俺より可愛い奴なんていません。3-13
「はぁ……、はぁ……。急いで来たけど、なんとか間に合ったぁ……」
二宮 紗枝は、遅れると思い走ってきたのか、かなり息を切らせた状態で、舞台裏に到着した。
疲れている紗枝も気になったが、それよりも何よりも、紗枝の姿に目がいって仕方が無かった。
「お、お疲れ、紗枝……。後、開催まで20分ぐらいあるから別に大丈夫だよ? そ、それより……」
加藤 綾はあまりの衝撃にかなりやられた様子で、明らかに動揺した様子で話していた。
綾の動揺は当然の物で、何なのか現状が上手く理解出来ない素人の橋本 美雪と綾は、紗枝の見た目に興味津々だった。
「え、えっと……二宮さん。その、髪は一体…………?」
美雪は遂に1番気になっていた事を紗枝に尋ねた。
紗枝は黒いローブをつけて走ってきた事で、余計に疲れていたのか、体をくの字に折り曲げるようにして、前かがみになり、手を自分の足の皿の部分に付き、張るようにして息を荒らげていた。
美雪が尋ねて少しの間が経ち、ようやく息が整ったのか、顔を上げ、美雪の質問に紗枝は答え始めた。
「あ、こ、これね…………。ウィッグだよ。ミスコンのために付けたんだぁ〜……」
紗枝は、まだ少し息を荒らげながらも美雪の答えにしっかりと答え、ウィッグを付けた事に満足しているのか、満面の笑みで美雪達を見た。
その破壊力は本当に凄まじいものだった。
普段、紗枝は黒髪で艶った綺麗な長い髪型をしていたが、今、紗枝がしているウィッグは、ショートのボブヘアーだった。
しかも、そのウィッグは黒髪ではなく、茶色く染まった髪の毛で、ウィッグの出来もかなりの上物で、本物の髪の毛と違いが見受けられなかった。
黒髪で流れた髪型を多かった紗枝を知っている2人からしたら、そのギャップは本当に凄まじかった。
そして、言うまでも無くその髪は彼女に似合っていた。
「凄く、可愛いです! 何処かのアイドルみたいです!!」
美雪は、少し大きな声で、興奮した様子で紗枝に感想を述べた。
「うんうん。これはヤバいね! また、沢山の男子が紗枝に惚れるよ」
美雪に続くようにして、綾も同じ感想を述べた。
「フフフッ……ありがとう。実はね、これは自分でも結構気に入ってるんだぁ〜。2人も凄い似合ってるよ!?
綾は綾らしく凄く可愛いし、美雪さんはホントにビックリするくらい綺麗だよ!!」
綾と美雪に褒められ、紗枝も葵のこのチョイスは気に入っている部分も多くあったため、嬉しさが隠しきれず、笑みが思わず零れた。
そして、目の前にいる二人の美少女にも、称賛の言葉を紗枝は返した。
綾も美雪も、紗枝と同じで衣装は黒いローブで隠されていたが、化粧をされた顔は拝む事ができ、その出来栄えにお互い驚いていた。
「これはますます、加藤さんと二宮さんの衣装が気になるわね……。
ところでなんだけど、二宮さん、葵はどうしたの?」
蘭は辺りを見渡し、現れたのが紗枝だけだったのを確認すると、紗枝にそう言って尋ねた。
楽しく今まで会話をしていたため、あまり気付かなかったが、次々と参加者達が黒いローブを羽織、舞台裏へと集まってきており、ほとんどの生徒が既に準備を終えている様子だった。
「あ、あぁ……立花君は、ちょっと私に時間を使い過ぎちゃって……今、急ピッチで化粧をしてる所です」
紗枝は、少し罰が悪そうに、葵に申し訳なさそうにしながれ、蘭の質問に答えた。
「あぁ〜、やっぱり掛かっちゃったかぁ〜……」
紗枝の答えに、蘭は「アハハッ」と苦笑いを浮かべながらそう呟いた。
「でもね? 二宮さんが気を使う事は無いよ? 葵が間に合わせられなかったのが悪いんだから」
「で、でも…………」
蘭は紗枝が気を使わないようにそう呼びかけたが、やはり気がかりなのか、納得はして無い様子だった。
「立花、間に合うかね〜……」
「う、うん。どうかな…………」
綾と紗枝が心配そうに呟くと、その悪い空気を脱ぎ払うようにして、美雪が声を上げた。
