俺より可愛い奴なんていません。5-10
葵のいるグループも美雪も、北川達の明るい雰囲気により、会話は盛り上がっていた。
葵のいるテーブルでは、北川がとても気が利かせ、優しい男だったため、絶対に会話を切らす事は無く、大きな笑いや、目に見えるような盛り上がりはそこまで無かったが、それでもそれなりに盛り上がっていた。
それとは対照的に、河野や馬場がいるもう1つのテーブルでは、彼らの持ち前の明るさで場を盛り上げ、最初は2人だけが盛り上がっているようにも見えていたが、綾も打ち解けていくと彼らのノリに合わせ、美雪も笑顔を浮かべ楽しげに話していた。
食事会は進み、1時間ほどお互いのテーブルで会話を楽しむと、河野が再び唐突に、隣のテーブルに座る葵達にも聞こえ、それでいてそこまで迷惑にならない程度の声で声を上げた。
「よしッ! それじゃあ一頻り話したし、場所を変えよっかッ!!
こっちのテーブルでさっき、カラオケ行こうなんて盛り上がってたしね!」
河野の声は葵達のテーブルに座る全員の耳に届き、紗枝や七城は、周りの雰囲気の反応を伺うようにキョロキョロとし、佐々木や北川はそれに賛成していた。
葵は露骨に嫌そうな顔を浮かべて河野の顔を見ていたが、不意にあちら側のテーブルに座る女子2人の姿が見えた。
葵はそれに気になり視線を向けると、綾は葵を指さし馬鹿にするように、腹立たしい笑みを見せながら笑っており、美雪もまた、少し困り顔をし、申し訳なさそうにしていたが、それでも笑顔を葵に向けていた。
綾がバカにしたような笑いを向けてくるのは日常茶飯事で、大して気にならなかったが、美雪の表情はやけに気になっていた。
「大人数で行くカラオケは楽しいしね! みんなが良ければ行こうか?」
「賛成ッ! 超行きたいッ!!」
北川は清々しい笑顔で、呼びかけるとまだまだ北川と過ごしたい佐々木は大賛成をした。
北川の付き添いで来たと答えた里中も、特にそれに対して拒否する事は無かった。
「よし……、二宮さんや七城さんはどうする??」
紗枝も七城もまだ行くかどうか決められておらず、どうしようかと困った様子でお互い顔を見合わせた後、更に綾や美雪の方へも視線を向けた。
紗枝と七城の表情を見て、2人の迷いが伝わったのかスグに綾と美雪は口を開き、その発した言葉は葵には意外だった。
「行こ〜よ紗枝! 七城さんも!
きっと面白いものが見れるよ〜ッ」
「はいッ! 絶対後悔しないし、レアものですよ!!」
綾と美雪は、何故かカラオケに俄然やる気をみせており、待ち合わせをしている時に会った時に、今回の食事会自体をそこまで楽しみだと、思っていなさそうだった2人からそんな言葉を聞き、葵は驚いた。
そこから2人は、葵に聞こえないように声を一気落とし、コソコソと紗枝に話し始めた。
葵の所からでは流石に聞こえず、その光景をただ見ているしか出来なかったが、コソコソと話をする彼女達の反応がコロコロと変わるため、退屈では無かった。
紗枝の隣に座っていた七城も綾達の話を聞いており、一通り話し終えたのか、綾は耳打ちを止めると、紗枝と七城は再び北川の方へと向き直った。
「私もカラオケ行こうかな」
「行く! 行きます!」
キョロキョロと辺りを見渡し、あまり乗り気に見えなかった紗枝と七城だったが、綾と話した事によってあっさりと賛成へと意見を変え、賛成の数が大多数を占めてしまった。
そして、それぞれが賛成の意を述べた所で、まだ何の意見も言っていない里中と葵に必然的に視線が集まった。
綾や美雪はニヤニヤと笑いながら楽しそうに葵を見つめ、一方で七城と紗枝は真剣な表情で葵の答えを待っていた。
葵は嫌な予感しかしなかったが、とりあえず自分の答えは後に回そうと里中へと視線を向けた。
「俺は、敦の付き添いだから……。敦が行くなら行く」
里中は周りからの視線をものともせず、淡々とした様子で答えた。
(あいつは、何なんだ……? もういっそ、そっち系に見えてきてるんだが……)
里中の態度と答えに周りは静まり返ってしまい、葵は里中と北川の関係をもう疑っていた。
しかし、そんな事を考えている時間は無く、スグに再び葵は周りから視線を集めてしまった。
葵はそれに気付き、周りの雰囲気からして断る事を許してくれそうな雰囲気は無かった。
「はぁ〜……、一応、主催みたいなもんながらな。
俺が居ないところで変なトラブル起こされて、後から俺のせいにされちゃ堪らないし……」
葵は重いため息を吐いたあと、心底嫌そうな顔を浮かべながら、半ば自分に言い聞かせているような口調で、渋々承諾した。
葵の答えで、何故か綾達が湧いていたが、嫌な予感しかしない葵にはもうどうでもよかった。
「よしッ! じゃあ、カラオケに行こッ!
