俺より可愛い奴なんていません。4.5-1
2年生の生徒達の教室が並ぶ廊下。
桜祭に来た来場者や、桜祭を回って楽しむ桜木高校の生徒達を、自分たちのクラスの出し物に参加してもらおうと勧誘の声が行き交い、学校の廊下はいつもよりも活気づき、笑い声や明るい声が絶えず響いていた。
そんな廊下を、難しい表情を浮かべ、立花 葵は歩いていた。
今の葵は言うまでもなく、注目を集めており、男子はともかく女性からの視線も凄まじいものだった。
そこまではいつもの事だった、いつも通り視線を集め、葵の姿を見た者は、驚いた表情を浮かべたり、目を輝かせたりと様々なリアクションを起こしていた。
しかし、その好奇の眼差しや羨望な眼差しなどに、 晒されている葵だけはいつもと様子が違っていた。
葵の大好物と言ってもいい程のそんな状況にいながらも、葵は難しい表情のまま、暗い様子でただ目的地に向かって歩いていた。
「お、おいおい……。あれ、ミスコン出てた立花じゃね?」
「ホントだ…………。マジかで見ると余計えげつねぇな……。
昼間の雰囲気とは、ちょっと違うけど、コレはコレでいいなッ……。
なんかミステリアスって言うか、冷やかな感じが…………」
暗い雰囲気を纏っていた葵だが、見栄え的にはプラスであり、会場で見せた笑顔を振りまく、明るげで少し親しげのある良さとは違って、何処かミステリアスで、その美しさから近寄り難いほどに、高嶺の花感が醸しでていた。
「ホント、芸能人みたいに綺麗〜……」
「ねッ? 街中ですれ違ったら、見ちゃうよね〜………」
葵を見た生徒達のヒソヒソと話す声は、葵に届いておらず、何時もならば、褒められたり賞賛されれば、そちらの方向をチラチラと確認したりしていた葵が、見向きもしなかった。
そんな、多く注目を集めながらも、葵の出す雰囲気からは誰も話しかけれられない中、葵に親しげに声をかける者が現れた。
「よぉッ! 葵ッ!!」
葵が歩いていると、不意に後ろから男性の声で声をかけられ、葵はその声によく覚えがあった。
葵が呼びかけられた方へと視線を向けると、そこには友人である神崎 大和の姿があり、さらに、大和の後ろには、何処か気まずそうな表情を浮かべる、山田と中島の姿もあった。
「よぉ……、お前ら」
葵は大和に呼び止められた事で、今まで考え込んだいた事を一旦忘れ、親しげに応えた。
後ろに控える中島と山田の様子は葵も不審に思ったが、特に突っ込む事無かった。
「葵もこれから、自分のクラスの所行くんだろ?
そろそろ、俺たちが担当の時間だしな」
大和は、そう言いながら携帯を起動させ、時間を見るとすぐ様ポケットに戻した。
大和の言っている事は、正解であり、葵は佐々木と別れた後、生徒会長である並木と今日の桜祭のミスコンの後始末や2日目の段取りを簡単に確認すると、自分のクラスの役割を果たすため、クラスに向かっている最中だった。
葵のクラスで行われているイベントは、お化け屋敷であり、初日と2日目とで役割を分担し、クラス全員で運営しているイベントだった。
葵は生徒会と共同で行うミスコンで忙しかったため、準備期間でクラスの出し物を手伝えず、その代わりに初日と2日目に仕事をやらされる事になっており、初日は大和達と同じ時間帯の当番だった。
「おぅ。今から向かうところ。
16時からの当番だし、もうそんなに人も居ないんじゃ無いか?
これから入るとなると楽だろ?」
「いや、お前舐めてるな? 桜祭の人の多さを…………
そして、俺は数分前に自分の教室の近くを通った時に、絶望した……」
「マジか…………」
葵は自然と大和に歩幅を合わせながら話し始め、一緒に教室を目指しながら歩き、そんな葵達の後ろについて行くようにして、中島と山田が歩いていた。
ただ黙って後ろに付いてきては、葵をチラチラと様子を伺うように見ている中島と山田の行動は、益々不審であり、葵はその視線に慣れている事もあって中島と山田が考えている事が、何となく分かってきていた。
「でも、お化け屋敷って言っても俺は楽だろ?