「大丈夫です! 立花さんのメイクは速いんで、20分もあればきっと間に合わせられますよ!!」
美雪はそう答え、そう思う根拠が彼女にはあった。
それは、東堂に連れ去られた時、車での移動の時の事だった。
東堂に、女装した時の姿になれと言われ、揺れる車の中、移動時間もそこまで無い中、葵はきっちりと初めてあった夜の時並では無かったが、メイクは完成していた。
美雪はそんな事もあり、葵が間に合わせられないとは思わなかった。
「フフフ……そうね。アイツ、自分の化粧だけは以上に速いからね〜……」
美雪の言葉に反応するようにして、蘭も美雪の意見に同意していた。
美雪に呼びかけられ、そして、誰よりも葵に近しい存在である蘭が言ったことで、紗枝も綾も少し安心し、葵を待つ余裕が少し出てきていた。
「さてっと……それじゃあ、結。私達はそろそろ観客席の方に移動しよっか?」
綾と紗枝の安心を感じ取ったのか、蘭は一段落付いたように声を上げ、時計を見ながら隣にいる結にそう呼びかけた。
「あ、あぁ、はい。舞台裏も忙しくなるでしょうしね。
ここから先何も出来ない私達が居ても邪魔でしょうし……」
「うん。それじゃあ、みんな! 見てるからね? 頑張って!!」
結の同意を確認すると、蘭はこれから参加する3人に笑顔でエールを送った。
「自信を持ってください。ホントに皆さんお綺麗です」
結もまた笑顔でそう呼びかけ、最後に蘭と共に3人に別れを告げ、振り返り舞台裏から観客席の方へ向かって歩いていった。
「い、いよいよですね……」
蘭と結が去ると一気に緊張感が出てきたのか、美雪が少し緊張した面持ちで2人に話しかけた。
「うん……。可愛いと2人とも凄く可愛いと思うし、私も立花君にやって貰った時は凄いと思ったけど、やっぱり人前で発表するとなると緊張しちゃうね。」
「ちょ、ちょっと紗枝、緊張とか言わないでよ〜……、自覚しちゃうよ〜」
紗枝も綾も美雪と同じで緊張していたが、それと同時に何処かワクワクしたようなそんな高揚感も感じていた。
これから起きる事がとても、素敵なものになるような、楽しい時間がこれから待ち受けているようなそんな気がしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
桜木高校 中庭。
午前10時55分、中庭には多くの人が集まっていた。
彼等、彼女等の目的は11時から始まる桜祭一大きなイベントと言ってもいいようなビックイベント、「桜木高校ミスコン」だった。
事前から大きく告知していた事もあり、桜木高校の生徒達はこのイベントに興味津々であり、生徒達に釣られたのか外から来た来場者達も多く、このイベントを見に来ていた。
舞台のセットは凄まじく大きく、舞台の両端に『ミルジュ』から借りた大型モニターを設置しており、ミスコンの参加者を多くの人によく見てもらえるように準備されていた。
中庭は校舎に囲まれている事もあり、2階や3階、4階からも見え、モニターのお陰で更によく見えた。
時間が開催の時間が刻々と近づく中、舞台裏は今まで以上に緊張感が漂っていた。
参加者達はみんなソワソワとした様子で、キョロキョロと周りを見渡す者や、周りと会話をする事で緊張を誤魔化そうとする者、何やらひたすら自身の手に人という字を一生懸命何度も書き、それを飲み込むようにしている者もいた。
「あ、綾……、いい加減挙動不審だからそれやめなって」
始まりの時間が近づくにつれ、一心不乱に人いう字を書いては、それを飲み込む動作を繰り返す綾に、いい加減にするよう紗枝が注意をした。
紗枝の言った通り、紗枝のその行動は少しやる程度であるならば、可愛い仕草程度で終わったが、鬼気迫るような様子でそれをやられたら狂人にしか見えなかった。
このままでは、隣にいる紗枝や美雪も変な風に見られる恐れがあった。
「だッ、だって、緊張が……緊張がッ……」
綾は、かなりテンパった様子で紗枝に必死で訴えた。
「私だって緊張してるよ!
