俺より可愛い奴なんていません。3-18
加藤 綾の出番は大盛況だった。
綾は歓声を浴びながら、舞台裏へと引っ込み、舞台裏に来るなり、友人である二宮 紗枝や橋本 美雪が駆け寄り、綾に労いの言葉や少し興奮気味に感想を述べていた。
一通り話し終え、少し興奮も収まると今度は、綾は思い出したように葵の方へと視線を向け、「どうよ?」と言わんばかりのドヤ顔で話しかけてきた。
葵は、そんな綾にイラッとしながらも、ここまで大きな歓声を貰っている以上、綾にダメだしをしようにもあまり効果が無いと思い、渋々彼女の自慢げな態度を甘んじて受け入れた。
綾での盛り上がりはそれなりに凄いもので、綾から流れるように次々にミスコン出場者が舞台へと上がるが、どよめきも起きた事は起きたが、佐々木 美穂や綾並の歓声は上がらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ミスコンがどんどんと進む中、立花 蘭少しまったりとした様子で観覧席から舞台を見つめていた。
「いやぁ〜……、どの娘も可愛くていいね〜……。来てよかったと心から思うよぉ…………」
蘭は満足そうに、両隣にいる結や椿に、そう話しかけた。
「確かに、今回のイベントは大成功かもしれないですね……。どの娘も凄い魅力的ですし、これを今後『ミルジュ』の宣伝に起用するにしても自信もって、使えますし……」
本来、可愛い年頃の娘、特に可愛い高校生なんかに目が無く、可愛い事が見れた、私利私欲で喜ぶ蘭に対し、結は冷静に、仕事としての達成感を感じている様子だった。
「半分はもう発表が終わったのかな?」
「そうですね…………後、5、6人は控えていると思いますよ」
蘭が尋ねると、結は少し考え込む様子で少しの間黙り込み、現在の舞台に上がる女生徒が何番目かを把握すると、蘭の質問に答えた。
結の言った通り、現在舞台に上がっている女性は、13番目の女性で、葵を含めて、残りの控えている参加者は5名となっていた。
ミスコンも始まってから時間が経ち、もう13人目の発表だというのに、盛り上がりをみせていた。
18人という参加者の多さから、途中グダってしまうのでは無いのかとそういった心配もあったが、グダることも無かった。
「私が手がけた2人はもう発表終わっちゃいましたし、先輩ももう残すは、後1人ですかね?」
結が担当した生徒は既に発表を終えた13名の中に含まれており、これから先のイベントの中で結が担当した生徒が出てくることは無かった。
「そうだね〜……後は美雪ちゃんだけだね〜……」
蘭は楽しみしている様子で、呟くように答えた。
「あ、あの先輩がやり直した娘ですか?」
「そうそう。凄いよ〜……自分でも驚くほどいい出来だからね〜。仕上がってるよぉ〜……」
結は蘭の発した「美雪」という言葉に反応するように尋ね、蘭も自信ありげに美雪の出来栄えについて語るように話した。
「ふ〜ん……その美雪って娘がお姉ちゃんの力作なんだ……そういえば、私が持ってきた服、まだ着てる娘見てない」
結と蘭が話す会話を横で聞いていた椿も、興味無さそうな口調だったが、自分の持ってこさせられた衣装が、未だに現れていない事には気になっている様子だった。
「後1人って事はその娘に着せたんだね。あれ、着てた私が言うのもなんだけど、結構尖ってるから似合わないと徹底的に似合わないよ?」
「確かにね…………、ちょっとあの衣装は人を選ぶけど、それでも美雪ちゃんは着こなせてると思うよ!」
冷たい口調で事実を淡々と語る椿に対して、蘭は余程自信があるのか、不安な事を言われたとしても、自信が揺らいだりする事は全く、キッパリとした口調でハッキリと自信満々に答えた。
「そ、お姉ちゃんがそこまで言うのならいいけど…………。それより、兄さんはまだ??」
椿はもう美雪の話題は飽きたのか、1番聞きたかった話題へと切り替えた。
葵の女装を否定する椿であったが、なんだかんだ言っても葵の女装は気になっていた。
蘭は内心、「それが1番聞きたかった事か」などと思いながら、椿のそんな素直じゃない所をいじらしく感じ、自然とニヤけた表情になった。
「やっぱり気になっちゃう? お兄ちゃん気になっちゃう??」
蘭はわざと茶化すように椿へと話を振ると、椿は明らかに嫌そうな表情を浮かべた。
「べ、別にそんなじゃないし……恥かくかもしれないでしょ?
