俺より可愛い奴なんていません。3-16
2番手で登場した佐々木 美穂は大成功で幕を下ろした。
賛否両論は勿論あったが、それでも彼女を褒める言葉の方が圧倒的に多かった。
ミスコンは、佐々木のお陰で一気に勢い付き、次々と参加者が発表し、盛りに盛り上がっていた。
そして、6番手に回ってきた所で遂に、加藤 綾の出番が真近になった。
綾までに至るまでも、かなりの好評を参加者達は貰っていたが、やはり佐々木程のどよめきが起こった事は無かった。
6番手の子が一生懸命、緊張しながらも必死に自己紹介などをしている中で、綾は焦に焦っていた。
「や、ヤバいよ……、冷や汗が……足の震えが…………」
綾は、緊張した面持ちでブツブツと独り言を零していた。
そんな綾を見て、隣にいた二宮 紗枝は内心「おばあちゃんかッ!」と思ったが、真剣に悩む綾にそれを直接口に出して言うことは忍びなくて出来なかった。
「だ、大丈夫ですよ? 綾さん……、可愛いです」
同じく綾の隣にいた橋本 美雪は、綾を励ますように話しかけ、真摯に気持ちを伝えようとして真剣な面持ちで正直な気持ちを伝えていたが、傍から見たらその光景は、愛の告白のようにしか見えなかった。
「み、美雪ぃ〜……、怖いよぉ〜……オヨオヨ……」
美雪に励まされた事が嬉しかったのか、綾は美雪に優しく抱きつき、弱音を零しつつ、わざと口で泣いているような声を出していた。
そんな綾を見て、美雪はホントに緊張してるのか?と疑問を覚えたが、何も言うことは無かった。
綾が泣きつくように美雪に抱きつき、美雪はそれを受け入れるようにして優しく抱きあって、それを紗枝が疑うような様子で見つめていると、そんな3人に話しかける声が聞こえてきた。
「何してんだ? お前等…………」
急に声をかけられた事に、3人は声のした方向へと視線を一斉に向けた。
すると、そこには怪訝そうな表情を浮かべ、何か引いている様子すらある立花 葵の姿があった。
「あぁ〜ッ!!」
葵の姿を見るなり、3人は大声を上げ、そして色んな感情が湧き上がった。
まず共通してあったのは、ミスコンに間に合って良かったという純粋な気持ちと、美雪を覗いて、綾と紗枝は初めて葵の女装を見たため、その姿が強烈過ぎて、その事しか考えられなくなっていた。
美雪は、葵に言いたいことがあったが、2人のそんな驚きの反応を見て、これは後ででないと、とてもじゃないけど言えないなと内心で感じ、ひとまずその気持ちを沈めた。
「な、なんだよ……」
綾と紗枝は目を丸くし、固まってしまい、そんな紗枝と綾を見て何故か自分の事のように自慢げにニヤニヤしている美雪を見て、葵は少し嫌そうな表情を浮かべながら、恐る恐る尋ねた。
「いやぁ、やっぱり驚きますか、そりゃそうですよね〜…………」
「いッ……いやッ!! いやいやッ!!! これは、一体誰??」
美雪が自慢げに、誇ったように声を出すと、やっと綾は沈黙を破り、話し始めた。
しかし、綾は認めなくないのか信じられないのか、自分の目の前に立つ人物が葵だとは思えないといった様子で明らかに動揺していた。
紗枝は未だに驚きから帰って来れない様子で、ただただ呆然と葵を見つめていた。
それもそのはず、目の前に立つ葵は確かに葵ではあったが、普段の男の葵からは想像が出来ないほどの変貌だった。
大人っぽい色気を持った綺麗な女性にしか見えず、正直、美雪から芸能人並だと聞かされてはいたが、紗枝も綾もここまでだとは思っていなかった。
髪はウィッグで黒く長い、女性的な髪型になり、メイクも施されており、普段から切れ目で細い目だっだが、メイクにより鮮やかに彩られ、肌は普段から白かったためそこまで弄られていない様子だった。
頬はほんの少しだけ薄くピンクに染まり、それとは逆に唇は印象的に真っ赤に塗られていた。