とゆうか、綾にそれを隣でやられてますます緊張したよ!! ねぇ? 橋本さん」
「はい。伝染するので本当にやめてください」
紗枝が美雪同意を求めると、美雪もかなり緊張しているのか、いつもよりも堅い口調で、真顔で綾に辞めるように言った。
美雪も余裕が無さそうで、本当に綾にやめて欲しそうだった。
「ご、ごめん。やめる……人飲むのやめる…………」
綾は、美雪の迫真に迫った拒絶に、少ししょんぼりとした様子で答えた。
「そ、それよりも、立花君、まだ来ないね」
美雪は話題を変えるようにして、思い出したように話した。
美雪の言った通り、先程から時間が経って、そろそろ開催されてしまうのにも関わらず、葵の姿はまだ見えなかった。
「ほ、本格的にヤバいんじゃ……」
綾も葵が居ないことに気づいたのか、そろそろ始まることを考慮して、事の重大さに気づいた。
「た、確か発表の順番って決まってましたよね? 生徒会に言った方がいいですかね?」
「うん。そうした方が良いかもね」
美雪が尋ねると紗枝も同じ事を感じていたのか、美雪の意見に賛同した。
美雪が紗枝の意見を聞き、生徒会の姿を探そうと辺りを見渡すと、綾が声を上げた。
「え? 待って、そしたら私の順番1個早まるよ……」
綾の順番は、葵の1つ前だったのか、順番が早まるという事実を聞いて、顔を真っ青にして、呟いた。
「そんな事言ったってしょうがないでしょ〜? それにどっちみち恥をかくんだから……」
「は、恥って…………どうゆうこっちゃ〜ッ!!」
美雪が冗談っぽく綾に言うと、綾は勘に触ったのか、今度は怒りを表していた。
綾の反応がおかしく、美雪と紗枝は思わず笑顔になり、そんな2人を見て、綾も「もう〜」と呆れたような声を漏らしながらも、笑顔を零した。
そんな会話をした事で、3人は緊張も少し和らいだ。
「それじゃあ、私はとりあえず生徒会の方に伝えて来ますねッ!」
3人で少し笑い合った後、美雪は当初の目的通り、生徒会の元へと向かって歩いていこうとした。
美雪が歩き出したその時、紗枝の声が彼女を止めた。
「美雪ッ!!」
美雪は、その言葉に勢いよくスグに振り返った。
「また後でねッ! 3人で恥をかこうッ!!」
紗枝は満面の笑みで美雪にそう伝えた。
美雪は初めて、下の名前で呼ばれた事で驚いたが、それよりも何よりもただ嬉しかった。
少し泣きそうにもなったが、美雪も笑顔で紗枝を見つめ勢い良く答えた。
「はいッ! また後で、紗枝ッ!!」
美雪はそう応えると再び振り返り、生徒会の方へと歩き出した。
美雪のそんな後ろ姿を見て、紗枝はニコニコと幸せそうにニヤケていた。
「ど、どうしたの!? 急に……」
紗枝の突然の行動に綾は動揺した様子で紗枝に尋ねた。
「え? 名前で呼び合いたかったからさッ」
「で、でも、仲良くなって結構タイミング逃しちゃったよね??
もう苗字で呼び合う事になるかな〜って思ってたけど…………、てゆうかッ!
