしたことだ、戦中に持ち場を離れるとは!」
「大カンに申し上げたきことがあって参りました」
その語気にただならぬものを感じたミクケルは問い返して、
「何だ」
「敵の勢い、当たるべからざるものがあります。イシャン様亡き今、アネクと五分に戦えるものもありません。数も劣勢なれば、一度退くべきかと存じますが」
ミクケルはおおいに怒って、
「臆病者め! ヒスワの前で大口を叩いておいて今さらおめおめ退けようか!」
「ここは辛抱が肝要です。一時の感情で大事を誤ってはなりません。西原にはまだ精鋭があって大カンの帰りを待っています。後日改めて雌雄を決すればよいではありませんか。今回は地の利を得なかっただけのこと、ウリャンハタが奴らに劣るわけではありません」
「黙れ!」
ヒラトの懸命の説得にもかかわらず、ミクケルはいよいよいきり立って叫んだ。
「断じて退かぬぞ! 中軍を前へ。わしが親ら蹴散らしてくれるわ」
「いけません! 大カンは百人長や千人長とは違います。軽挙に逸ってはなりません。もしものことがあってからでは……」
しかし言えば言うほど逆上して、
「うるさい! わしを侮っておるのか。小娘ごときにどうして遅れをとろう」
ヒラトの制止を振り払うと、左右に命じて中軍を前進させた。