まさに大人の女性そのもので、クールビューティーの言葉を体現したような姿だった。
「き、綺麗…………」
葵の姿を見て呆然としていた紗枝がようやく口を開いた瞬間、言葉が漏れたように呟いた。
葵の登場で、綾達が騒いでいたのに気づいたのか、舞台裏で順番待ちをする生徒や、自分の出番を終えた生徒達も葵を見て、ザワつき始めた。
「綺麗だと? 当たり前だろ、誰だと思ってる……、それより、今順番は??」
葵は普段から街中で堂々と女装をしている事もあり、周りからの視線には慣れており、注目されてもまるで気にせず、少し焦った様子で美雪達に現在舞台に上がっている娘の順番を尋ねた。
「え? えっと……今は、6番の娘だよ?」
「6番ッ!? それじゃあ次か、俺は……」
葵は、綾から現在の進行を聞かされ、驚いた様子で声を発した後、呟くようにして答えた。
美雪達が気を利かせ、自分の順番が大きくズレた事を知らない葵は、本来のミスコンの自分の順番が6番だった事から、次の出番だと思っていた。
しかし、葵は急いできたのか少しだけ汗を描いており、息も上がっているように見えた。
そんな葵に、急ピッチで出場など出来るはずも無く、したとしても万全で無い彼に、最高のパフォーマンスは絶対に出来きない事は一目瞭然だった。
「大丈夫ですよ? 立花さん。私達が生徒会に頼んで、順番をズラして貰いましたから。立花さんの順番は、1番最後ですッ!」
美雪はニコニコとしながら、嬉しそうに葵にそう答えた。
「ほ、ホントかッ? 悪いな、また余計な気を使わせて……」
「いいえ……、それほど素晴らしい出来なのに、皆さんに見て貰えない方が勿体ないです。
それに、私は立花さんの女装をどちらかというと知らしめたい方なので!」
葵が悪びれながら美雪に言うと、美雪は葵に気を使わせないように、依然として笑顔で答えてくれていた。
「ホント、人騒がせだよな〜立花って……。
それより、大丈夫なの?? トリだよ? 緊張してるんじゃない??
ホレホレッ……」
綾は、呆れたように呟いた後、思い出したように葵がトリだと言うことに反応しだし、ニヤニヤとニヤケながら、最後には完全に茶化すように肘で葵をつつきながら、葵にそう話した。
「相変わらず、腹立つなお前……。緊張なんかするわけないだろ? お前とは出来が違うんだ。」
葵は、親しげ肘でつついてくる綾に、明らかに嫌そうな表情を浮かべ、キッパリと答えた。
「なッ、はッ……はぁッ!? どゆこっちゃぁ〜ッ! こんにゃろ〜ッ!!」
「あッ、綾ッ……。ま、まぁまぁ、落ち着いてッ!」
葵の冗談とは思えない言葉に、ニヤニヤとしていた綾の表情は一気に変わり、綾は葵に襲いかかろうとしたが、綾と葵の間に紗枝が入ることによって、争いは止められた。
「さ、紗枝、どいてアイツ、殺せない……」
「だ、ダメだから! 殺したらダメだから!!」
綾は、半分本気の様子で紗枝にどくよう指示したが、紗枝は必死にそれを止めた。
「もう、立花さんも余計な事言わないで下さいッ! 綾さん、可愛いじゃないですかぁ〜、何が不満なんですか? 綾さんの出来が、想像以上に良かったのが不満なんですか??」
「なッ……。んなわけあるかッ!!」
綾を必死に食い止める紗枝を見て、美雪は葵を批難し、綾を庇うように言葉を発したが、葵はそれをスグに否定するように答えた。
葵は美雪に視線を向け、否定すると、視線の端に舞台から6番手の娘が、こちらの舞台裏に向かって来ているのが、視界に入った。
葵達が話している間に、6番手の娘の出番は終わり、発表が終わった彼女は舞台裏に引っ込む所だった。
「あ、おいッ、加藤。6番手の奴が帰ってきてるぞ、次、お前じゃないのか? 準備はッ……」
いち早く気づいた葵は、スグに綾にそれを伝えたが、最後に綾の方へと視線を向けた所で、綾の姿を見て、最後まで言い負えずに言葉をとめた。