私も美雪って呼びた〜いッ!!」
笑顔で答える紗枝に、綾もずっと呼びたがっていた気持ちはあったのか、名前で呼び合うことがここに来て急に決まった紗枝を、羨ましそうに叫んだ。
「いいな〜……でも、なんで急に??」
綾の質問は当然だった。
美雪と紗枝と綾は別に仲が悪いわけではなかった。
知り合えば知り合うほどに仲は深まってるいき、普通なら名前で呼び合っていてもおかしくは無い間柄だった。
しかし、最初に仲良くなってからしばらく美雪に対しては苗字呼びでいたため、中々変える事が出来ず、美雪もそれを上手く言い出せずにいた。
「ん? えっと立花君から聞いてね?
美雪は私達と仲良くなれたことは良かったけど、名前で呼び合う私達を見て、いいなぁ〜ってずっと思ってたみたい。
そんなの可哀想だしさ、なんか、そこまで思われるのも嬉しかったしさ!」
紗枝は少し前の出来事を思い出しながら、綾に答えた。
紗枝が葵から化粧を施されている間や、衣装合わせをしている間に彼と話すことは多くあり、その中で美雪の話もしていた。
その時、葵からある言葉を聞かされていた。
◇ ◇ ◇ ◇
数時間前。
紗枝がミスコンの衣装の服に着替えていると、葵は着替えをパーテーションで囲われた所で行っている紗枝に不意に話しかけた。
「なぁ、二宮。最近、橋本ともかなり仲良いよな?」
「え? あ、うん…………」
紗枝は急な話題だったため、少し不思議そうにしながらも素直に葵の質問に答えた。
「それでさ、二宮に少しお願いがあるんだけどいいか? 今回、俺が化粧とか衣装合わせをしたお返しって事でさ……」
「え? うん。変な事じゃ無ければいいよ……?」
紗枝はますます葵の言動に妙なものを感じつつも、葵が変なお願いをするとも思えなかったため、一応釘を差しつつも紗枝は葵の願いを叶える事を決めた。
「悪いな。それでさ、お願いって言うのはさ、橋本の事を名前で呼んでやって欲しいんだ…………」
「え…………?」
想像もしていなかった葵の申し出に、紗枝は驚き、思わず声を漏らした。
「この前知ったんだけどさ、アイツ、ずっと二宮や加藤の事を名前で呼び合いたいって思ってたみたいでさ、結構悩んでたみたいなんだ……だから、良ければ名前で呼んでやってみて欲しいんだ。」
葵の理由を聞いてもなお、紗枝からしたら断る理由が無かった。
葵の声は何処か優しげで、パーテーションに区切られ、葵の表情は見ることが出来なかったが、それでも声からして、彼が優しく微笑んでいるのが何となく想像できた。
「私は、別に……とゆうか、むしろ大歓迎だよ? そんな風に思われている事も知れて嬉しいし、私だって美雪って呼びたいし!」
断る理由のない紗枝は、キッパリと答え、葵の願いを聞き受けた。
「ありがと、二宮……」
葵は呟くように紗枝にお礼を述べた。
これで話は終わるかと思ったが、紗枝はどうしても気になることがあった。
「とゆうか、それよりも私は何で、立花君が橋本さッ……じゃない、美雪のためにそんな事を私に頼んだの?」
紗枝は、不慣れそうに、でも慣れるために美雪の事を下の名前で呼び直しながらも素直に疑問に感じた事を葵に尋ねた。
「ん? あぁ、それか……。それは、アイツには借りがあるんだ……、それだけ……」
葵は、淡々とした様子で紗枝の質問に答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「へぇ〜……なるほどね。そんな事があったんだぁ〜……」
紗枝が、舞台裏に来る前の話を綾に話終えると、綾は興味深そうに呟いた。
「立花君がそんな事を気にかけるなんて、意外だったな……。とゆうか、今日は立花君の意外な一面を沢山見た気がする」
美雪は今日起こった様々な出来事を思い出しながら、微笑みそう呟いた。