家族の失態をこれから見るのにも、覚悟がいるでしょ、だから前もって順番は知っときたいの!」
椿は蘭に弄られていることに気づくと、スグに反論するように、弁明した。
「ふ〜〜ん……まぁ、確かに、実の兄の女装をこんな大勢の前で披露するんだから、覚悟いるかもね〜……」
「…………もう、分かったから……で? 結局いつ出るの??」
しつこくからかってくる蘭に椿はため息を1つ付き、もう諦めたように弁明するのはやめ、単刀直入に尋ねた。
「んん〜……、それが私にも分かんないんだよね〜……」
「はぁッ!?」
弁明を諦めた椿に、質問をされた蘭は、一瞬考え込むようにして、唸った後、思いもよらない答えを返した。
『ミルジュ』の社員でもあり、このミスコンのイベントの関係者でもある蘭が、知らないなんて事があまりにも意外で、椿は驚きのあまり声を漏らした。
「ど、どうゆうことッ!? お姉ちゃん、関係者だよねッ!?」
「え、えっとぉ〜、そんな事言われてもね〜……」
椿は迫るようにして蘭を追求し、椿の勢いに押される形で蘭は戸惑ったように、困った様子で返事を濁しながら答え、そして続けるようにして話した。
「ほ、本来ならね? えっと、あの結が担当したチアガールの衣装を着た娘が居たでしょ?
あの娘の前の出番が葵なのよね……多分、ちょっと時間かかってて、出番を後半にズラしてるんだと思うんだけどね。」
「嘘……。兄さんのメイクは遅くないし……何かあったんでしょ?」
◇ ◇ ◇ ◇
蘭は自分の悪ふざけで葵に1人、参加者を任せたという事をどうしても椿には伏せたかった。
絶対にこれを聞いたら椿が怒るだろうという事を確信していた。
思いつく限りに話をズラして、真実を言わないようにしたが、椿の勘は鋭く、蘭の言葉を的確に否定し、蘭が何かを隠していると完全に疑っていた。
そして、蘭と椿のやり取りを再び不思議そうに見ていた結がゆっくりと口を開いた。
「え? 弟さんが遅れてるのって……アレのせいですよね?」
「なッ! ゆッ、結ッ!! またッ……!」
椿の追求は止まらず、遂に何も言い返せなくなった蘭を見て、結は懲りずにまた余計な一言を口出してしまい、蘭は焦ったように結を制止したが、椿には結の言葉が全て聞こえていた。
「お姉ちゃん……まだ、私に何か隠してるね?」
椿は冷たい声と表情で、威圧するような感じで呟いた。
「え? いやぁ〜…………何も……無いよ??」
今までは割と上手く切り抜けていた蘭だったが、結の決定的な一言により、椿の疑いは確信へと変わり、蘭の口調は更にも増して歯切れが悪くなっていた。
「お姉ちゃん??」
椿の有無を言わさないような威圧に、蘭は口を紡ぎ、必死に堪えていたが、遂に諦めたように、口を割った。
「え、えっとね? 怒らないで聞いてね? 椿ちゃん。」
蘭はまず最初に釘を刺すように、椿に前提としてそれを伝え、それを聞いた椿は首を縦に振った。
内心、「首を縦に振ってるけど、絶対椿ちゃん怒るよなぁ〜」と思いつつも、話さなくてはもっと機嫌が悪くなると思い、覚悟を決め、蘭は話し始めた。
「実はね? 葵にね、スタイリストの仕事を頼んだの……」
蘭は単刀直入にまず応えると、椿が明らかに不機嫌になったのが分かった。
「な、椿ちゃん! まだ! まだ、怒らないで!!」
「……分かってるから、早く答えて…………」
必死に椿の怒りを沈めるようにして訴える蘭に、椿は平静を装ったように答えた。
しかし、椿の声が明らかに怒りの念を含んでいたのは、誰から見ても明らかだった。
「人手がね? ちょっと心配だったんだよ……。参加者多くて、結構ギリかな?って……。そこで、葵の腕なら1人くらい女の子任せてもいいかなって…………」