綾は、先程まで元気に色々と騒いでいたが、何故か葵が数分の間、視線を逸らした所で、その有様は大きく変わっており、大きく落胆したような、気持ちがかなり沈んだ様子だった。
「なッ、今度はなんだよ……」
葵は、綾の感情の起伏に動揺しながらも、心配するように綾に声をかけた。
美雪も紗枝もそんな綾を心配そうに見つめていた。
「自信がなくなっちゃったよぉ……、立花は男の癖に、めちゃくちゃ美人だしぃ……、出来が違うとか言われちゃうしぃ…………」
いつも明るい綾は珍しく、弱音を零していた。
そんな弱々しい綾を見て、葵はますます気が動転し、綾のこの気持ちの沈みようは、葵のせいだと言わんばかりに、紗枝と美雪は「ほらぁ〜!!」と言ったような表情を浮かべ、葵を見つめてきた。
「なッ……!! はぁ〜……、分かったよ……俺が悪かった」
葵は、紗枝と美雪に見つめられ、ドキッとしつつ内心、勘弁してくれと思いつつも、しっかりと自分の非を認め、綾に謝罪した。
綾に謝罪した事で、反応を見るため少しの間、3人は綾を観察するように見つめていたが、いつものような元気いっぱいな彼女は戻ってきていなかった。
挙句の果て、「どうせ、私なんて……可愛くないですよぉ〜……」と呟き初め、完全に不貞腐れていた。
綾の元気が分からない事に気づくと、紗枝と美雪は再び葵に視線を移し、口には出さなかったが、「何とかしろ」と言わんばかりに葵に表情で訴えた。
「分かったッ! 分かったからッ!! ホントの事言うよ! もうッ…………」
綾のひねくれた様子と紗枝と美雪からの無言の追撃に、葵は遂に折れ、大きく声を上げ、決意を決めた様子で話し始めた。
「見栄張ったんだよ、あまりに出来が良かったから……。正直、可愛いと思うよ。ほら、もうこれでいいだろ? 元気出してさっさと行けッ……」
葵は、本心を口にした事で、一気に恥ずかしくなり、照れ隠しをするようにして、手首を軽く振り、早く行けと合図を送りながら話した。
葵が恥ずかしさのあまり、綾から視線を外していると、綾の声が聞こえてきた。
「ふ、ふぅ〜ん……へぇ〜……そうなんだぁ〜……。可愛いのかぁ〜」
視線を外している葵から綾の表情は見えなかったが、声色からして先程のような、落ち込んだ表情をしていない事だけは分かった。
綾は、やっと立ち直れたのかニヤニヤと微笑みながら、呟くようにそう言って、続けるように話し始めた。
「立花も、それなりにカッコ可愛いよッ!!」
綾の声にビックリした葵は、不意に綾の方へと視線が自然と向いた。
そこには、いつもの明るい、見ているこっちまで笑顔になりそうな、そんな満面の笑みの彼女の顔があった。
綾は、そんな笑顔で声かけると葵が何かを答える前に、振り返り、元気よく舞台に向かって歩いていった。
葵は何も言い返す事が出来ずに、呆然と立ち尽くしていると、その光景を見ていた紗枝が話しかけてきた。
「立花君って、誰にでも可愛いっとか簡単に言えちゃう人なんだね……?」
紗枝は何故か不満そうな表情を浮かべ、頬を可愛らしく膨らませながらそう葵に尋ね、紗枝のその言葉にやっと葵は、我に返ったように意識を取り戻し、紗枝に視線を移した。
「い、いや、別に誰にでもって訳じゃ……。それに、俺は女装が趣味なんだぞ? 可愛いものに目が無いのは仕方ない事だ……」
葵は、必死に弁明をしたが、言い訳が変な上に説得力は無かった。
「立花さん、将来不倫とかしちゃいそうですよね。不倫した言い訳にそれ、使いそうです……」
不満そうな紗枝に弁明する葵を見て、ニヤニヤとしながら美雪は呟くように嫌味ったらしく話した。
現状、何を言っても説得力の無い葵は、美雪の言葉に反論したかったが、諦め、聞き流すことしか出来なかった。




