俺より可愛い奴なんていません。4-6
桜木校舎内。
ナンパ男達に絡まれ、代わりにトラブルに巻き込まれていたはずの葵と紗枝は、会場に向かうため、校内の廊下を歩いていた。
「なるほど……、そうだったんだね」
校内を歩きながら、あの後何があったのかを紗枝は聞き、納得したように呟いた。
葵は紗枝と別れた後、ナンパ男2人を連れ立って、校内を歩いていた。
最初は適当に付き合って、途中で抜け出せばいいと考えていたが、校内を歩いている途中で、あのバレー部の鬼教官と言われ、恐れられた戸塚の姿が見え、スグにチャンスだと考えた葵は戸塚の元へと一直線に走った。
戸塚は校内の生徒同士の恋愛などにもうるさく、バレー部である大和もよく嘆いていた。
そんな戸塚が、今は女性にしか見えない葵に、言い寄ってきている男2人組のこの構図を見せられたら、無視せざるを得なかった。
急に葵が走り出した事で、後ろに着くようにしていた男達2人組は、葵を捕まえようと走ったが、完全に出遅れていた。
それでも葵を女性と思い込んでいたためか、途中で捕まえられる事を2人は確信しており、焦ってはいたが、それでも捕まえられないわけが無いと、鷹を括っていた。
戸塚までの距離は、少し長く、校内という事もあり、人混みもそれかりにあった。
最初に走り出した所から戸塚まで、半分くらいまで来たところで、ようやく男達は異変に気づいた。
「なッ……、足速ッ……!!」
葵は体力にはそこまで自信はなかったが、それでも自分と同い年の子の平均よりは早いスピードで走る事が出来た。
男だと知らない彼らにとっては、葵の走りを見て、女子生徒の中でかなり足の早い部類の女性なのだと、そう考えていた。
女性だからという油断もあってか、ついに男達は葵には追い付けず、葵は戸塚の元へと駆けつける事が出来ていた。
そこからは、まさにトントン拍子だった。
葵が戸塚に絡まれている事を伝え、戸塚に助けを求めると、戸塚はスグに男性2人の方へと視線を向け、事情を聞くためだとして、その生徒2人を職員室に連行した。
「立花君も走ってたのね……」
紗枝も葵を救おうと行動していたが、紗枝は行動が出遅れた事もあり、その結果、少しだが到着時間に差が出来ていた。
紗枝は、小さく呟いた後、2人とも走っていた事が妙で面白かったのか、クスクスと笑い始めた。
そんな紗枝を、葵は不思議そうに見つめていると、紗枝が続けて話し始めた。
「はぁ〜〜……、なんだか余計な心配だったなぁ〜……。
結果、私なんの役にも立たなかったし……」
紗枝は、大きくため息をついた後、少し疲れた様子で愚痴をこぼすようにして話した。
「もう、結果発表始まってるかな……?」
「……だろうな」
紗枝の問いかけに、葵はケータイを取り出し、時間を確認すると呟くようにして答えた。
「だよねぇ〜……」
紗枝は少し困ったように答えた。
そんな紗枝を見て、葵はずっと紗枝に対して気になっている事があった。
葵は紗枝をじっと見つめた後、視線を外し少し考え込むようにして、小さく「もういいか……」と呟くと、再び紗枝へと視線を戻し、話始めた。
「なぁ、二宮。
もうどっちみち遅刻するなら、それ、直して行かないか??」
「え……?」
葵はそう言いながら、紗枝の髪を指差し、提案するように話した。
葵の言葉に、紗枝は不思議そうに呟いた後、葵の指さしているモノに気づくと小さく「あぁ〜……」と呟いた。
葵が指差したのは、走ったことで少し乱れていた紗枝の髪だった。
紗枝は今のいままで気にしていなかったため、葵の身だしなみに対しての感覚の鋭さに女性ながらにして流石だなと紗枝は感じていた。
「えぇ……、別にこれぐらいなら大丈夫だよぉ〜……」
紗枝は、乱れているといっても、葵にコーディネートされた最初の完璧な姿より少し乱れたといった程度の事で、わざわざ丁寧に治す程の事だとは思わなかった。
「駄目だ。俺が気になってしょうがない。」
「え……?」
葵の言葉に紗枝は驚き、不意に葵の方へと視線を向けるとそこには真剣な表情で紗枝を一点に見つめる葵の姿があった。
葵と目が合い、紗枝は途端に恥ずかしさを覚え、顔を逸らした。
「おッ……おおげさだよぉ〜〜……、別に立花君に直して貰うほどのものじゃ……」
「いいから行くぞ、この階段を上がれば、さっきの化粧室も近いし」
どこか、しどろもどろに答える紗枝に対して葵は、キッパリとした口調で、少し強引に紗枝を誘った。