中でお化け役をやる訳でも無いし……、お前らはどうだった?
昼間、店番と呼び込みやってたんだろ??」
中島も山田は、初日に2回当番があり、開始直後のお化け屋敷の様子を知っていた。
葵は、中島と山田の心情などお構い無しに、普段彼らに接するように、後ろに歩く彼らに振り返りながら、尋ねた。
「えッ!? え、えぇ〜…………、ど、どうですかねぇ……」
「ら、楽だった気がするかな〜?」
いつもと同じ口調、いつもと同じ様子で問いかけられた2人だったが、いつもとは明らかに違う容姿に、未だに慣れることは無く、美しい女性を前にするとどもり出す山田は、葵にその反応を見せ、中島も緊張した様子で、それでも自分をよく見せようと、優しい口調で答えていた。
(コイツらぁ……、まぁ、しょうがないのかも知れないけど……)
中島と山田の反応を見て、葵が先程から感じていた違和感に確信を持った。
山田と中島は、今の葵に完全に動揺を隠せていない様子だった。
「おい、大和。
後ろの2人、完全にガチガチなんだけど……?」
「なぁ〜。友達の女装に興奮するって、俺もどうかと思うけどな?」
「う、うるせぇ〜ッ!! きッ、ききッんちょうしちゃうんだよッ!!
馬鹿野郎ッ!!」
葵と大和の見下したようなやり取りに、我慢ならなかったのか山田は、声を上げたが、葵の顔を見るなり、やはり所々でどもっていた。
「うへぇ〜〜……、童貞臭〜〜」
「なッ! お、お前ッ!!…………その格好でそゆこと言うなよ……」
山田の反応を見て、葵は鼻を軽く抑えるような仕草をしながら、バカにした様に、山田に向かって言った。
山田は、最初は怒りに任せて、反論しようかと、声を上げかけたが、バカにする葵のその仕草までもが、美しく。とゆうよりも美人すぎる葵が、子供っぽい仕草を取るそのギャップに途中でやられ、バカにされているのに最後は何処か嬉しそうだった。
「お、おい山田……。お前、そうゆうとこだぞ?」
山田の反応に、同じく葵に動揺していた中島も、若干引いたような様子で、指摘するように山田にそう言った。
その場にいた全員から、引かれた目で見られている事に気づいた山田は、落ち込みしゅんとした様子で、これ以上何も反論する事は無かった。
「いや〜、でもホント、立花すげぇよな。
女の人にしか見えないもんなぁ〜、それも飛びっきりの美人……」
山田の失態を見て、自分も傍からはこう見えていたのかと気づき始め、本来の調子を取り始めた中島は、男の葵に接するように話し始めた。
「そか、ありがとな……」
褒められなれている葵は、適当に流すようにして、素っ気なく答えた。
いつもであれば、中島のような賛辞でも、内心では喜んでいた葵だったが、今は何故か、素直に喜べなかった。
大和達とそんなやり取りをしながら、廊下を歩いていると、スグに自分達のクラスへと辿り着いた。
自分達が本来、勉学のために使っている教室と、隣のクラスの教室を借り、2クラス分の教室でお化け屋敷を設営していた。
教室から隣の教室へは、上手く通路を設営しており、ダンボールなどで囲い、道を作り、雰囲気をそのままに上手いこと工夫されていた。
「マジか……、結構並んでるな…………」
ミスコンなどで、流石に疲労している葵は、自分達のクラスに向かって流れるある程度の行列を見て、ガックリときていた。
「だろぉ? 結構人気なんだって、お見合いお化け屋敷ッ!!
需要あんだな〜〜……」
大和は、自分が出した企画という事もあってか、嬉しそうに答えた。
しかし、大和のそんな言葉に葵は引っかかっていた。
それもそのはず、お化け屋敷は確かに賑わっていたが、それはお化け屋敷として盛り上がっており、肝心の醍醐味であるお見合いお化け屋敷のレーンには、人1人として並んではいなかった。
「お前、よくこの光景を見て、お見合いお化け屋敷が成功だったって言えるな?