「ふ〜ん……、で? 兄さんはどこまでやったの?? いや、どこからやったの??」
蘭は弁明するようにして、椿に説明すると、椿は依然として平然を装おうようにして、冷たい声で、追求するようにして蘭に尋ねた。
「え、えっと…………どこまで……とは、どうゆうことでしょうか?」
蘭は椿の逆鱗にこれ以上触れないようにして、何故だか敬語で話し始めた。
「だからぁ、兄さんはメイクからやらせたの!? 衣装だけを選ばせたの!?」
敬語を使った蘭だっだが、それよりも1発で答えなかった事が椿の逆鱗に触れ、強い口調で、実の姉に言い寄った。
「はッ、はいッ!! ぜ、全部ですッ!! ほんとに最初から最後までです!! メイクも勿論やりましたし、衣装も選んでます!!」
椿の声に蘭はビビるようにして、素直を全てを答えた。
「最初から最後まで……全部? ってことは、兄さん……他の女性の顔を…………」
蘭の答えに、今まで怒っていた椿は、今度は一瞬驚いた後、だんだんと落胆していった。
ヒートアップしていた熱が冷めるようにして、怒りが沈静化していく様を見て、蘭は少し安心したように、椿を見つめた。
椿を刺激しないよう、ただ蘭は椿を見つめていたが、静かになったその空間で、結が蘭に話しかけてきた。
「ら、蘭さん! い、妹さん、落ち込んじゃいましたけど、大丈夫ですかね?」
結もやっと空気を読んだのか、蘭に見習い、椿を刺激しないよう小声で、蘭に話しかけた。
「と、とりあえずは噴火せずに済んだから、大丈夫だとは思うけど……」
蘭は、椿の怒りがとりあえず収まった事だけに反応し答えた。
「い、いや、噴火とかじゃなくて、結構ショックを受けてますよ?」
「ま、まぁね……スグに立ち直るからそこは……ね? 多分、大丈夫……」
自分が助かった事に反応している蘭に、論点がズレている事を結が指摘すると、蘭は特に異常に心配するといったような様子は無く、心配はしていたが、そこまで深刻そうに捉えてはいなかった。
蘭の反応に、結は椿の様子は気になったが、とりあえず納得し、椿を見守ることに決めた。
「せ、先輩。私、気づいたんですけど、妹さんって結構……いや、極度のブラコンさんですよね……?」
結はなんだかんだで、葵を意識する椿をブラコンだと結論付け、蘭に尋ねるように話しかけた。
現在高校2年生の葵と蘭から話に聞いていた、高校生1年生椿はかなり希で、世間一般的に見ればこれぐらいの歳の兄妹であれば、ここまで仲良くは無く、むしろ仲の悪い兄妹の方が多いように思えた。
「ま、まぁね……、しょうがないっちゃあ、しょうがないんだけどね〜……」
「しょうがない……?」
蘭の呟くように答えた言葉に結は反応し、なんでそう答えたのか理解出来ず、思わず復唱するように疑問形で呟いた。
「うん。ほらね? 椿ちゃんはさ、海外に行ってたって話をしたじゃない? 海外に行く前も結構、葵と椿ちゃんは仲良くてさ……、それに1番多感な時期に一緒に居られなかったからね〜……。
海外に行った時の椿ちゃんは当時、中学上がり立てで、葵も中学二年生だったから…………。
世間一般だと、そろそろ兄妹とかが煩わしく思えてくるような時期じゃない? その辺の歳ってさ……」
蘭は、結に説明するように話し、その話をする時の蘭は優しく微笑んだ表情だったが、どこか少し寂しげな様子だった。
「なるほど……言われてみればそうかもしれないです」
「だからさ、離れてた時期も長いし、しょうがないのかな?ってさ……」
蘭の言葉に結はどこか納得させられ、蘭はそう言いながら、隣で項垂れる椿を優しく微笑み見つめていた。