葵の言った通り、今居る箇所から先程、葵にコーディネートしてもらう時に使用した空き教室は近かった。
葵の言葉を聞き、紗枝は黙り込んでしまい、その間、どうしようかと考え込んだが、断る理由も特に無く、決意に満ちた表情をしている葵を断るのは、至難の業だと結論を出し、渋々、葵の申し出を受けることに決めた。
「わ、分かったよぉ〜……」
「当たり前だ、よし。行くぞ」
渋々承諾する紗枝に対して、葵は当然だといった表情で、階段の方へと歩き出した。
(さっきのナンパよりも、余程厄介だなぁ〜……)
先導するように前を歩く葵の後ろ姿を紗枝は見つめ、少し赤くなり熱を持った自分の顔に触れながら、紗枝は心の中でそう呟いた。
◇ ◇ ◇
葵と紗枝は階段を上がりきり、先程の空き教室へと戻ってきていた。
戻るなり、葵は紗枝を椅子へと誘導し、自分は着々と準備を始めた。
そんな葵を紗枝は見ていたが、準備している道具を見て、葵がお色直しまでもしようと考えている事が分かった。
葵の準備が整い、紗枝の後ろへと回ると、ゆっくりと髪を溶かし始めた。
髪に触れられた事で、ビクリと体を少し跳ねらせ、紗枝は先程、ミスコン前の準備で何度も味わった羞恥心を思い出した。
鏡が目の前に置かれ、その前に自分の姿を映す形で紗枝は座らさせられていたが、紗枝は、今は鏡を見ることが出来なかった。
「なぁ……、なんで、俺が二宮のメイクと衣装のコーディネートをやるって決まった時、断らなかったんだ……?」
葵は紗枝の髪を溶かしながら、疑問に感じていた事を、紗枝にぶつけた。
紗枝には、それなりに断るタイミングが何度もあり、それでも、男であり、素人の葵が自分の化粧と、衣装の選択をするこどが出来ない
「え……?」
紗枝はそんな事聞かれると思ってもいなかったのか、不思議そうな表情を浮かべながら、ようやく顔を上げた。
「いや、俺、素人だし……、そもそも男子にメイクとかやだろ?
なんで、我慢してくれたのかと…………」
「あ、あぁ〜……それか…………。
そんなの1つしか理由ないよ……、立花君は信用出来る人だから」
葵の質問に、紗枝は堂々と恥ずかしげ無く、キッパリと答えた。
紗枝の答えに、葵は理解が追いつかず、思わず髪を溶かす手を止め、驚いた表情を浮かべていた。
そんな葵に紗枝は、次々と答え始めた。
「立花君はもう覚えてないかもしれないけどね? 私、昔にも今日みたいに助けられた事があったんだよ??」
紗枝は、優しく微笑みながら、昔の思い出を楽しそうに話し始めた。
紗枝の「昔、助けられた」という言葉に葵は、まだピンッと来ていなかったが、それでも、前に美雪から紗枝は葵に恩があるという事もを聞かされており、不意にそれを思い出した。
「私が1年生の最初の頃、まだクラスの皆とも全然知り合って間もないのに、クラス委員を引き受けちゃって……。
その最初のクラス委員としての仕事で、クラスみんなのノートを集めなきゃならなくなった時、男子の分のノート集めてくれたの、立花君だったんでしょ?」
紗枝の言葉を聞き、葵はうっすらだが、そんな事もしたような記憶があった。
「その時は、立花君が集めてくれたなんて知らなかったけど、これを集めてくれた人は、きっと凄く気の利く優しい人なんだなぁ〜って思ったんだ」
「え……? たったそれだけの理由で……??」
紗枝は大切な思い出を話すように、話終えると、葵は少し驚愕とした様子で、紗枝に尋ねた。
「う〜ん。まぁ、それだけが理由って訳じゃないけど……、多分、それが一番の理由だよ!
中々、言えなかったけど、あの時はありがとねッ!?」
紗枝はニッコリと満面の笑みを浮かべながら、自分の後ろに立つ葵に向かって、鏡越しに微笑みかけながら答えた。
「そ、そうか……。いや、別に…………」
葵にとってはそこまで大した事では無く、それ以上に葵は女性に対して荒んだ態度を取る節が多く、紗枝にも冷たく反応した事は何度もあった。
それを差し引いたとしても、紗枝は葵に対して悪いイメージを持っていなかった。
葵はそれを初めて知り、紗枝の心の広さと、自分が今までしてきた事を少し恥ずかしく感じた。
「今はこうして、普通に話せるような仲になれて、少し嬉しかったりするんだよ…………、なんちゃって……えへへっ……」
紗枝は、ここに来て今まで語ってきた事を恥ずかしく思ったのか、誤魔化すように、少し照れくさそうに微笑んだ。
その鏡映る紗枝は、とても愛らしい女性に映っていた。