どう見たって失敗だろ……。お見合いのレーン、誰も並んでないぞ?」
「そんなわけッ……」
葵の淡々とした冷たい口調に、大和は事情確認するように行列の方へと視線を逸らし、途中から言葉を失った。
「ま、マジかよ…………」
「朝からあんな感じだぞ?」
驚愕の表情を浮かべ、絶望したような声を上げる大和に対して、調子を取り戻し始めた山田が、追い討ちをかけるように、情報を話した。
「やっぱりか?」
「お、おぅ……」
葵が事実確認をするように、山田に顔を合わせ尋ねると、まだ顔を合わせ話すのまでは無理なのか、少しどもりながら、葵から視線を外し、目を見ないようにして答えた。
そんな山田を見て、葵は呆れたようにため息を1つ着いたあと、呆れたよう表情をそのままに、再び大和に視線を戻した。
「お前は、朝から何を見てたんだ?」
葵は山田に続き、大和にも呆れた様子でそう告げた。
「い、いやッ! 俺、お化け役だったから…………。
で、でもッ、中でお化け役やってた時も、男女で入った来てた奴は沢山いたぞッ!?」
「はぁ〜〜……、察しろ…………」
大和は慌てて弁明した後、思い出したように、当時の状況を語りだしたが、それを聞いて、葵は先程よりも大きなため息を吐いた後、小さく呟くように答えた。
葵の言葉に大和は、ハッとした様子で何かに思いついた後、段々と顔が曇っていき、山田や中島の表情も葵からは見えなかったが、暗い雰囲気を漂わせ始め来ている事は感じられた。
「はぁ〜……、ホントカップルはお化け屋敷来んなよなぁ〜……。
お化け役とかやってる時に、キャーッとか言って抱きついてるの見るとめちゃくちゃ萎えるし……、帰りたくなる…………」
「ほんとだよな〜、他所でやれよ……」
山田と中島が愚痴り始める中、1人だけ何も言わずに黙り込む大和の姿があった。
葵は、そんな大和に視線を向けると、大和は何故かニヤニヤと幸せそうな表情を浮かべていた。
傍から見たら、とても不気味な様子だったが、大和が完全に惚気けているのは、葵から見てもすぐに分かった。
「お前……、何でニヤニヤしてんだよ…………」
「い、いやぁ〜さぁ、明日の事考えてたら……ね?
俺も明日、彼女と行くかもだし……、ヘヘヘッ…………」
葵は何となく大和が考えている事が分かっていたが、大和にそれを訪ね、本人からニヤケ面のまま、それを聞かされると、引くほどドン引きをした。
大和の答えを聞いた山田と中島も又、なんとも言えない表情で恨めしそうにただ大和を見つめていた。
そんな様子で中々クラスにも入らず、廊下で話していると不意に自分達のクラスの方から女性の声が4人に掛けられた。
「あッ! ちょっとッ!! 神崎達ッ!!
あんた達、当番なんだから早く変わってよッ!!」
不意に掛けられた声に4人は反応し、教室の方へと視線を向けると、そこには、自分達のクラスメイトである1人の女子生徒が不満そうにこちらを見つめ、仕事をしろと訴えていた。
「ハイハイ、分かったよ……今行くッ!」
クラスでもかなり社交的である大和は、その女子へと答えると、女子は不満そうにボソボソと呟いた後、不意に葵と目が合った。
女子がそもそも好きではなく、女装をしている葵は、少し嫌悪感があったが、それを感じた瞬間は僅かだった。
葵と目を合わせた女性は、驚いた表情で葵を見た後、慌てた様子で視線を逸らし、そそくさとクラスの中へと戻っていった。
(アレは、気持ち悪がられてるのか……?)
街中で女装をするのとは訳が違い、本来の葵を知っているからこそ、葵の女装は周りからは気持ちが悪く見えるものなのだと決めつけていた葵だったが、教室へ戻っていった彼女がどう感じたのかが葵には分からなかった。