部活でいつも忙しいから久しぶりだな!」
「北川君のカラオケめっちゃ楽しみ〜!!」
意見が一致した事で、一斉にファミレスを出る準備を各々始め、楽しそうに声をあげる北川に、佐々木は可愛らしい声で反応していた。
一気にワイワイと賑やかになり、賑やかになればなるほど葵は憂鬱になっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
ファミレスを出た御一行は、カラオケBOXまで歩いて移動していた。
先頭には北川と佐々木が楽しそうに会話をしながら歩き、その後ろに着くように里中と馬場が会話しており、七城は加藤に絡まれていた。
そして、最後尾に仲の良い紗枝、綾、美雪と、思い足取りの葵が歩いてついて歩いていた。
「いやぁ〜、カラオケ楽しみですなぁ〜」
綾はわざとらしい口調で、葵を半分煽るような形でニヤニヤとしながら声を上げた。
「うん! 私も結構久しぶりだし、綾とはよく行ってたけど、美雪とは初めてだしね!?」
「はい! 私はあんまり自信ないですけど、紗枝さんも綾さんも凄く上手そうなんで楽しみですッ!
それに…………。」
紗枝と美雪は本当に仲良さげに楽しそうに会話をし、美雪は紗枝に答えた後、意味深に葵へと視線を向けた。
そして、それに続くように紗枝や綾も葵へと視線を向けた。
葵はたまたま最後尾を歩いていただけで、3人の会話に入っていたわけでは無かったが、そんな視線に気づかないわけは無く、ため息を付いた後、3人に視線を向け、ゆっくりと口を開いた。
「一体なんなんだ? さっきから……。
何を企んでるんだ? 加藤……」
「いや、アタシだけかよッ!」
葵は不機嫌そうに綾にそう投げかけると、綾はすかさずツッコミを入れていた。
3人は葵の不機嫌そうな態度にもう完全に慣れ、葵はこういった基本ローテーションだと分かっていたため、変に気を使ったりする事はもう無かった。
「紗枝さんや、綾さんの歌声ももちろん楽しみですけど、なんと言っても……、やっぱり一番気になってしまいますよね…………」
美雪は誰とは言わなかったが、葵にチラチラと視線を送りながら他の2人に問いかけるようにそう呟いた。
皆まで言わなくても美雪が何を言わんとしているのか、全員分かり、美雪と紗枝は好奇心満々といった様子で、綾は何故かバカにしたような笑みを葵に向けていた。
「はぁ〜……、やっぱりそんな事か…………」
葵はここに来るまでに色々と考えを巡らせていて、綾達が何を企んでいるのか幾つか候補を思いつき、その中の一つそれも含まれていた。
十中八九そんな事だろうと考えていた葵は、大して驚かず、ため息を付いて疲れた様子で呟いた。
「いやいや、立花って歌とか歌うの想像全く付かないし、凄い面白そうじゃん?」
綾はニヤニヤと不敵な笑みを浮べ、余程カラオケに自信があるのか完全に葵を下に見ている様子だった。
そして、綾の言葉に美雪と紗枝は首を縦に振り、興味津々といった様子だった。
「別にカラオケ行かないわけじゃないんだけどな……。
まぁ、それでもあんまし行かないか……」
葵は、少し考え込むような様子で過去を振り返り、最近はあんまりカラオケに行っていないことを思い出した。
「ほうほう、自信が無いと……?」
「いやいや綾、何だかんだ言って上手いかもよ? 立花君」
綾が挑発するようにそう言うと、紗枝は考えが違ったのか、すかさずそれを否定した。
「ですね、また綾さんが立花さんにドヤ顔されている未来が見えちゃってます……」
「なッ! 美雪まで立花の味方なの〜?? 今回は私自信あるって!
いつも何かと勝ち誇った面を見せてくる生意気な立花をねじ伏せてみせるッ」
美雪と紗枝は、立花の歌声を聞いた事は無かったが、期待しており、それは基本葵が何でも出来てしまうような、印象が強かったからだった。
葵は綾の歌声にも、勝ち負けにも興味が無かったため、それ以上会話に入ってくる事は無かった。
しかし、そんな葵でも少しだけ興味がある事があった。
(橋本って……、歌えんのか? 基本、恥ずかしがりだし、前に出るタイプじゃねぇしな……。
どんな歌を歌うんだ……? 弱々しく歌ってたらフォローとかした方がいいのか??)
葵は、自分の歌声を聞きたいが為に、ここまで付いてきている美雪の心配を密かにし、それと同時に彼女が歌声が気になっていた。




